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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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39.幽霊

 すると、ざあっと雨の音を立てて色とりどりの群れが飛んできました。花がセシル王女の上に降りかかってきます。

 メールが手を差し伸べて叫んでいました。

「花たち! 見えない敵を見えるようにしておやり! セシルを守るんだよ!」

 降ってきた花が敵にまとわりつき、姿を浮き上がらせていきました。人間のような姿をしていて、両手で王女の首を絞めています。すると、突然それが悲鳴を上げて王女から離れました。払いのけるように自分の体をかきむしって駆け出します。花たちがいっせいに茎を伸ばして突き刺し始めたのです。

 花はオリバンの周囲にも降りかかり、オリバンの敵も見えるようにしていました。やはり人の姿をして、こちらは王女のレイピアを握っています。見えるようになればこちらのものです。オリバンは大剣を振り上げ、あっという間に敵を切り倒しました。

 さらにたくさんの花が上空に飛んできていました。ペンダントの奪い合いになっているフルートの上にも、見えない敵に殴られているゼンの上にも、雪のように降りかかります。何も見えない場所にも降ってきます。

 すると、たくさんの敵の姿が浮き上がってきました。何十という数ですが、やはり人の形をしていて、あるものは花を払いのけ、あるものはまた王女へ襲いかかろうとしています。

 フルートはつかんだペンダントを見ました。金の石は明滅していません。闇の敵ではないのです。聖なる光で倒すことはできません。

「ポポロ!」

 とフルートは叫びました。

「こいつらを一気に片づけろ! 魔法だ!」

「はいっ!」

 少女が即座に返事をしました。黒い袖からのぞく両手を組み合わせ、目をつぶって意識を集中させると、片手を高く上げて呪文を唱えます。

「ローデローデリナミカローデ――テウオキテイナエミ!」

 とたんに彼らの頭上に暗雲が広がりました。雲間がぴかり、ぴかりと輝き、無数の光の柱になって彼らの頭上に落ちかかってきます。先ほどロダがフルートへ下した雷の、何百倍もの規模です。ドドドドーン、と轟音(ごうおん)が響き、地面が揺れに揺れます。

 

 稲妻の光が消えたとき、あたりには薄い煙ときな臭い匂いがたちこめていました。フルートもゼンも、オリバンもセシルもメールも、全員が倒れたり座り込んだりしています。

「うっひゃぁ。相変わらずポポロの魔法はすさまじいぜ」

 とゼンが地面から起き上がってきました。魔法を解除する防具を着ているので、怪我はしていません。

 その胸の中から犬の姿のルルが顔を上げました。稲妻が落ちる直前にゼンの懐へ飛び込んだのです。青ざめて泣きそうになっているポポロに、もう、と首をかしげて見せます。

「一応あたしたちは避けようとはしたみたいね。ちょっととばっちりはきたけど、大丈夫よ」

 フルートもポチと一緒に起き上がりました。こちらは金の石の光に守られて無事です。

 少し離れた場所ではオリバンとセシル、メールの三人が立ち上がるところでした。彼らはメールが作った花の壁で守られていました。

「直撃じゃなかったから、花でもなんとかなったね」

 とメールが笑い、まったくだな、とオリバンがうなずきます。

 セシルだけが、一人、驚きのあまり声も出せなくなっていました。怪物はもう一匹も見当たりません。魔法の稲妻に打たれて消滅したのです。ごめんなさい、と泣いて謝る少女を、呆気にとられて眺めてしまいます。

 

 地面の上から、もう一人の人物が起き上がってきました。ロダです。よろめいて膝をつくと、そのまま立ち上がれなくなってしまいます。

 フルートはいぶかしい顔をしました。

「どうしてそんなに食らっているんだ? おまえも稲妻が来る前に魔法の壁を張っていたじゃないか」

 魔法の稲妻は魔獣使いを直撃してはいませんでした。それなのに、意外なほどロダは弱っていたのです。怒った声でうなりますが、それもことばにはなりません。

 すると、誰かが言いました。

「お嬢ちゃんの魔法で自分の分身を消されちゃったからだよぉ。一気に力を取られちゃったよねぇ、ロダ」

 空中に姿を現したのはランジュールでした。座り込んだまま動けなくなっている男を見て、うふふふと楽しそうに笑います。

 貴様、とロダがうめきました。

「天空の国の――魔法使いが一緒だと――何故黙っていた――」

 絞り出すような声でやっとそう言います。

 うふふ、とランジュールはまた笑いました。

「王女様の居場所を教えてあげるとは言ったけれど、一緒にいる連中の正体まで教えるとは、約束しなかったもんねぇ。それに、ロダだって、ボクに邪魔をするなって言ったじゃないか。言われたとおり、邪魔しないように消えていただけだよぉ。ご自慢のドッペルゲンガーも全部倒されちゃったから、打つ手がなくなって、本当に困ったよねぇ、ロダ」

 相変わらず、とぼけた顔をしながら鋭く相手を揶揄します。ロダは歯ぎしりしましたが、言い返すことはできませんでした。ランジュールの言っているとおりだったのです。

 フルートの隣にオリバンが進み出てきました。

「貴様は誰に命令されてセシルの命を狙っている? 死にたくなければ白状しろ!」

 と大剣をロダに突きつけます。幼い頃から自分の身を守るために剣を握ってきたオリバンです。切っ先にこもった殺気は、はったりではありません。

 ロダは青ざめ、次の瞬間、彼らの目の前から姿を消しました。そのまま、どこに行ったかわからなくなってしまいます。

「逃げたね。相変わらず逃げ足は速いなぁ、ロダは」

 とランジュールが言いました。昔の仲間が逃げたことを喜んでいるのか、あざ笑っているのか。どうも本心のつかみどころがない青年です。

 

「城で何かが起きている」

 とセシル王女が言いました。ロダが消えていった場所を真剣な目で見つめています。

「メイは何者かに狙われているのだ。ハロルドの具合が悪いのも、ひょっとしたら、そのせいなのかもしれない――」

「だとしても、あなた一人では何もできないぞ」

 とオリバンが言いましたが、王女は地面から自分の剣を拾って収めると、大股で馬に歩み寄りました。ものも言わずに鞍に飛び乗ります。

「どこへ行く、セシル?」

 とオリバンが驚くと、王女は今来た方角を見て答えました。

「城へ戻る。メイを――ハロルドを守らなくては」

「へぇ、皇太子を助けに行くわけぇ? 王女様に意地悪する女王の息子なのに?」

 とランジュールが尋ねると、王女は答えました。

「そんなことは関係ない! ハロルドは私の弟だ!!」

 その声の強さに、一同はまた驚きました。ポチが思わずフルートを見上げます。弟の名を呼んだセシル王女の声は、ポチを弟と言ってかわいがってくれるフルートの声に、とてもよく似て聞こえたのです。

 

 ふぅん、とランジュールが言いました。相変わらず透き通った姿で空中に浮かんだまま、ちろりと王女を見下ろします。

「優しい王女様だなぁ。それに、美人だし、オリバンからセシルなんて名前で呼ばれちゃうしさ。妬けちゃうよねぇ。ダメだよぉ、王女様。彼はボクのものだからね。ついでに、勇者くんもボクのもの。彼らは誰にも渡さないんだからぁ」

「勝手に自分のものにするな、馬鹿者!」

 とオリバンがどなり、フルートも言い返しました。

「おまえがほしいのは、ぼくたちの命だろう! おまえはぼくたちを殺したくて仕方がないんだから!」

「そりゃそうさぁ。ボクはね、一番愛するものを一番大切に殺してあげるんだよぉ。ボクが繰り出した魔獣で、丁寧に丁寧に、それは綺麗に、ね。血に染まった死体の美しさって知ってる? 息絶えた顔が蝋人形(ろうにんぎょう)みたいに白くなっていって、恐怖や痛みの表情が消えなくなるんだよ。なんにも見なくなった目が、ガラス玉みたいでさ。うふふ、いいよねぇ。勇者くんたちのことも、そうやって美しく殺してあげるからねぇ」

 ランジュールがまた笑いました。女のような笑い声はとても楽しげで、同時に、ひどく冷ややかでした。一見陽気に見えるこの青年は、その内側に背筋が凍るような残酷さを飼っているのです。フルートたちは思わず顔をしかめました。

「せっかく愛する人たちが二人揃っているんだもの。今、殺してあげなかったら嘘だよねぇ」

 とランジュールが言い続けました。フルートとオリバンは剣を構えました。

「気をつけろ、みんな!」

「あいつが魔獣を繰り出すぞ!」

 くすくす、と幽霊の青年が笑います。

「ロダも馬鹿だよねぇ。勇者くんたちに一番効果のある戦い方ってのがあるのにさぁ――。さあ、出ておいで! 勇者くんたちを今日こそ殺してあげよう、スーちゃんたちぃ!」

 半ば透き通った痩せた手が、さっと振り下ろされました――。

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