背の高い中年の男が一行の前に立っていました。黒みがかった赤い長衣を着て、薄青い目で冷ややかに彼らを見ています。白髪が混じり始めた長い髪と高いわし鼻が目立ちます。メイ城で女王に仕える魔法使いのロダでした。
セシル王女が言いました。
「私をつけ狙っていたのはおまえだったのか、ロダ！ さてはグエン公の祝宴に大猿を送り込んだのもそうだな！？」
「いかにも」
とロダは答えました。祝宴会場では一応王女に敬意を払って見せた魔法使いですが、今はもう尊大な口調になっています。
「簡単に仕留められると思っていたのだがな。まさか金の石の勇者が一緒だとは思わなかった」
と冷酷そうな目をフルートに移して、さらに言い続けます。
「あの時、グエン公の屋敷にいた貴婦人は貴様だな。さすがの俺もすっかりだまされた。いつから王女に雇われていたんだ」
すると、魔法使いのすぐ近くから、また別の声がしました。
「違うよぉ、ロダ。勇者くんたちは雇われたりしてないって。彼らは清く正しい正義の味方だからねぇ。困ってるお姫様を見て放っておけなくなったのさぁ」
のんびりした青年の声です。フルートやオリバンたちは、ぎょっとして、いっせいに叫びました。
「ランジュール――！？」
「うん、いいねぇ。やっぱり登場の時にはみんなに驚いてもらわなくちゃ。出てくる張り合いがないからねぇ」
とぼけた口調で言いながら姿を現したのは、赤い長い上着を着た痩せた青年でした。目を糸のように細めて、うふふふ、と笑います。なんだか女のような笑い声です。空中に浮かんでいる体は半ば透き通っていて、向こう側の景色が見えていました。
「な――なんだあれは！？」
と王女が声を上げると、青年が答えました。
「初めましてぇ、メイの王女様。ボクは幽霊のランジュール。勇者くんたちの古い友だちでね、王女様を抱いてる彼の恋人だよぉ」
恋人！？ と王女が目を丸くしたので、オリバンは思いきり渋い顔になりました。
「馬鹿者、誰が恋人だ！ 何故貴様がここにいる、ランジュール！？」
「うふん。相変わらず男っぽくてステキだねぇ。もちろん、キミたちを追いかけてきたんだよ。このアーラちゃんの糸をたどってねぇ」
そう言う青年の肩の上に、一匹の大きな蜘蛛が載っていました。やはり半ば透き通った姿をしています。
「幽霊蜘蛛のアーラかよ！ いつの間に誰に糸をつけてやがった！？」
とゼンがどなると、うふふ、とランジュールはまた笑いました。
「ジタン山脈の麓に呼び出されたときに、キミにねぇ。キミ、前に一度死にかけてるから、アーラちゃんの糸がつきやすかったんだよ」
なに！？ とゼンが驚き、他の仲間たちはいっせいにそれを見ました。ポポロがじっと目を凝らして、声を上げます。
「あったわ、蜘蛛の糸！」
やっと見えるか見えないかの細い糸が、ゼンの肩先できらきらと淡い銀色に光っていました。糸を断ち切ろうとポポロが手を上げると、それより早く糸が消え、ランジュールが蜘蛛に話しかけます。
「はぁい、アーラちゃん、もういいよぉ。お嬢ちゃんにやられたら怪我しちゃうかもしれないからね。巣に戻って休んでおいでぇ」
すると、肩の上から蜘蛛が姿を消しました。この幽霊の青年は魔法の生き物を操れる魔獣使いなのです。
「話の途中で邪魔をするな、ランジュール」
とロダが言いました。
「おかげで王女の居場所はわかったが、おまえはどうも信用ができない。生きていた頃からそうだったが、死んで幽霊になっても相変わらずのようだな」
うふん、とランジュールはまた笑いました。
「それはどうもぉ。ロダこそ相変わらずだよねぇ。偉そうで自信満々でさ。どこかの国から引き抜かれて里を離れたって聞いてたけど、このメイだったなんてねぇ。ロダらしくないんじゃないの？ 誰かの下に仕えて頭を下げてるなんてさぁ」
どう聞いても知り合い同士の会話なので、一行はまた驚きました。フルートが眉をひそめて言います。
「ひょっとして、ロダは魔獣使いの里の人間なのか？ それがメイ女王に仕えていたっていうのか――？」
「当たりぃ。相変わらず勇者くんは頭がいいよねぇ」
ロダが何か答えるより早く、ランジュールがそう言いました。わざと魔法使いの正体をばらしているのです。ロダがそれをにらみつけます。
「さっさと立ち去れ、ランジュール！ こいつらを仕留めるのは私だ。死者のおまえに出番はない！」
とたんに、ランジュールの細い目がきらっと光りました。とぼけた表情の陰に、ひやりとするほど鋭いものがのぞきます。
けれども、口調だけは相変わらずのんびりしたままで、幽霊の青年は言いました。
「じゃあ、ロダのお手並み拝見と行こうかなぁ。あの頃、里で一番力のある魔獣使いがロダだったもんね。里を離れて女王様の子分になってさ、腕が衰えてないといいねぇ」
「私は女王の子分などではないわ！」
ロダがランジュールへ鋭く手を向けました。とたんに光の弾が手のひらから飛び出します。魔法攻撃を撃ち出したのです。
ランジュールは素早く姿を消していきました。うふふふ、と笑う声がまた響いて消えていきます。
フルートはロダへ言いました。
「メイ女王はおまえの主人じゃないと言うんだな？ それじゃ、おまえの主人は誰だ？ 誰に命じられてセシル姫の命を狙っている！？」
少女のように優しげな顔をした少年です。仲間たちの前で精一杯に胸を張る体も小柄で、まったく強そうに見えません。それでも、フルートは一歩も引かずに、まっすぐ魔獣使いの男を見据えていました。
ふん、とロダは言いました。
「それを貴様に教える義理はないな」
「案外デビルドラゴンじゃねえのか！？ 闇の怪物なんか呼び寄せやがってよ！ 怪しいぜ！」
とゼンも言いますが、ロダはそれには答えず、手を差し上げて言いました。
「私が呼べるのは闇の怪物だけではない。金の石の勇者がいるのでは、闇の怪物ではなおさら不利だ。――来い！」
さっと手を振り下ろします。
とたんに、彼らの目の前に巨人が現れました。一つ目ののサイクロップスのようですが、目が二つあり、長く醜い鼻をしています。
「ワン！ トロルだ！」
とポチが叫びました。凶暴なことで有名な怪物です。一瞬で風の犬に変身すると、飛びかかって足止めしようとします。
ところが、トロルは力が強く、風くらいでは抑えることができませんでした。大きな蛇のようなポチを絡みつかせたまま、ずしんずしんと進んできます。
「もう！ 何やってるのよ、ポチ！」
とルルも風の犬になって飛び出しました。風の刃（やいば）で巨人を切り裂こうとします。
すると、その体が見えない壁に跳ね返されました。犬に戻って、キャン！ と地面に転がります。ロダがそちらへ手を向けていました。
「風の犬などに手出しはさせんぞ。行け、トロル！ 王女も連中も一人残らず引き裂いてしまえ！」
グガァァ、とトロルが吠えました。知性の低い怪物なので、ことばを話すことはできませんが、その代わり、異様に力が強いのです。歩きながら近くの立木を根こそぎ引っこ抜き、それを振り回して投げつけてきます。
「危ない！」
フルートたちはあわてて散りました。その後へ木が地響きを立てて落ちてきます。
「お、下ろせ――！」
セシル王女がもがいてオリバンの腕から飛び下りました。自分の剣を抜いて構えます。オリバンも自分の大剣を抜き、王女の前に立ちました。
「下がっていろ」
たちまち王女は、かっと顔を赤くしました。
「私は騎士だ！ 戦うのが私の役目だ！」
「あんな怪物は我々では戦えん。邪魔にならないようにするのが最大の援護だ」
とオリバンが答えたので、王女は目を見張りました。言われた意味がわからなかったのです。
ゼンがトロルに向かって次々と矢を放っていました。百発百中の魔法の矢ですが、魔法の壁でさえぎられて、巨人の手前で落ちてしまいます。
「やっぱり接近戦かよ」
と言いながらゼンは弓を背中に戻しました。トロルのほうへ駆け出しながらどなります。
「メール！ あいつの壁を消せ！」
「あいよ！」
メールの返事と同時に、ざあっと花の大群が飛んでいきました。向かう先はトロルではなく、片手を伸ばしている魔獣使いです。あっという間に襲いかかり、花の中に包み込んでしまいます。
「こ――この！ 何をする！」
ロダは蜂の群れを追い払うように両手を振り回しました。花が針のような茎で突き刺してきたのです。とたんに、トロルを守っていた魔法の壁が消えます。
ゼンはトロルの足に飛びつきました。すぐにトロルもゼンを捕まえます。
「いけない！」
セシル王女は思わず声を上げました。このままではゼンが怪物に引き裂かれてしまいます。
すると、オリバンがまた言いました。
「大丈夫だ。見ていろ」
トロルはゼンを捕まえました。両手を使って引っ張りますが、ゼンはびくともしません。トロルの足の一部になってしまったように、がっちりとしがみついています。
やがて、その足が持ち上がり始めました。ゼンが両脚を踏ん張って持ち上げていくのです。トロルは驚いてうなりましたが、足を止めることができません。
「そぉらよ！」
かけ声と共にゼンが勢いよく手をはね上げると、トロルがのけぞりました。大岩のような体がゆっくりと倒れ、ずしーん、と地響きを立てます。
ゼンは、自分の何倍もある巨人を素手でひっくり返してしまったのでした――。
