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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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36.毒ガシラ

 よけろ、とオリバンが言う声を聞いても、セシル王女は動くことができませんでした。

 太い蛇の口から人の男の頭が突き出て、赤い目で彼女をにらみつけています。その目を見たとたん、体がまったく動かなくなってしまったのです。魅入られたように怪物を見つめてしまいます。

 とたんに、彼女の腕が、ぐいと強く引かれました。よろめいた体を誰かが抱きとめ、さらに黒いものが包みます。マントです。

 じゅっと近い場所で音がしました。剣が空を切る鋭い音も聞こえます。続いて響いたのは怪物の絶叫でした。あっという間に遠ざかって聞こえなくなります。

 マントが舞い下りて王女の体に絡みついてきました。そんな彼女をしっかりと抱き寄せているのは、太くてたくましい腕です。すぐ目の前には広い胸があって、壁のように彼女を守っています――。

 すると、マントが再びひるがえりました。持ち主が外からつかんで外したのです。たちまち周囲が明るくなり、投げ捨てられたマントが地面に舞い落ちていきます。

 王女は自分の目の前の人物を見上げました。大柄な青年が片腕に彼女を抱き、もう一方の手に闇を霧散させる剣を握っていました。毒の唾を吐く怪物は、もうどこにも見当たりません。

 

 勇者の少年少女たちが駆け寄ってきました。

「オリバン!」

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ。毒ガシラなら、前にも相手にしたことがあるからな。闇の怪物だから、聖なる剣には弱い」

 と青年が答えました。

 王女はようやく状況を理解しました。怪物の目には魔力があったのでしょう。魅入られて動けなくなってしまった彼女を、オリバンがかばって守ってくれたのです。怪物の毒の唾を受けたマントに、溶けるように穴が広がっていくのを、呆然と見つめてしまいます。

「怪我はなかったか?」

 とオリバンに尋ねられて王女は我に返り、まだ自分が抱きしめられているのに気がついて、赤くなりました。オリバンを押し返すようにして離れます。

「ない……助かった。ありがとう」

 離れた後も、強い腕や広い胸の感触が体に残っているような気がして、さらに赤くなってしまいます。

「怪物はまっすぐセシルを狙ってきた。やはり彼女の命を狙ってきたようだな」

 とオリバンは言い続けました。

「監視の目は振り切ったはずなのに? どうやっているんだろう」

 とフルートが考え込みましたが、メールは別のことに気を引かれていました。ねえねえ! とオリバンの腕をひっぱります。

「オリバンったら、王女様をセシルなんて呼び捨てにしてさ。いつの間にそんな関係になってたのさ!?」

 たちまち他の少年少女たちも二人に興味の目を向けます。

 思わず真っ赤になった王女の隣で、オリバンは腕組みしました。

「馬鹿者、おかしなことを言うな。王女や姫と呼ばれるのは嫌だと言われて、名前で呼んでいるだけだ」

「そ、そうとも――。おまえたちだって、私をただセシルと呼んでいい。王女呼ばわりされるのは苦手だ」

 とセシル王女も言います。

 ふぅん、と少年少女たちは言いましたが、二人を見る目は意味ありげでした。王女は、あわててオリバンから離れました。

「本当に、おかしなことは言わないでくれ。私はそんな趣味の男とはつきあえない」

 そんな趣味? と一同はけげんな顔をしましたが、王女は大股でどんどん歩いていってしまいます――。

 

 ところが、そんな王女が急に足を止めました。目の前の地面を見つめます。

 そちらを見て、オリバンやフルートたちは、はっとしました。草の間からのぞいているのは、人間の男の頭です。その後ろには太くて短い蛇の体があります。

「まだいたか!」

 とオリバンが言ったとたん、すぐ後ろでもポポロの悲鳴が上がりました。背後の荒野を指さして叫びます。

「こっちにもよ――!」

 何匹もの太い蛇が荒野の草の中にいました。大きく裂けるように開けた口の中から人間の男の頭部が現れ、赤くにごった目で彼らを見据えます。

「下がって、ポポロ!」

 フルートがポポロを後ろにかばいながら炎の剣を振り上げました。

 ゼンはエルフの弓に矢をつがえ、セシル王女を狙っている毒ガシラを射抜こうとしました。メールが叫びます。

「目を見ちゃダメだよ! 早く逃げな!」

 王女は怪物に背を向けました。一同の元へ逃げ戻ろうとします。オリバンが聖なる剣を手に駆けつけてくるのが見えます。

 ところが、魔法の矢や青年より早く、怪物が毒の唾を吐きかけました。王女の白いマントの裾にかかり、焦がすように溶かし始めます。たちまち王女は倒れました。マントが王女の足に絡みついたのです。マントと一緒に深緑のズボンが焼け、その下の白い肌がただれていきます。

 オリバンは王女からマントをむしり取りました。毒ガシラの頭に投げつけ、怪物が視界を奪われてたじろいだ隙に、王女を抱き上げて駆け戻ります。

 マントをはがしても、王女の足は焼け続けていました。毒が体にしみ込み、むしばんでいくのです。激痛に悲鳴を上げる王女を抱きしめて、オリバンは呼びました。

「フルート!」

 勇者の少年は炎の剣を構えながら、お下げの少女を守って立っていました。呼ぶ声にうなずき、剣を握っていない手でペンダントをつかんで高くかざします。

「金の石――!!」

 たちまち守りの石が光り出し、あたり一面を金色に染めました。空で照る太陽よりまぶしい光が広がっていきます。

 すると、毒ガシラが次々に消滅し始めました。声も上げずに光の中で蒸発していきます。あっという間に怪物が一匹残らず姿を消します。

 

 王女はオリバンの腕の中で目を開けました。たった今まであれほど激しく痛んでいた足が、今はもう少しも痛みません。見れば、ズボンには焦げた穴が残っていましたが、その下には白い素肌がありました。かすり傷一つ残っていません。

 目をぱちくりさせる王女に、オリバンは言いました。

「これがフルートの持つ金の石の力だ。あれは癒しと守りの魔石なのだ」

「癒しの――?」

 何故だか、王女は息を呑んだようでした。オリバンにまだ抱かれたまま、フルートが持つペンダントを見つめます。

 

 ゼンがフルートとポポロに話しかけました。

「本当にどういうことだよ? 毒ガシラは王女を狙ってたぞ。やっぱり俺たちの居場所が見抜かれてやがる。敵の追跡は振り切ったはずなんだろう?」

「もう闇の魔法の存在は感じないんだけど……」

 とポポロが泣きそうになって言ったとき、誰もいないはずの場所から声がしました。

「なるほど、王女に同行していたのは金の石の勇者だったのか」

 じわじわとしみ出るように姿を現したのは、黒みがかった赤い長衣を着た長身の男です。薄青い鋭い目と、高いわし鼻をしています。

 男を見たとたん、王女は声を上げました。

「ロダ――!?」

 彼らの前に現れたのは、メイ城を守る魔法使いだったのでした。

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