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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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34.監視

 それは突然姿を現しました。

 空の向こうから羽音を立てて飛んできたのです。毛むくじゃらな体は蛾のように見えますが、虫の脚に混じって人間の両脚が生えていました。人より巨大な蛾の怪物です。

「また来たぞ! 気をつけろ、みんな!」

 とフルートが馬上から炎の剣を振りました。切っ先から火の玉が飛び出して怪物へ飛んでいきます。

 ところが、蛾は羽ばたき一つでふわりとそれをかわしてしまいました。さらにこちらへ向かってきます。ものすごい速度です。

 すると、その羽根を矢が貫きました。ゼンが弦鳴り(つるなり)する弓を構えています。その前で黒星の手綱を握っているのはメールです。

 キィィィ、と甲高い悲鳴を上げて、蛾の怪物は空から落ちていきました。オリバンがそれに向かって馬を走らせます。

 ところが、地面に落ちる前に、怪物はまたふわりと舞い上がりました。矢に破られた羽根が元に戻っています。

「これも闇の怪物だぞ!」

 とオリバンはどなりながら腰から剣を抜きました。襲いかかってきた蛾に鋭く切りつけます。とたんに、リーン、と鈴が鳴るような音が響いて、蛾の羽根がまた破れました。次の瞬間には怪物の体全体が黒い霧になって消えてしまいます。オリバンが握っていたのは、闇の怪物を霧散させる聖なる剣だったのです。

 

 怪物が消えて、一行はほっとしました。馬上の籠からポチが言います。

「ワン、本当にどういうことだろう? こんなに次々闇の怪物が襲ってくるなんて。これでもう四度目ですよ。まだ出発して二時間しかたってないっていうのに」

「このあたりって怪物が多い場所なの?」

 とルルが言って、鼻面を上げてくんくんと匂いをかぎました。闇の気配をかぎ取ろうとしたのです。

 すると、セシル王女が答えました。

「そんなことはない。元よりメイは怪物の少ない国だ。他の国にはもっと頻繁に怪物が姿を現すようだし、中には人を襲う恐ろしい闇の怪物もいると聞くが、メイではめったにそんなものは見かけない。私も、こんな奴らは生まれて初めてだ」

「ここが大昔、天空の国とつながった場所だったからだわ、きっと……。大地がまだ少し聖なる魔法を覚えているのね」

 とポポロが言いましたが、セシル王女にはその意味はわかりませんでした。

 メールが手綱をゼンに返しながら言いました。

「なんとなく、誰かにあたいたちを監視されてる感じがしないかい? そいつが次々と怪物を送り込んでるような気がするよ」

 戻ってきたオリバンも含めた全員が同時に思い浮かべたのは、四枚翼の闇の竜でした。赤く光る目がどこかでじっと彼らを見つめているような気がします。

 けれども、フルートはすぐに首をひねりました。

「どうしてだろう? 金の石は目覚めているんだよ。闇の目にぼくらが見えるはずはないのに」

 そう、彼らは金の石の聖なる力の内側にいるのです。闇の怪物たちの目には、彼らの姿は映らないはずでした。

 ゼンは、ふぅむ、とうなりました。

「人狼もそうだったけどよ、あいつら、フルートを狙ってきているわけじゃねえみたいだぞ。あいつら、一言も金の石の勇者や願い石のことを口にしねえもんな――っと」

 前に座ったメールから肘鉄を食らって、ゼンは思わず声を詰まらせました。願い石のことはセシル王女にはまだ秘密だったのです。

 幸い、王女は彼らの話の内容の一つ一つまでは気にしていませんでした。別の考え事に夢中になっていたのです。やがて、うつむいて言います。

「怪物は私を狙ってきているのだろう。メイ女王の差し金だ」

「ありうるな。昨夜の人狼も誰かの命令で襲ってきたようだった。闇の怪物を操れる人間がいるのかもしれん」

 とオリバンが鋭い目を周囲へ向けます。どこかで誰かが彼らを見ているとしても、彼らのほうからそれを見抜くことはできません。

 

 すると、あたりの匂いをかいでいたルルが、急にセシル王女を振り向いて籠から飛び出しました。次の瞬間、ごうっと音を立ててその体がふくれあがり、巨大な風の怪物に変わります。

 思わず恐怖の悲鳴を上げたセシル王女を、ルルは叱りつけました。

「騒がないで! 風の犬に変身しただけよ! じっとしていて!」

 真っ青になる王女の回りで風のとぐろを巻きながら匂いをかぎ続け、やがて声を上げます。

「見つけたわ、これよ! 闇の魔法の匂いがするわ!」

 ばっと風に舞い上がったのは、王女がはおっていたマントでした。メイの軍人を象徴する赤い色をしています。ルルはそれを風でむしり取ると、そのままポポロの元へ運んでいきました。その荒っぽさにゴマザメがいなないて後ずさり、王女も鞍の上でよろめきました。そばにいたオリバンがとっさにそれを支えます。

 ポポロは落ちてきたマントを手に取り、じっと目を向けて言いました。

「このブローチに闇の魔法がかかってるわ……。これがあたしたちの居場所を教えていたのよ」

 とマントの金の留め具を指さします。そこには十文字の上に城を配したメイの紋章が刻まれていました。ポポロが手をかざして、ローレワコー、と小さく唱えると、たちまち崩れて消え去ってしまいます。

 あっ、と王女はまた真っ青になりました。オリバンが尋ねます。

「大切なものだったのか?」

 王女はまたうつむきました。

「メイの王女の証(しるし)だ。亡き父上からいただいた。だが、確かにあれに魔法がかけてあれば、私の居場所は絶対に見間違わなかっただろう。私以外の者があれをつけるはずはなかったのだからな――気にしなくていい」

 泣き出しそうになったポポロを見て、王女はそう付け足しました。口調は男のようでも、相手に気配りができる王女です。

 

「さあ、出発するよ。急いでここを離れれば、敵にはもうぼくらのいるところがわからなくなるはずだ」

 とフルートが言ったので、全員は馬を走らせ始めました。ゼンとメールの馬を先頭に、オリバン、セシル王女、ポポロ、フルートと続きます。やがて蹄の音は遠ざかって消え、あたりが静かになります。

 すると、誰もいないはずの荒野に、急に声がしました。

「ふぅん、面白いものと戦っているじゃないの、勇者くんたちは」

 若い男の声ですが、話し手の姿は見当たりません。

「命を狙われてるよねぇ。ま、勇者くんや皇太子くんがその程度のに負けるワケはないけどさ。誰が依頼しているんだろうねぇ。ちょっと調べてみようかな――」

 妙に楽しそうな口調でのんびりとそう言うと、声もどこかへ遠ざかっていきました。女のような笑い声が、うふふ、と響いて聞こえなくなります。

 後には、荒野に生える痩せた草が、風に揺れ続けていました。

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