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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第10章 監視

33.心配

 ゼンの大声が森の中に響いたので、寝ていた仲間たちは驚いて飛び起きました。

「メール! メール! おい、メール――!」

 たちまちフルートとオリバンが駆け出しました。手にはそれぞれ自分の剣を握っています。そこに犬たちとポポロが続きます。一番最後に目を覚ました王女が、走っていく彼らの姿を見て、あわてて追いかけてきました。

 森の外れでゼンが必死でメールを呼び続けていました。その腕の中で緑の髪の少女がぐったりとしています。

「またメールが倒れたのか!?」

 とオリバンがどなったので、フルートは驚きました。

「また?」

「グェン公の屋敷の庭でも突然意識を失って倒れたのだ。あの時には、ポポロの魔法で目を覚ましたが」

「メール! メール!!」

 いつもふてぶてしいくらい落ち着いているゼンが、死にものぐるいで腕の中の少女を揺すぶっていました。揺すられるたびにメールの頭が力なく動いています。ルルがあわててゼンに飛びつきました。

「ちょっと、落ち着きなさいよ! そんなに揺すったら逆にメールが怪我するわよ」

「ワン、ポポロ! また気付けの魔法を!」

 とポチが言うと、ポポロは青ざめました。

「だめ……今日の魔法は、フルートのドレスを綺麗にするのと人狼を倒すので使い切ってしまったの。明日の朝まで使えないわ……」

 ポポロの魔法は強力ですが、一日に二回だけという制約があります。使い切ってしまえば、次の日の朝日が昇ってくるまで、魔力は復活してこないのです。

「メールッ!!」

 ゼンがどんなに大声で呼んでも、メールは目を開けません。

 

 フルートはその隣にかがみ込むと、メールの体に触れ、口元に手をかざしました。

「呼吸は普通にしてるし、体温も異常はない。意識を失ってるだけだね。落ち着け、ゼン。金の石を使ってみる」

 と金の鎖をつかんで鎧の胸元からペンダントを引き出し、金色の石をメールの体に押し当てます。

 とたんに、メールが身動きしました。

「ん……」

 と小さく声を上げて目を開け、仲間たちが自分をのぞき込んでいるのを見て、びっくりした顔になります。

「な、なんだい、みんな? 勢揃いしちゃってさ!」

「おまえ――!!」

 安心した反動で怒り出そうとするゼンを抑えて、フルートは話しかけました。

「もうなんともないかい、メール? 気分は?」

「え、なんのこと? あたい、ちょっと寝ちゃってただけだよ。やだなぁ」

「寝てただとぉ!?」

 とゼンはわめき続けました。メールはどんなに呼んでも揺すぶっても目を覚ましませんでした。あれが寝ていただけのはずはないのです。

 けれども、メールはぷっとふくれっ面になりました。

「なに怒ってんのさ、ゼン。つい、うとうとしただけじゃないか。そんなに大騒ぎするんじゃないよ。みんなを起こしちゃってさ、もう」

 ゼンは何も言えなくなりました。怒りのあまりに拳を震わせますが、それをどこかへたたきつけるわけにもいきません。

 

 すると、オリバンがメールをのぞき込みました。

「顔色が良くないな。本当になんでもないのか?」

「もう、オリバンまで。みんな大騒ぎしすぎだったら! あたい、もう戻るよ。やんなっちゃうなぁ」

 ぶつぶつ言いながらメールは立ち上がり、焚き火が燃えている場所へ戻っていきました。ルルとポポロが急いでそれを追いかけます。王女も肩をすくめて戻り始めました。口には出しませんが、人騒がせな、と考えているのがよくわかります。

「勘違いなもんかよ、馬鹿野郎」

 とゼンがうなるように言うと、フルートとポチとオリバンがうなずきました。

「わかってる。今、メールは本当に意識を失ってたよ。金の石で目を覚ましたんだ」

「ワン、倒れる前に何か兆候はなかったんですか?」

「なにもねえよ。ただ普通に話してただけだ。屋敷の庭で倒れたときもそうだ。本当にいきなりぶっ倒れたんだ。わけがわかんねえよ」

「病気だろうか?」

 とオリバンが心配すると、フルートは考えながら言いました。

「もし病気なら、これでもう元気になったはずだ。金の石はどんな病気でもすぐ治してしまうから。でも……」

「今のあいつの顔色見ただろうが! 真っ青だったぞ。なんでもないわけがねえ!」

「とにかく、注意して見ていよう。また倒れるかもしれないから」

 とフルートは言い、三人と一匹はメールが戻っていった森の奥を眺めました。女性たちはもう寝てしまったのか、話し声も聞こえてきませんでした――。

 

 

 翌日は良い天気になりました。朝から青空が広がり、明るい日差しが荒野を照らします。

「なんであたいがゼンと二人乗りしなくちゃなんないわけ? あたい、一人で馬に乗れるったら!」

 出発の支度をした馬の前でメールが騒いでいました。ゼンに自分の馬に一緒に乗るように言われたのです。

「馬鹿野郎、またぶっ倒れたらどうする!? 馬から落ちたら大怪我だぞ!」

「あたいはなんでもないったら! ホントに、なにをそんなに心配してんのさ!?」

 口喧嘩になって埒(らち)があかない様子を見て、フルートが声をかけました。

「メール、君の馬をセシル姫に貸してあげてよ。今日もオリバンと二人乗りになると、オリバンの馬が疲れちゃうんだ。オリバンは人より大きいからさ」

「もう、しょうがないなぁ」

 不承ぶしょう納得したメールを、ゼンは抱き上げ、あっという間に黒星の背中へ乗せてしまいました。自分もその後ろに飛び乗ります。メールは顔を赤らめてそれをにらみました。

「ゼン、あんたちょっと過保護だよ」

「るせぇ。いつも、もっと優しくしろって言うのはおまえだろうが。文句言うな」

「これのどこが優しいってのさ。いつもはほったらかしのくせに、気になると今度は急にあれもダメこれもダメって言い始めるんだから。ほぉんと、男って勝手だよね」

「おまえなぁ! 相変わらず全然かわいくねえぞ!」

「ふんだ。そのかわいくないのを女房にするって言ったのは誰さ? 嫌なら婚約解消しようか?」

「なんだとぉ!? 言っていいことと悪いことがあるぞ!」

 二人が本気の言い合いになっていきます。そんな様子を見る限り、メールはいつもと変わりがなくて、どこか具合が悪いようには思えません。気が強くて元気なメールです。

 

 それを眺めていたオリバンに、セシル王女が近づいてきました。

「いやに心配そうだな、アルバート。まるで恋人でも見ているようだ」

「まさか」

 とオリバンはぶっきらぼうに答えました。

「だろうな」

 と言って王女はフルートへ目を向けました。その意味ありげな視線に、オリバンは気がつきません。

「私のことはオリバンでいい、セシル姫。ここにいる全員が私をそう呼んでいる」

「わかった。では、私のこともただセシルでいい。王女扱いは、やっぱり落ち着かない」

「なんだか男を呼んでいるような感じがするが」

「これが私の本当の名前だ。私は、生まれたときには男だったのだからな」

 王女はまたいつもの乾いた声になっていました。オリバンが驚いて、それはどういうことだ? と尋ねようとすると、フルートが全員に呼びかけてきました。

「さあ、出発するよ! 今日中にナージャの森まで行くんだ!」

 フルートは自分の馬に乗っていました。ゼンとメールがすぐに口喧嘩をやめて返事をし、犬たちが馬上の籠からワンワンとほえます。ポポロも自分の馬の上からうなずきます。

 セシル王女はメールの馬にひらりとまたがりました。身のこなしも馬上の姿もとても凛々しいのですが、やっぱり男性には見えません。

 あれはどういう意味だったのだろう? と考えながら、オリバンは自分の馬にまたがりました。気になりましたが、今はそれを確かめられる雰囲気ではありませんでした。

 勇者の少年少女と犬たち、正体を隠したロムドの皇太子、そして、まだ何かがありそうなメイの王女。不思議な面子(めんつ)の一行は、ナージャの森を目ざして、東へと出発しました。

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