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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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32.海の姫

 メールは森の外れで木にもたれて座っていました。

 夜空には月が昇ってきていました。満月を過ぎて欠けてきた月ですが、空が澄んでいるので、荒れ地や森を明るく照らしています。

 すると、そこへ森の奥からゼンがやって来ました。メールを見つけて隣に座り込みます。

「こんなところにいたのか。みんな、もう寝たぞ。おまえも早く飯食って寝ろよ」

 なかなか戻ってこないメールを心配して探しに来たのでした。

 メールは笑うように口元をちょっと歪めました。

「なんか食欲わかないんだよ……。もうちょっと月を見たら戻るからさ」

 そう話すメールにも月の光は降りそそいでいました。さっきまでドレスを着て侍女の変装をしていたのですが、今はいつもの袖無しシャツにうろこ模様の半ズボンという格好です。一つに束ねた長い髪も、いつの間にか黒から緑色に戻っています。侍女の服は近くの地面に放り出してありました。

「元の格好に戻ったんだな」

 とゼンが言うと、メールはまた笑いました。

「小さい泉があったからね。やっとこれでせいせいしたよ」

「ああ。おまえはやっぱりこっちのほうが絶対いいぜ。綺麗だ」

 単純で真っ正直なゼンは、誉めことばもまっすぐです。メールは赤くなり、すぐに、にっこりしました。

「ありがと」

 そのまま、二人並んで座って、夜の荒野を眺め続けます。

 

 やがて、また口を開いたのはメールでした。

「あたいさ……思いだしてたんだ。海のことや、父上のこと」

 ああ、とゼンは言いました。

「俺たちが旅に出てもう四ヶ月になるもんな。俺はこの前親父たちに会えたけど、おまえはずっと離れたままだ。だいたい、おまえは渦王と喧嘩して城を飛び出してきたんだろう? 気になってんじゃねえのか?」

「だぁってさぁ! 父上ったら、あたいがみんなと旅に出るのに猛反対したんだよ! あたいの話なんか全然聞かないで、しまいには海底の岩屋に閉じこめようとするんだもん! そんなの冗談じゃないよ!」

「ったく。相変わらずだよなぁ、おまえら父子は」

 とゼンは苦笑しました。メールとその父の渦王は、どちらもよく似た激しい気性をしているのです。

「本当はどっちもお互いに好きだし、心配してるのによ。そんなに意地を張ってると、そのうち後悔することになるかもしれねえぞ?」

「後悔ってなにさ」

 つん、と口を尖らせてメールが言い返し、白い両脚を抱え込みました。

「あたいはただ、海はどうなっているかな、って考えてたただけだよ。こんなに長いこと海から離れたことってなかったからさ。ただそれだけのことだよ」

「別に海を恋しがったっていいじゃねえか。おまえの半分は海の民なんだし。無理に平気なふりしてることはねえだろう」

 口調は乱暴でも、ゼンの声は暖かです。

 

 また少し沈黙になりました。

 月の光は二人の上に降り続いています。メールの緑の髪が銀の粉を振ったようにきらきらと輝きます。

 メールがまた言いました。

「ねえ、ゼン……デビルドラゴンを倒して、あたいたちがどっちも十八になったらさ、あんた、どうするつもり? 海に来る?」

 とたんにゼンはたじろぎました。うろたえながらメールから目をそらしてしまいます。

「えぇと……なんだその」

 いつもならこの話題になるとさっさと逃げ出すゼンですが、この状況ではそういうわけにもいきません。頭をかきながら、こう言います。

「……俺は別に海が嫌いってわけじゃねえんだぜ。おまえの親父だって海の奴らだって大好きだ。みんな、全然飾りっ気がなくてよ、俺とよく気が合うもんな。だけどよ……」

 うん、とメールはうなずきました。

「わかってるよ、ゼン。あんたは山のドワーフなんだもんね。渦王じゃなくて、北の峰の猟師でいたいんだよね。だからさ――」

 メールが細い両手でゼンの頬を挟んで、自分のほうをむかせました。まっすぐなまなざしでゼンの目を見ながら言います。

「デビルドラゴンを倒したらさ、あたいがあんたの山に行くことにするよ。あたいは待ってるのなんて大嫌いだ。自分が王女だからって、自分の人生をあきらめるなんてのも、絶対にごめんさ。あたいはゼンとずっと一緒にいたい。そのためになら、海に帰れなくなったってかまわないんだよ」

 メール、とゼンは言い、それ以上は何も言えなくなりました。赤くなった顔をそらそうとしますが、メールはゼンの顔を捕まえたまま逃がしません。

 ゼンは思わず苦笑いしました。

「ったく。俺のどこがそんなにいいんだよ? 自分で言うのもなんだけど、単純で馬鹿だぞ、俺。顔もよくねえし、おまえより背が低いしよ」

「単純馬鹿ってのは言えてるよね」

 とメールが笑いながら答えたので、なに!? とゼンが怒りました。言っているそばから単純を証明しています。

「でもさぁ、そんなの、好きだってこととは全然関係ないじゃないか。性格だって、顔だって身長だって、それがあんたなんだしさ。どこがどんなふうにいいのかなんて、あたいにもわかんないよ。いいところも悪いところも困ったところも、みんなひっくるめてゼン。そんなあんただから、あたいは好きなんだもん」

 ゼンは本当に真っ赤になりました。とっさに冗談で切り返そうとしましたが、あまり照れすぎて何も浮かんできません。

「ったく!」

 とメールの肩に腕を回して、乱暴に抱き寄せるのがやっとです。

 

 やがて、少し落ち着いてからゼンが言いました。

「でもよ、やっぱり親父さんと喧嘩したままってのは良くねえぞ。デビルドラゴンを倒したら、ちゃんと渦王と話をしようぜ。それでも渦王が反対したら、そんときには北の峰に来い」

 メールは、くすくす笑い出しました。

「ほぉんと、ゼンって案外堅いんだよねぇ。そんなことしたら、絶対に父上と大喧嘩になるよ?」

「しょうがねえだろ。海の王女を女房にもらおうとしてるんだからよ」

 ふふふ、とまたメールが笑いました。

「なんか嬉しいな……。初めてだよね、ゼンがそんなにはっきりと、あたいを女房にするって言ってくれるのって」

「そんなことあるか。今までだって、ちゃんと言ってたぞ」

「ううん、初めてだよ。あたい、覚えてるもん」

「そりゃ、おまえの記憶力が悪いだけだ」

「ちょっと。なにさそれ!?」

 照れ隠しの口論が始まりかけて、すぐにやみました。ゼンの腕の中でメールが黙ります。

 やがて、メールは静かにゼンに寄りかかってきました。ゼンはまた赤くなり、すぐにメールを抱きしめ直しました。頭に手をかけて、唇にキスをしようとします。ゼンの指に絡みつく髪は、銀のきらめきを帯びた緑色です。

 

 すると、メールの体がずるりと滑りました。抱きしめる腕に体重がそっくりかかってきます。

「メール?」

 とゼンはのぞきこみ、メールが目を閉じてぐったりしているのを見て仰天しました。

「メール!? メール、おい、どうした!?」

 どんなに呼んでも揺すぶっても、メールは目を開けません。意識を失っているのです。

「おい、メール! メール! メール――!!」

 ゼンが必死に呼ぶ声が、夜の森に響き渡りました。

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