「父上が亡くなって間もなくのことだ」
と王女は話し続けていました。焚き火の光が一同の顔を赤く照らしています。
「私に仕えていた者たちや、私と親しくしていた者たちを、メイ女王が突然一人残らず処刑した。救済しようとした者も、一緒に処刑台に送られた。本当に、使用人に至るまで全員だ。私が生まれたときから世話をしていた乳母や、父上の代わりに後見人をしてくれていた公爵は、真っ先に首をはねられた。メイの貴族たちは震撼して、それ以来、私には絶対に関わらないようにしている。少しでも私に与する者と思われたら、同じように女王に粛正されてしまうからな」
「それでか」
とオリバンは思わず言いました。グェン公の祝宴で踊りを申し込んだとき、王女が何故あれほどためらって心配したのか、その理由がわかったのです。
「私に残されたのは母上と、第三十二部隊の部下たちだけだ。さすがのメイ女王も王の愛妾だった母上を殺すことはできなかったし、第三十二部隊の女騎士団を処刑すれば、軍全体が黙ってはいないからな。メイ女王はナージャの森に幾度となく刺客を差し向けてきたが、女騎士団はそんなものには負けなかった。刺客を追い返し、いつも森と私を守ってきた。だが……」
淡々と語ってきた王女の声が、急に揺れました。真剣な顔でじっと自分の膝を見つめます。
「先ほどの人狼がもし本当のことを言っていたとすれば、ナージャの森には闇の怪物が送り込まれたことになる。いくら勇猛な彼女たちでも、闇の敵には勝てない」
膝の上にあった手が、ぎゅっと握りしめられました。遠くにいる部下たちを心配する王女の気持ちが伝わってきます。
「ポポロ」
とフルートが言いました。赤いお下げ髪の少女が、うん、と遠いまなざしになり、やがてこう言いました。
「大丈夫、ナージャの森に敵はいないわ。森の中は静かだし、女騎士団の人たちも普通に警備しているわよ」
王女は目を丸くしました。
「おまえにはわかるのか? ……そういえば、さっきは人狼を燃やしていたな。勇者の仲間の大魔法使いというのは、おまえのことだったのか」
「ポポロは天空の国の魔法使いです。その気になれば、遠いところにある場所でも透視することができます」
とフルートが答え、お下げの少女は恥ずかしそうにうつむきました。その服は今はもう青い上着に白いズボンの乗馬服に変わっていて、魔法使いにはとても見えません。
それでも、王女は、ほっとした顔になりました。
「ナージャの森は神聖な森だ。森全体を不思議な空気が包んでいて、怪物はほとんど入り込まない。その森に闇の怪物が現れたなら、よほど強力なのだろうと考えていたのだ。……そうか、ナージャは無事か」
フルートたちは驚きました。王女が笑顔のまま涙をこぼし始めたからです。この女性が泣くところを見るのは初めてでした。頬を伝い落ちていく透明なしずくを見守ってしまいます。
すると、メールが首をかしげて言いました。
「ねえさぁ。そんなに部下が心配だったんなら、どうして森に駆けつけようとしなかったのさ? もっと急いでくれ、って言えば良かったのに。メイ女王のことだってそうさ。どうして女王の思い通りにさせとくわけ? 女王がそんなひどいことをしてくるなら、抵抗しなくちゃだめじゃないか」
「どうしてそんなことができる!? 義母上が私に関わる者を粛正したとき、私はまだたったの十二歳だったのだぞ!」
と王女が言い返してきたので、フルートたちはまた驚きました。
「メイの国王が亡くなったのって五年前でしたよね。その時に十二歳だったってことは、あなたの歳は――」
「まだ十七歳か? もっと年上なのだとばかり思ったぞ!」
とオリバンも驚いて言います。十七といえば、フルートたちより二歳しか上でないことになります。オリバンよりは二つ年下です。
王女は赤くなった顔をふん、とそらしました。そんなふうにいちいち相手に反応してみせるあたりは、年相応と言えます。
ところが、メールだけは驚きませんでした。少し厳しい口調で言い続けます。
「あんたがいくつでも関係ないさ。どうして女王の思い通りでいるのか、って言ってんだよ。あんたの家族のような人を皆殺しにして、今もしょっちゅう命を狙ってくるようなヤツに、どうして何も言わずにいるんだい。このままじゃ、そのうちあんたも本当に殺されるじゃないか。女王に抵抗しなよ。抵抗できないならこの国から逃げなよ。今はもう、それくらいできる歳だろ?」
王女はたちまち、かっとしました。
「できるものならしている! だが、母上を置いて自分だけ逃げることはできないのだ!」
「母上? 一緒に逃げるのは嫌だと言ってるわけ?」
「あの人は社交界でしか生きられない人だ。メイから脱出することも、ジュカを離れることも、絶対に承知しないのだ!」
「今はメイ女王ににらまれてて、誰も相手にしてくれなくなってるのに? 話になんないね」
あきれるメールに、王女はさらに激しく言い返しました。
「おまえに何がわかる! 王族でもない者に、王族のことが理解できるものか!」
「あのねぇ」
とメールは言いました。立ち上がり、細い腰に両手を当てて王女の顔をのぞき込みます。
「自分だけが不幸だとか苦労してるとか思ったら大間違いだよ。ただ座って待っていたって、何も変わりゃしないんだ。それは王族だろうと王族でなかろうと同じなんだからね」
言うだけ言うと、メールはくるりと背を向けて歩き出しました。ゼンが声をかけます。
「おい、どこに行くんだ? もうすぐ晩飯ができるんだぞ」
「今は食べたくない。ちょっと散歩してくるよ。あたいの分は残しといて」
と夜の森の中へ姿を消していきます。
「なんという無礼者――!」
と憤慨している王女に、オリバンが静かに言いました。
「彼女も王女なのだ、セシル姫。人間の国ではなく、海の国のだがな。将来は父の跡を継いで海の女王になる」
ただじっと待つことが何より嫌いなメールです。過酷な運命を黙って受け入れているように見えるセシル王女が、じれったく思えたのに違いありませんでした。
「王女? あれが?」
とセシル王女が驚くと、ゼンが肩をすくめました。
「あんたにそれは言えねえと思うぜ、お姫様」
思わず顔を赤らめて黙った騎士姿の王女でした――。