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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第9章 海の姫

30.同行

 月のない夜空の下を、王女は馬に乗って進んでいました。

 彼女のすぐ後ろには大柄な青年が座っていて、馬の手綱を握っています。時々馬がひどく揺れますが、青年の体はどっしりと頼もしくて、まるで壁に背中を預けているようです。

 彼らの馬の前後に四頭の馬がいました。それぞれに少年少女たちや犬たちが乗っています。見通しの効かない夜の中だというのに、少しもためらうことなく前進していきます。灯りといえば、先頭に立つ少年が掲げる小さな光だけです。

「何故こんなに無茶をする。このあたりは窪地や沼地がある荒野だ。闇雲に進むと、足を取られて大怪我をするぞ」

 と王女が言うと、後ろの青年が答えました。

「心配ない。道案内しているのはゼンだ。あいつはドワーフの血をひいているから、暗闇の中でも目が見える」

「だが、彼もランプを使っているだろう」

「あれは灯り石と言って、北の峰のドワーフが持ち歩く光る石だ。あいつにあんなものは本当は必要ない。我々の目印に掲げているだけだ」

 王女は唇を尖らせて黙ると、やがてまた口を開きました。

「私は、金の石の勇者の一行というのは、もっと大人なのだとばかり思っていた。少なくとも、おまえくらいの歳なのだろうと。まさかこんな子どもばかりの集団だったとは想像もしていなかったぞ」

「それは誰もが言う。だが、彼らの実力を見れば、あなたもきっと納得する」

「実力ならフォロセルの森でもグェン公の屋敷でも見た。確かに大した腕前だったな」

「あいつらの本気はあんなものではない」

 青年の答え方はぶっきらぼうに聞こえますが、別に怒っているわけではありません。これがこの青年の口調なのです。

 

 王女が向かっているのは、王都ジュカの東にあるナージャの森でした。馬で一日ほどの距離があって、彼女が率いる第三十二章隊が守っています。同行しているのは金の石の勇者とその仲間たちです。

「ぼくたちはあなたの敵ではありません」

 とフルートは王女に言ったのでした。フォロセルの森で人狼を倒した後のことです。本当に少女のように優しい顔をした少年ですが、妙に大人びた話し方をしました。

「ぼくたちは、悪の権化の竜を倒す方法を探して旅をしているんです。セシル姫にもぜひ教えていただきたいことがあります。でも、闇の怪物と戦ったここでは、怪物を送り込んできた敵に見つかるかもしれません。ぼくたちと一緒に来ていただけますか? ぼくたちはあなたをナージャの森までお送りします。敵がまたあなたを襲ってきたら撃退します。その代わり、安全な場所まで来たら、話を聞かせていただきたいんです」

 結局、王女はその申し出を受けたのでした。王女が乗ってきた馬車の馬は怪物に殺され、御者も逃げてしまいました。ナージャの森の部下たちが気になるのに、そこまで行く足がなくなっていたのです。金の石の勇者の一行に興味もありました。本当に、噂とはまるで違う勇者たちです――。

 

 一行の先頭からゼンが振り向きました。

「森が見える! 今夜はあそこで休むぞ!」

 王女には広がる夜の闇が見えるだけで、ゼンが言う森を見つけることができません。他の者たちも同様らしいのに、誰もが当然のようにゼンの後についていきます。夜でも目が見えるというゼンを信頼しているのです。

 森の中も真っ暗でしたが、ゼンと犬たちが枯れ枝を集めて火をおこすと、ようやく王女にもあたりの様子が見えるようになりました。確かにそこはブナやコナラの木が寄り集まった場所でした。まだ伸びきっていない若い葉が、彼らの頭上で揺れています。

「待ってろ。すぐ晩飯にしてやるからよ」

 とゼンが言って、馬から道具や食料を下ろし、てきぱきと料理を始めます。その間に一行は話を始めました。火を中心に円座します。

「セシル姫には感謝します。ぼくたちを信用してくださってありがとうございます」

 と口火を切ったのはフルートでした。丁寧に頭を下げてきます。

 ふん、と王女は鼻を鳴らしました。

「おまえたちが私の命を狙っていたら、もうとっくに私を殺しているはずだからな。それに、おまえが言う悪の権化の竜というものにも興味がある。それはいったい何なのだ? それがこのメイを狙っているというのか?」

「メイだけじゃありません。竜の名前はデビルドラゴン。この世界中を破滅させて、すべての人や生き物を絶望のどん底に陥れようとしているんです。――たぶん、今はこのメイの国のどこかに潜んでいます」

 王女は眉をひそめました。それはどこだ? と聞き返します。

「わかりません。デビルドラゴンは生き物の心の闇に棲みついて魔王に変えるんですが、そうはしないで、こっそり誰かに闇の力を貸してくることもよくあるんです。この前までは、メイ女王に力を貸していました。メイ女王は、デビルドラゴンから与えられた闇の石を使って、ロムドのジタン山脈に攻め込んできたんです」

 王女の顔がたちまち真剣そのものになりました。

「義母上が闇の竜と手を組んだというのか!? 何故だ!?」

「それを調べに、我々はメイに来た」

 とオリバンが口をはさんできました。重々しい声です。

 フルートが続けました。

「メイは東隣のサータマンとは長年争ってきたけれど、その他の国々と戦うようなことはしませんでした。メイ女王は慎重な人物だとも聞いています。いくら闇の竜にそそのかされても、らしくないように思います。何か理由がありそうだと考えていたら、メイの皇太子が重病だという話が聞こえてきたんです」

 

 王女は、はっとしました。一行から顔をそらし、焚き火に照らされる地面へ目を落とします。

「そうだ……。ハロルドは生まれつきあまり丈夫な質(たち)ではなくて、しょっちゅう体調を崩しては寝込んできた。そういうところは亡き父上によく似てしまったのだ。だが、今回は本当に具合が良くない。私も見舞いに行ったが、奇跡でも起きなければ、再び元気になって起き出せることはないような気がした……」

「ワン、それはいつからのことですか?」

 と突然ポチが尋ねてきたので、わっ、と王女は驚いて飛び上がりました。

「お、おまえは口がきけるのか!?」

「すみません。ポチとルルはもの言う犬なんです」

 とフルートがあわてて謝ると、ルルは逆につん、と鼻面を上げました。

「いやぁね、そんなに驚かないでよ。金の石の勇者の一行に、人のことばを話す犬がいるって噂は聞いていなかったの?」

「いや……。金の石の勇者は白いライオンを連れているとは聞いていたが」

「もう。ここでもやっぱりライオンなの?」

 ルルはひどく不満そうでしたが、それを抑えるようにポチがまた尋ねました。

「王女様、大事なことなんです。ハロルド王子の具合が悪くなったのは、いつ頃のことなんですか?」

「に、二ヶ月ほど前のことだ。突然城で倒れて……その後は生死の境をさまよっている」

 驚きながらも犬相手にちゃんと答える王女でした。

「ワン、二ヶ月前ってことは、二月の末。神の都の戦いでデビルドラゴンがミコンから追い払われた時期とほぼ同じですよ。デビルドラゴンは人の弱みにつけ込んできますからね。王子様が具合が悪いのを利用して、メイ女王に話を持ちかけたんじゃないかな」

「協力すれば王子様は助けてやる、ってかい?」

 とメールが尋ねると、ポチは小さな頭をひねりました。

「ワン、そうかもしれないけど、もうちょっと動揺させたんじゃないかな。メイはジタン山脈を狙ってきましたからね。メイの皇太子が死ぬと他の国が干渉してくるから、その前にジタンを奪って国を強化しろ、とか言ったような気がするなぁ」

 すると、ゼンが鍋をかき混ぜながら言いました。

「他の国が攻めてくる前に、こっちの国から攻めてやれってわけか。ったく、人間ってヤツは本当に信用し合わねえよな」

「だから、それは人によるといつも言っているだろう。そんな人間ばかりではない」

 とオリバンが大真面目で言い返します。

 

「メイとサータマンの連合軍はジタン山脈で敗れて、捕虜はロムドの王都に連行された」

 とフルートは考えながら言いました。

「デビルドラゴンはジタン山脈から去ったし、金の石も魔王の復活は感じていないんだけれど、なんだかまだこのメイに奴がいるような気がする。それこそ、メイ女王の近くに……。だからセシル姫は女王から命を狙われているんじゃないかな」

 とたんに王女がまた顔つきを変えました。フルートから目をそらしてうつむいてしまいます。

「それは……たぶん違う。私は昔から女王に疎まれている。本格的に私の暗殺を企むようになったのは、ハロルドがいよいよ危なくなってきているからだ。女王はなんとしても私に王位を渡すまいとしているからな」

「そこが解せん。あなたは王の血をひいている王女だ。先ほどの連中は人狼が化けていたが、あんなふうにあなたを立てて王室を守ろうとする者が、本当に出てきても良いはずではないか」

 とオリバンが言います。自分の地位や権力を引き上げるためにしのぎを削るのが貴族たちです。皇太子が危ないとなれば、次の王位継承者である王女を担ぎ上げる一派が出てくるのが当然のように思えるのですが。

 すると王女が皮肉に笑いました。

「そんな者はメイにはもういない。全員、女王から粛正(しゅくせい)されたからな」

 粛正、ということばの重い響きに、全員は思わずぎょっとしました。

「おまえたちがロムド人で良かったな。メイの人間であったら、おまえたちの家族も親族も、使用人に至るまで一人残らず処刑されたところだ」

 ことばを失っている一同に、王女は乾いた声でそう言いました――。

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