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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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28.味方

 やがて、オリバンたちの元へ着替えをすませたフルートが戻ってきました。金の鎧を着て二本の剣を交差させて背負った、いつもの勇者の姿です。金の兜は腕に抱えていたので、付け毛を外して短くなった金髪と優しい顔立ちがよく見えます。

 王女が笑いました。

「その格好をすれば、一応男に見えるな」

 フルートは頭を下げました。

「いろいろとありがとうございました、セシル姫。おかげで本当に助かりました」

「助けてもらったのはこちらだ。おまえが本物の女だったら、私の第三十二部隊に招いたのにな。男にしておくにはまったく惜しい腕前だ」

 王女としては誉めているらしいのですが、あまりそうは聞こえなくて、フルートは複雑な顔になりました。

 そこへ森の奥からはポポロが、別の方向からはゼンとメールが戻ってきました。鎧姿のフルートにゼンが言います。

「お、やっと元に戻ったな。やっぱりこのほうが落ち着くよな」

「そうかなぁ? あたいは貴婦人姿も捨てがたいと思うけど」

 とメールが言って、フルートににらまれます。

 ポポロが言いました。

「ドレスは綺麗にして、フルートの荷物にしまっておいたわ……。いつかまた使うことがあるかもしれないから」

「そんなこと、もうあるもんか!」

 とフルートが真っ赤になって反論しますが、ポポロが驚いて涙ぐんでしまったので、あわてて謝り始めました。ごめん、ごめんったら、と繰り返すフルートにゼンとメールが口々に言います。

「おまえなぁ、ポポロを泣かせるなよ」

「ダメだよ、フルート。せっかくポポロが気をきかせてやってくれたのにさ」

 叱っているのではなく、ポポロを相手にするとめっぽう弱くなってしまうフルートをからかっているのです。ワンワン、と二匹の犬たちも足下でほえます。

 

「すまんな、騒々しくて」

 とオリバンが苦笑いで謝ると、いや、と王女は答えました。

「仲がよくて楽しそうだ……。おまえたちはこれからどうするのだ?」

「故郷へ戻る。もうジュカの都に来ることもないだろう」

「そうか。今頃、おまえたちのことは義母上の耳にも入っているに違いない。気をつけていけ」

「そちらこそ気をつけろ、セシル姫。また命が狙われるかもしれん」

「私には第三十二部隊がいる。ナージャの女騎士団と呼ばれる連中で、私に忠誠を誓ってくれている。彼女たちだけは信頼できる。――なんだ?」

 オリバンが急に笑うような顔になったので、王女は、むっとして聞き返しました。笑われるようなことを言った覚えはありません。すると、オリバンは、失礼、と謝ってから答えました。

「おかしかったのではない。ただ、本当に似ていると――いや、それはよかった、と思ったのだ」

 常に暗殺の危険にさらされていたオリバンは、城にいることができなくて、幼い頃からロムドの辺境部隊にいました。荒くれ揃いの隊員たちでしたが、皇太子のオリバンを心から愛し、その命を守るために誠心誠意尽くしてくれていたのです。

 そこへフルートが口をはさんできました。

「セシル姫はやっぱりナージャの森へ行かれるんですか? 正体不明の兵士たちが攻め込んできた、とタニラさんが言っていましたよね」

「行く。兵士は、それこそ、義母上の手の者だろう。義母上はナージャの森を私から奪いたくてしかたがないからな。あの森は、代々王族によって守られてきている。私があの森の警備についている限り、私の王族としての地位が証明されていることになるのだ」

「大丈夫か?」

 とオリバンが心配すると、王女は笑いました。

「あの森のことなら、我々は目をつぶっても歩けるくらい知っている。誰が攻めてきても負けたりするものか。ナージャの女騎士団は勇猛だぞ」

「なるほどな」

 とオリバンは苦笑しました。ナージャの森まで同行して一緒に戦うことを申し入れようと思ったのですが、先に断られてしまったのです。

「気をつけて、セシル姫」

「そちらもな」

 挨拶代わりにまた言い合いながら、王女は自分が乗ってきた馬車へ向かいました。颯爽(さっそう)とした身のこなしは、本当に若い騎士そのものです。馬車のランプの光に束ねた金髪が光ります。

 

 すると、ゼンが急に、うん? と闇へ目を凝らしました。ポポロもそちらへ顔を向けて言います。

「誰か街道を来るわ……。馬に乗った男の人が二人」

「こっちに来やがるぞ」

 全員はいっせいに緊張しました。メイ女王の手が彼らに及ぶかもしれない、と心配していたばかりです。さっそく来たか、と誰もが身構えます。

 けれども、街道をそれて馬車の灯り目ざしてやって来たのは、貴族の姿をした男たちでした。一行を見つけると、馬の脚をゆるめ、ゆっくりと近づいてきます。

「そこにおいでなのはエミリア王女様でしょうか?」

 と呼びかけてきます。その腰や手に武器はありません。

 王女はすぐには返事をしませんでした。代わりにオリバンが答えます。

「何者だ!」

 二人の男は馬を停めて飛び下り、王女の前にひざまずきました。

「やはりエミリア王女様。ご無事でなによりでした。メイ女王が王女様のお命を狙っていると知って、駆けつけてまいりました。申し遅れましたが、私はライラ地方の領主のビム男爵、こちらはゴドシュのウォーリス子爵です。賤しい身分の者ですが、王女様をお守りしたい気持ちは本物でございます」

「私を助けに来たというのか? 何故だ」

 と王女が聞き返しました。堅い声になっています。メイ女王に逆らって自分に荷担する者がいるとは思っていないのです。

 男爵は頭を振りました。

「お疑いはごもっともです。我々は表だっては王女様の側と表明しておりませんでしたから。ですが、それも王女様のため。王女様の味方とメイ女王に知られれば、たちまち処分されてしまうからです。我々の仲間は大勢いて、密かに王女様のために準備を整えておりました」

「ハロルド皇太子の容態が悪いために、メイ女王はついに王女様の暗殺に動き出しました。グェン公の屋敷に怪物を送り込み、王女様を殺そうとしたのはメイ女王です。このままでは王女様のお命がまた狙われます。どうぞ我々とおいでください、王女様。我々がお守りいたします」

 と子爵も言います。

 後ろでやりとりを聞いていたゼンが、はぁん、と腕組みしました。

「そうやって王女を守っておいて、皇太子が死んで王女が女王になった暁には、自分たちを城で取りたててもらおうってのか。――人間らしい考え方だな」

 たちまち貴族たちは激怒しました。なんだと!? と立ち上がります。

 

 すると、王女が静かに言いました。

「この国の次の王になるのはハロルドだ。私は女王になどならない。おまえたちの気持ちは嬉しいが、私はおまえたちと一緒に行くつもりはない」

 またあの乾いた口調になっています。

 貴族たちは必死で言い続けました。

「女王は今度こそ本気です! 殺されてしまいます!」

「我々は出世目当てなどではありません! 亡き先王に受けた恩義を、王女様をお守りすることで返したいと考えているのです! どうぞ我々をお信じください!」

「私は第三十二部隊の隊長だ。ナージャの森の警備が私の任務だ」

 と王女が答えると、貴族たちは激しく頭を振りました。

「なりません、王女様! あそこは今、女王に攻撃されております!」

「闇の怪物の部隊が森に送り込まれたのです! 今、あそこに行っては、王女様が――」

「なに!?」

 と王女は驚きました。ナージャの森に攻めてきたのは謎の兵士たちだったはずです。

「人の姿に化ける怪物なのです! いくらナージャの女騎士団でもかないません! 王女様、どうか私たちと一緒に――」

 けれども、王女はもう聞いていませんでした。

「ナージャの森へ戻るぞ! 急げ!」

 と御者に命じて馬車に飛び乗ります。

「で、では私たちも!」

「一緒にお連れください、王女様!」

 と二人の貴族たちもあわてて馬車に乗り込もうとします。

 

 その時、突然、貴族たちの前にポチとルルが飛び出しました。背中の毛を逆立てて、ウゥゥーッとうなり出します。

「な、なんだ、この犬は?」

「邪魔をするな!」

 貴族たちが怒って追い払おうとすると、今度はフルートとオリバンがその前に立ちふさがりました。ゼンとメールもその隣に駆けつけます。

 オリバンが言いました。

「犬たちが警戒している。おまえたち、言っている通りの者ではないな?」

「味方のふりをしてセシル姫に何をするつもりだ!?」

 とフルートも言って背中の剣を引き抜きました。銀の刀身がすらりと闇に輝きます。

 王女は馬車のステップに足をかけたまま、驚いて振り向きました。それを守るように青年や少年少女、犬たちが立ち並んでいます。

 二人の貴族が必死で訴えました。

「お信じください、王女様! 我々は味方です!」

「この者たちをお退けください――!」

 ワンワンワンと犬たちが飛びかかりました。二人の貴族の喉元に食らいついていきます。

 とたんに、貴族たちは大きく飛びのきました。助走もつけずに三メートル近くも下がります。人間の動きではありません。

「やはりか」

 と言ったオリバンの前へフルートが飛び出しました。

「正体を見せろ!」

 と鋭く切りつけます。

 すると、貴族たちはその剣もひらりとかわしました。獣じみた身のこなしで舞い上がり、左右に着地します。

「へへ……見破られたか」

「まったく、思いがけない邪魔が入ったな。どうする?」

 話し合う貴族たちの体が溶けるように崩れ、二回りも大きな怪物に変わりました。全身黒い毛におおわれ、顔と耳が尖り、口が大きく裂けて牙がのぞきます。

 それは、人とオオカミの両方の姿をとることができる人狼(じんろう)でした――。

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