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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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27.合流

 「フルートが馬車でこっちへ向かっているわ……。王女様も一緒よ」

 とポポロが言いました。メイの王都に近い森の外れです。すぐそばを街道が通っているのですが、月もない夜なので、肉眼で見極めることはできません。ポポロは魔法使いの目で夜の中を透視しているのでした。

 同じ森の中にオリバン、ゼン、メール、二匹の犬たち、そしてシースー卿夫妻がいました。夫妻の後ろには黒塗りの馬車もあります。彼らが都まで乗ってきたのとは別の馬車です。

 シースー卿がオリバンに言いました。

「エミリア王女が一緒となると、私はこの場にいないほうが良さそうですな。私がロムドからの亡命者だということは、メイの人間には知れ渡っています。あれだけの事を起こした後では、殿下の正体を勘づかれる危険が高うございます」

「卿はこの後どうするのだ?」

 とオリバンは尋ねました。自分たちが祝宴会場で派手に戦ったために、シースー卿がメイから目をつけられたことは察していました。

「私たちが乗ってきた馬車は空のまま先に屋敷へ戻しました。それを囮(おとり)にして、私たちはこの馬車でこっそり屋敷に戻り、荷物をまとめてすぐにメイを脱出します。殿下たちの馬とお荷物はここにございますので、勇者殿と合流したら、殿下たちも即刻メイをお離れください」

 長い間、メイに潜入して諜報活動を続けていたシースー卿は、万が一の事態に備えることを忘れていませんでした。自分たちやオリバンたちが疑われたときに即座に逃げ出せるように、馬車や馬を準備していたのです。

 

 オリバンはうなずきました。

「では、卿に頼みがある。これをディーラの父上へ届けてもらいたいのだ」

 と手渡したのは、小さな黒いビロードの袋でした。中からロムドの紋章を刻んだ大きな金の指輪が出てきます。老貴族は驚きました。ロムドの皇太子を証明する印章だったのです。

「このような大事なものを、何故私に……?」

「大事なものだからだ。逃げる途中で我々がメイに捕まって、これを見つけられたら、すぐに正体がばれてしまうからな。それに、これがあればロムド国内での通行許可証になる。卿がロムドに戻ることを誰もとがめないだろう」

 シースー卿はオリバンの真意を悟りました。形だけのこととはいえ、シースー卿はロムドを追放されているので、メイを脱出してもロムドに戻ることはできません。そこで、オリバンは皇太子の印章を届ける命令を与えて、そのまま卿をロムドに帰国させようとしているのでした。

 殿下……と言ったきりことばが続けられなくなった老貴族に、オリバンは言いました。

「卿は我々の力になってくれたし、長年、危険な諜報活動にもよく励んでくれた。父上は必ず卿と奥方の処遇に配慮してくれる。急ぎこれを持ってロムド城へ向かうのだ。絶対に追っ手に捕まるなよ」

「このような重要な任務をいただいたからには、私どもも屋敷には戻らずに、このまままっすぐロムドへ向かうことにいたします。何も旅の支度はしておりませんが、そんなものは途中でなんとでもなります。屋敷の者にも、我々が急に戻らなくなったときの対処はよく言い含めてありますので、心配はありません。必ず印章を陛下にお届けして、殿下たちのご様子とメイの状況をお伝えします」

 海千山千の人生を歩んできたはずの老人が、痩せた頬に感激の涙を流していました。オリバンはまた力強くうなずきました。

「頼むぞ。気をつけていけ」

 老夫妻は何度も頭を下げながら馬車に乗り込みました。走り出した馬車はすぐに夜の闇の溶け、行く手を照らすランプの光だけが車輪の音と共に遠ざかっていきます。

 そばでやりとりを聞いていたメールが笑いました。

「まったくもう。オリバンったら、ほぉんと『王様』なんだからさぁ」

 足下でルルとポチが、うんうん、とうなずきます。

「私はまだ皇太子だが?」

 とオリバンは大真面目で答えました――。

 

 すると、別の方角を見ていたゼンとポポロが、同時に声を上げました。

「来たぞ!」

「来たわ! フルートと王女様よ!」

 シースー卿の馬車と入れ替わりのように、馬車の音が聞こえてきました。揺れる灯りも近づいてきます。やがて、それは一台の馬車に代わり、彼らの目の前に停まりました。ポポロが魔法使いの声でこの場所までずっと誘導していたのです。

 扉が開いて、中からドレス姿の貴婦人が飛び下りてきました。

「ポポロ、ゼン――みんな!」

 と少年の声で呼びかけます。全員がそれに駆け寄りました。

「無事だったな。よかった」

 とオリバンがフルートの頬をなでます。いつもなら金髪の頭をくしゃくしゃにかき回すところですが、今はフルートが髪を結い上げていたので、それができなかったのです。

 そこへ馬車からもう一人の人物が降りてきました。茶色の上衣と深緑のズボンに赤いマントをはおった若い女性です。オリバンがフルートの頬に手を添えて微笑しているのを見て、思わず立ち止まります。

「これはセシル姫。彼女を無事に連れてきてくれてありがとう」

 とオリバンが王女へ頭を下げると、王女は我に返って、ふん、と顎を上げました。

「彼女、か。ずいぶんと変わった彼女を連れていたものだな」

 意外そうな顔になったオリバンへ、フルートは言いました。

「王女様にはばれちゃったんです。ぼくが男だって」

 オリバンがそれに答えるより先に、へえっと声を上げたのはゼンでした。

「その格好のおまえを見破ったのかよ。大したもんだな。どうやったんだ?」

「うるさいな。そんなのどうでもいいだろう」

 とフルートが怒ったように答えます。

「あ、なんだおまえ。赤くなってやがんのか? どうした。何があったんだよ?」

「うるさいったら! ぼくの着替えはどこさ? この格好はもう充分だよ!」

「あれ、もう脱いじゃうわけ? もうちょっと貴婦人のままでいればいいのに」

 とメールにもからかわれて、ますます憤慨したフルートを、ポポロが、こっちよ、と荷物の方へ案内します。

 

 それを苦笑で見送って、オリバンは改めて王女を見ました。

「あいつを男と承知の上で送ってくれたのか。本当に感謝する。ありがとう、助かった」

 あまりにもまっすぐに感謝されてしまって、王女も思わず赤くなりました。ふん、とすぐにまた顔をそらします。

「彼は私の命の恩人だからな。おまえもそうだな。私だけでなく、グエン公や祝宴の客人たちも守ってくれた。その恩に報いただけだ」

 すると、オリバンは少し考えてから、こう尋ねました。

「祝宴を大猿が襲ったときに、こんな怪物が現れたことはなかった、とあなたは言っていたな? 何故、怪物が襲ってきたのか、あなたには見当がついているのではないのか?」

 王女の表情がたちまち変わりました。今度は真剣な顔になって、じっと足下に目を落とします。

「確信はない。だが……たぶん、あれは私の命を狙ってきたのだ」

「でもよ、襲ってきたのは闇の怪物だったんだろう? あんた、なんでそんなもんに命を狙われてるんだよ?」

 とゼンが遠慮もなく口をはさんできました。それが下男の格好の少年だったので、王女はちょっと驚いた顔をしましたが、すぐに肩をすくめて答えました。

「私はメイ女王からにらまれているからな……。ハロルドの容態が悪いのに気をもんで、女王が闇魔法使いに指図したのだろう」

「あなたはメイの王女なのに?」

 とオリバンが言うと、王女は皮肉な笑い顔になりました。

「メイに王女はいない。いるのは女王と皇太子だけだ。誰も私を王女などと認めてはいない」

 なんの感情も感じさせない乾いた声です。

 

 それを聞いて、ゼンが口を尖らせました。オリバンを見て言います。

「なんか、昔それと同じようなことを言ってたヤツがいたよな?」

「誰のことだ?」

 とそっけなくオリバンが答え、メールが見えないところでゼンを力一杯つねりました。いてっ! とゼンが声を上げます。

「いきなり何しやがんだよ、メール!?」

「何じゃないよ! ちょっとこっちおいで!」

 とメールがゼンを引っ張っていきました。危なくオリバンの正体をばらしかけたゼンを説教するために、離れていったのです。

 驚いたようにそれを見送る王女に、オリバンが静かに言いました。

「皆が皆、そう考えているわけではないだろう。女王がどう思っているとしても、あなたは確かにメイの王女なのだからな」

 王女はたちまちまた冷めた顔つきになりました。

「どうかな。王女らしいことなど何ひとつできない王女だ。そんなものに人心がついてくるものか」

 オリバンは目の前の若い女性を眺めました。それは一年半前の自分自身の姿でした。フルートたちと共に願い石の戦いに出発するまで、オリバンも自分をそんなふうに考えていたのです。自分は皇太子として父や国民から認められていない。何の役にも立たない、意味のない存在なのだ――と。

「そうとばかりも限らないだろう」

 とオリバンはまた言いましたが、王女はそれには答えませんでした。オリバンのことばは王女の心に届いていないのです。

 それきり黙り込んでしまった二人を、足下から二匹の犬たちが見上げていました。

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