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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第8章 味方

26.誤解

 王女が屋敷中に響く悲鳴を上げたので、フルートはどうしていいのかわからなくなりました。目をつぶり、両手で顔をおおってしまいます。

「すみません、すみません……」

 目の前には半裸姿の美しい女性がいるのに、それを見られて得した、などとフルートは考えません。ただただ謝り続けます。

 王女はあわてて足下からドレスを拾って体を隠し、また大声を上げようとして、ふとそれをやめました。真っ赤になってうろたえているフルートを見つめます。

 すると、外の廊下を人が走ってくる音がして、部屋の扉がたたかれました。

「姫様! 姫様、どうなさいました!?」

「姫様、大丈夫ですか!?」

「いったい何事です、エミリア!?」

 屋敷の使用人や王女の母親が声に驚いて駆けつけたのです。

 王女はどきりとした顔になると、扉に向かって答えました。

「な――なんでもない! つ、つまづいて転んで――いや、転びそうになっただけだ!」

 とっさにそんな嘘を言います。

 扉の外の人たちが安堵したりあきれたりした気配が伝わってきました。

「大丈夫ですか、姫様?」

 と入ってこようとするので、王女はまたあわてて言いました。

「開けるな! 着替え中だ!」

 扉のノブを回す音が止まります。

「なんです、エミリア。騒がせるんじゃありません」

 と王女の母親が文句を言い、皆は部屋の前から立ち去りました。

 

 王女は、改めてフルートを眺めました。青いドレスを着て金髪を結い上げた小柄な姿は、どう見ても本物の女性としか思えません。信じられないように、また言います。

「おまえは男なのか? 本当に?」

 フルートはうなずきました。真っ赤になった顔を両手でおおったままです。心臓が早鐘のように鳴っていて、声を出すことができません。

 その様子に王女は落ちつきを取り戻しました。変なことをされる心配はない、とわかったのです。

「そっちを向いていろ。今、服を着るから」

 と王女が言ったので、フルートはすぐに背中を向け、王女がいいと言うまで絶対に振り向きませんでした。

 王女は白いシャツに深緑のビロードのズボンという格好になると、またフルートを見ました。溜息をひとつついて話しかけます。

「もうこっちを向いてもいいぞ。……何故そんな格好をしている。女に変装して祝宴に潜り込んで何をするつもりだった?」

 フルートは、どきりとしました。今度は恥ずかしさではなく、自分たちの正体がばれるかもしれない、と心配になったからです。王女は厳しい声になっていました。返事次第ではメイの憲兵の前に突き出されてしまいます。

 口ごもりながらフルートは言いました。

「オ――いえ、アルバートがエスコートすることになっていた方が急に具合が悪くなったんです。アルバート一人では会場中の女性から奪い合いされてしまうと思って、それでぼくが女の格好を――」

 姿は完璧な女性でも、声は低くかすれた少年のものです。

 王女は首をかしげました。女性に囲まれるのが何故いけないんだ、と聞こうとして、ふとまた黙りました。いかにも女性らしいふるまいのフルートを見ながら思いだしたのは、祝宴の会場でオリバンが言っていたことばでした。

「私の大切な人だ……。今までも、これからも」

 嘘偽りのない真剣な口調でした。それを聞いたから、王女もフルートを女性だと思い込んだのです。ということは……と王女は考え、やがて一人でうなずきました。

「なるほど、そういうことか」

 小姓を恋人や愛人にしている貴族は珍しくありません。中には、小姓に女の格好をさせて連れ歩く貴族もいます。オリバンたちもそういう関係なのだろう、と考えたのです。フルートはまだ赤い顔でうつむいていて、王女からとんでもない誤解をされてしまったことに、気がつきません――。

 

 すると、そんなフルートの耳に少女の声が聞こえてきました。

「フルート。フルート、聞こえる?」

 フルートは、はっと顔を上げました。誰もいない空間に小さく返事をします。

「ポポロ」

 遠い場所から、宝石の瞳の少女が安堵した気配が伝わってきました。

「よかった、無事ね。あたしたち、都のすぐ近くで待っているわ。合流できそう?」

 フルートはとまどって振り向きました。王女はそんなフルートをじっと見つめていました。

「誰かと話しているのか?」

 と鋭く言い当てられて、フルートは正直にうなずきました。

「ぼくの仲間の魔法使いです……。都の近くで待ってくれているんだけど」

「やはり心話か。どこにいると言っている? そこまで送ってやる」

 フルートはびっくりしました。

「ぼくを逃がしてくれるんですか!?」

 と思わず聞き返してしまいます。あんな言い訳程度で見逃してもらえるとは思っていなかったのです。

 しっ、と王女は唇に指を当てました。

「大声を出すな。……おまえは私の命の恩人だからな。約束通り、あの男のところへ連れていってやる」

 フルートはとまどいながら、また遠くにいるポポロとことばを交わし、彼らが都の東側の森にいると知って、それを王女に伝えました。

「街道沿いの東の森ということは、フォロセルの森だな。わかった、すぐに送ってやる。仲間にそう伝えろ」

 そう言うなり、王女はまた衣装箱をかき回して、茶色の上衣と赤いマントを取り出しました。一振りの剣も箱の底から取りだします。刀身の細いレイピアです。それらを身につけ、革のロングブーツをはくと、王女は貴婦人から若い騎士の姿になりました。長い金髪は革紐で一つに束ねます。

 それから、王女はフルートに白いマントを投げてきました。

「血がついた格好で外を歩くのはうまくない。それを着ていろ」

 フルートはあわててマントをはおりました。この状況が信じられなくて、夢でも見ているような気がします。それが自分とオリバンの関係を誤解されたせいだとは、まったく思いつきません。

 

 すると、そこへ扉をたたいて入ってきた人物がいました。大柄な白い鎧の女性――タニラでした。王女に敬礼してから言います。

「お屋敷にまた立ち入って申し訳ありません。緊急事態です、隊長。ナージャの森に正体不明の兵士たちが攻め込んできたと、ジュリエットから連絡がありました。ただちにナージャの森に戻らなくてはなりません」

「正体不明の兵士たち?」

 と王女は驚き、フルートを振り向きました。ほんの一瞬だけ考える顔をして、すぐにまたタニラに言います。

「先にナージャへ戻れ。私もすぐに行く。この人を連れのところまで送り届けなくては」

「それならば隊長ではなく私が」

 と女戦士が言いましたが、王女は首を振りました。

「私が送る。ナージャを守っているのは第三十二部隊だ。私がいないくらいで即座に負けるほど軟弱ではあるまい?」

 そんなふうに言われて、タニラは浅黒い顔に、にやりと笑みを浮かべました。

「了解。では、私はただちにナージャに戻ります。隊長もくれぐれもお気をつけて」

「わかっている」

 女戦士はもう一度王女に敬礼をしてから出て行きました。鎧を鳴らしながら大股に歩く後ろ姿は、本当に男性そのもののようです。

「さて、我々も行くぞ」

 と王女はマントをはおったフルートを連れて部屋を出ました。緑の宮と呼ばれる屋敷の中は静かです。召使いの姿もほとんど見当たりません。

「私たちは城から放っておかれているからな。こういう時には非常に好都合だ」

 歩きながら話す王女の声が、またどこか乾いた響きを帯びました。

 その後についていきながら、フルートは、そっと首をかしげました。男のような格好をしていても、美しさは隠しようもない王女です。身分から言っても、宮廷や社交界の華ともてはやされて当然でした。メイ女王に疎まれてさえいなければ、きっと誰からも愛され、大切にされていたことでしょう。けれども、王女が悲しくあきらめているのは、そんなことではない気がしたのです。

 この人には何かもっと深い訳がありそうだな……とフルートは王女の後ろ姿を眺めながら考え続けていました。

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