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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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21.大猿

 黒い生き物が廊下で実体化しました。長い一本角を生やした、大きな猿です。人のように二本足で立っていますが、その両腕は人間より長く、手の先が地面に触れんばかりになっています。大きな赤い目をぎょろりと動かして、ホールに向かって歩き出します。

 フルートの腕の中からポチとルルが飛び出しました。ワンワンワンワン……と激しく怪物に吠えかかります。

 すると、白い鎧を着た女戦士が剣を抜いて言いました。

「逃げてください、隊長。あなたは今、武器を持っていません」

「タニラ!」

 王女の声を背後に、女戦士も飛び出していきました。怪物に向かって切りかかっていきます。

 危ない! とフルートは思わず叫びそうになりました。相手は闇の怪物です。普通の武器では対抗できません。

 すると、オリバンがフルートの肩をつかんでささやきました。

「声を出すな。金の石も絶対に使うな。正体がばれるぞ」

 フルートは、はっとすると、思わず自分の胸元を見ました。ペンダントはドレスの内側に隠してあります。

 女戦士の剣が怪物を切り裂きました。血しぶきが飛び、ギャギャーッとすさまじい声が響きます。それを聞いて、ホールの人々は悲鳴を上げ、いっせいに逃げ出しました。ホールの出口のほうに怪物がいるので、大きく開け放たれた中庭へと駆け出します――。

 

 けれども、王女は逃げませんでした。ホールの出口近くに立って、怪物と戦う部下を見つめます。女戦士は男にも匹敵するような体格の持ち主でした。太い腕で剣をふるうたびに、怪物の体に傷が走り、血しぶきが散ります。とても女とは思えない力強い太刀筋です。

 そこへ屋敷の警備兵たちも駆けつけてきました。怪物に向かっていっせいに切りかかっていきます。

 すると、怪物がいきなり高く飛び上がりました。天井に頭が触れるほど高い場所から、勢いよくまた下りてきて腕を振ります。何人もの警備兵が爪に引き裂かれて、悲鳴を上げながら倒れます。

 再び怪物が飛び上がりました。今度は女戦士を引き裂こうとします。

「タニラ!」

 と王女が思わず叫んだとたん、白い子犬が飛び上がりました。怪物の顔に激しくかみついていきます。ギャッと叫んで怪物がのけぞり、その隙に女戦士が身をかわします。

 王女は歯ぎしりをしました。白いドレスをひるがえして駆け出し、負傷した警備兵の剣を拾い上げて切りつけます。一刀で怪物の腕が切り落とされます。

「隊長!?」

 驚く女戦士に王女は言いました。

「敵に集中しろ! 来るぞ!」

 怒って襲いかかってきた怪物に王女がまた剣をふるうと、もう一方の怪物の手も切り落とされました。本当に、かなりの剣の使い手です。

 ところが、怪物の手がすぐに復活してきました。指先にまた黒い鋭い爪が伸びてきます。今度は女戦士が剣を突き出しました。体を刺し抜かれた怪物は悲鳴を上げて倒れ、また起き上がってきました。黒っぽい血を吹き出す傷が、目の前でふさがっていきます。

「闇の怪物だ。話には聞いていたが、これほどとは――」

 と王女が青ざめて言いました。いくら切りつけて傷を負わせても、闇の怪物はすぐにまた復活してくるのです。

 屋敷の警備兵がまた怪物に切りかかっていきました。屈強の男たちですが、たちまち怪物に引き裂かれて倒れてしまいます。

 怪物が王女と女戦士に向かってきました。どれほど剣で防いでも、闇の怪物を倒すことができません。王女たちが押されて後ずさります。

 と、王女がつまずきました。自分のドレスの裾を踏みつけてしまったのです。

「ち――!」

 王女は思わず舌打ちしました。体勢を崩した王女に怪物が襲いかかってきます。

「隊長!」

 女戦士が上官をかばおうとして、怪物に跳ね飛ばされました。王女も仰向けに倒れていきます。怪物の攻撃を防げません。

 

 すると、剣を持った男が王女の前に飛び出してきました。正面から怪物に切りつけ、敵がひるんだ隙に剣をぶんと大きく横に振ります。とたんに怪物の首が切り落とされて転がりました。本当に、あっという間のことです。

 床に尻餅をついた王女は、自分を救った男を驚いて見上げました。青い上衣に灰青色のマントの大きな青年――オリバンでした。

 すると、オリバンは怪物の体を蹴飛ばして倒し、王女に向かってどなりました。

「闇の怪物はこれでも死なん! 頭を切り落として燃やすしかないのだ! 早く火と油を見つけろ!」

 王女は即座に跳ね起き、ホールを見回して壁際の照明に目を止めました。南大陸からの舶来品で、台座の上に油の入った大きなポットが据えつけられ、ポットの口先で火が燃えています。王女はためらうことなく駆け寄ると、ポットを台座から外して抱えてきました。ふたを外し、倒れている怪物の体と頭の上に油をぶちまけます。

 ところが、その拍子にポットの火が消えてしまいました。王女があわてて火を探している間に、怪物がまた動き出しました。切り落とした頭が、するすると体に近づいて、また首につながろうとします。オリバンが怪物の復活に備えて剣を構え直します。

 そこへ燃える蝋燭を口にくわえたポチとルルがやって来ました。燭台からはずしてきたのです。油にまみれた怪物へ蝋燭を放り込むと、たちまち火の手が上がって怪物が燃え出しました。切り落とされた頭が、炎の中で絶叫します。

 オリバンはすぐに屋敷の警備兵へどなりました。

「消火の準備をしろ! 火が屋敷に燃え移ったら火事になるぞ!」

 警備兵たちは飛び上がり、水や火を消す道具を取りに廊下へ飛び出していきました。

 

 王女は床から起き上がってきた部下に駆け寄りました。

「大丈夫か、タニラ?」

「なんとか……。ご無事でなによりでした、隊長」

 と女戦士が答えます。負傷したのか、浅黒い顔をしかめ、たくましい腕をもう一方の腕で抱えていますが、それでも起き上がってきます。

 王女は、ほっとすると、改めてオリバンを見ました。

「おまえは闇の敵と戦い慣れているのだな――。助かった。さっきはぶったりしてすまなかったな」

 と素直に感謝と謝罪を口にします。

「いや。こちらこそ失礼なことを言った」

 とオリバンが答えます。相変わらずぶっきらぼうな口調ですが、その中にも潔さが漂います。オリバンを見上げていた王女は、なんとなく顔を赤らめました。

 けれども、そんなことには気づかずに、オリバンは言い続けました。

「あんな怪物はよく姿を現すのか? 祝宴を襲うとは物騒だな。危なく大惨事になるところだ」

「いや。ジュカにあんな怪物が姿を現したという話は、これまで聞いたことがない。いったいどこから来たのか」

 王女は厳しい表情になっていました。いったいどこから、と言いながらも、見当がついているような感じです――。

 

「アルバート」

 とフルートがオリバンに駆け寄ってきました。逆に王女はオリバンから離れ、部下のタニラと一緒に主賓のグェン公のところへ向かいました。グェン公は他の客たちと一緒に中庭に避難していましたが、オリバンたちが怪物を倒し、さらにホールの中央で火の手が上がっているのを見て、あわてて戻ってきたところでした。

「すまなかったな、グェン公。貴公の自慢の屋敷の床を焦がしてしまった」

 と王女に言われて、公は頭を振りました。

「い、いえ、王女様――皆をお守りくださって、まことにありがとうございました――」

 どんなに王女を嫌っていても、さすがにこの状況では感謝するしかなかったのです。怪物は燃え尽き、火も警備兵や召使いの手で消し止められようとしていました。招待客たちもこわごわホールに戻り始めます。

 フルートはオリバンに低い声で話しかけました。

「どうして闇の怪物が現れたんでしょう? 私たちは金の石の守りの中にいたのに」

「わからん」

 とオリバンは答えて、ホールから廊下へと出て行きました。怪物はどこかから送り込まれてきたように見えたので、その痕跡が残っていないか調べに行ったのです。

 フルートは、焼け焦げて炭になった怪物を振り向きました。本当にどこから現れたんだろう、と考え込みます。もし自分を狙って現れたのであれば、これ以上周囲を巻き込まないために、早くこの地を離れなくては、とも考えます。

 

 その時、また大きな悲鳴が上がりました。ホールに戻ってきた客たちが、いっせいに叫んだのです。

 話をする王女とグェン公のすぐ目の前に、別の怪物が姿を現していました。やはり長い角を生やした大猿です。驚いて立ちすくむ王女と公を爪で引き裂こうとします。

「隊長!」

 女戦士のタニラが飛び出して、剣で爪を受け止めました。先の怪物との戦いで負傷した腕で、必死に剣を支えます。

 その間に人々はまた蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました。中庭は建物に囲まれていて、直接外に出ることができません。ホールの出口から逃げ出す者も大勢います。

 廊下にいたオリバンは人波に押し流されそうになりました。必死で人々をかき分けてホールに戻ろうとします。ポチとルルもやはり逃げる人々に巻き込まれ、踏みつぶされそうになってキャンキャン吠えています。

 すると、タニラの剣が音を立てて折れました。怪物に力負けしたのです。続いて振り下ろされてきた怪物の手が、彼女を床にたたき伏せました。ガシャンと激しい音がして、女戦士が動かなくなります。

「タニラ!!」

 王女が叫びました。その声に怪物がぎょろりと赤い目を向けてきます。王女は思わず後ずさりました。油のポットを運ぶ際に、剣を手放してしまっていたのです。戦う武器がありません。

 腰を抜かしたグェン公が這いながら逃げだそうとしていました。怪物は公には目もくれません。ただ王女を見据え、ふいに笑うような声を上げました。ギィキキキィィ、と耳障りな音が響き渡ります。

 うなりをたてて怪物が腕を振り上げました。王女は立ちすくみ、思わず目を閉じてしまいました。振り下ろされてくる鋭い爪が、閉じた目にも見える気がします――。

 

 すると、そんな王女の前に人が飛び込んできました。どん、と背中で王女を突き飛ばします。

 王女は驚いて目を開けました。またあの青年が助けに来たのかと考えたのです。

 ところが、それはもっと小柄な人物でした。王女より背が低いくらいです。結って垂らした長い金髪が揺れています。

 王女は呆気にとられました。

 怪物に襲われた王女の前で剣を構え、怪物の攻撃をがっしりと受け止めていたのは、青いドレスを着て灰青色のケープをまとった、美しい貴婦人でした――。

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