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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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20.王女

 曲に合わせて踊り始めたオリバンと王女を、フルートはホールの端の方から眺めていました。

 踊る二人の姿は見事でした。さっきフルートがオリバンと踊ったときにも美しく見えていたのですが、フルート自身にはそんなことはわかりません。ただ、目の前の踊りに見とれてしまいます。王女のすらりとした長身が、大柄なオリバンに釣り合って見栄えがします。

 すると、取り巻きたちがまたフルートに話しかけてきました。

「ちょっと、オリビアさん、ダメよ、婚約者を王女と踊らせたりしちゃ!」

「王女様に婚約者を盗られてしまうわよ。泥棒猫の子どもはやっぱり泥棒なんだから!」

「それに、王女と踊ったりしたら女王陛下ににらまれる。早く婚約者を連れ戻しなさい」

 踊る二人の姿は優美で文句のつけようがないのに、人々はそれに眉をひそめています。本当に、どうしてあの王女はここまで嫌われるんだろう? とフルートは驚きながら考えました。単に、人柄を嫌われているわけではありません。これには何か大きな背景があるのです。

 白いドレスをひるがえして踊る王女を、フルートはずっと眺め続けました――。

 

「おまえの婚約者がこちらをにらんでいるぞ」

 と王女が踊りながら話しかけてきました。

「そんなことはない。大丈夫だ」

 とオリバンが答えると、王女はまた皮肉な笑顔になりました。オリバンの手の下で美しくターンしてから言います。

「男というのは、いつも自信過剰な生き物だな。後でもめても知らんぞ」

「あれはそんなことでは怒らん」

 とオリバンがまた答えます。オリバンとしてはただ事実を語っているだけなのですが、聞くほうは、そうは受け取りません。また、ふふん、と鼻先で笑います。

 すると、オリバンが尋ねました。

「王女が何故、森の警備などしていたのだ? 普段はああやって騎士の格好をしているのか?」

「格好だけではない。私は本当にメイ第三十二部隊の軍人だ」

 怒ったように王女が答えました。

 オリバンは今度は反対向きに王女をターンさせました。白いドレスの裾が広がって、オリバンの足下に波のように押し寄せます。

「世界中の歴代の王女や女王には、自ら防具を着て剣を握り、戦場に立った者がたくさんいる。それほど珍しいことでもないだろう。ただ、何故王女が森を守る役に就いているのだろう、と思ったのだ。あそこがあなたの持ち場なのか? 王室の直轄領の森だから、王族が守っているのか?」

 オリバンが王女を踊りに誘ったのは、このことを聞いてみたかったからでした。

 王女は少しの間、何も言いませんでした。ステップを踏む自分の靴先を見つめ、やがて堅い声で答えます。

「私は五年前に亡くなった父上から、ナージャの森の警備を命じられた。私をその任から外すことができるのはメイ王だけだ。他の者に、私をあそこから解任することはできない」

 王女はあきらかに誰かのことを言っていました。言い返すような強い口調は、その人に向けられたものです。オリバンはちょっと驚き、少し考えてから尋ねました。

「それはメイ女王のことを言っているのか? 女王にはあなたの解任権はないと?」

 とたんに、王女がにらみつけてきました。燃えるようなすみれ色の瞳です。

「それ以上は話すな。おまえの命がなくなるぞ」

 それでも彼らは踊り続けていました。曲に合わせて王女がまたターンします。会場の人々には、彼らが踊りながらこんな話をしているようには見えません。

 

 オリバンは心の中で首をかしげました。王女の男のような口調は確かに乱暴に聞こえますが、その陰で、彼女はずっと心配し続けていました。何かに警戒して、そこにオリバンたちを巻き込むまいとしているのです。メイ女王と不仲だという王女です。そのあたりが関係しているのかもしれません。

 オリバンはまた少し考え、思い切って質問を投げかけてみました。

「皇太子殿下が重病だと聞いた。それは本当なのか?」

 オリバンたちには時間がありません。今はこうして、メイの貴族のふりをして祝宴に紛れ込んでいますが、詳しく調べれば、そんな人物がいないことはすぐにわかってしまいます。この祝宴が終われば、彼らはすぐに王都やメイを離れなければならないのです。限られた時間の中で最大限の情報を得ようと、あえて王室の秘密を口にしたのでした。

 とたんに、王女は踊るのをやめました。さっと顔色を変えてオリバンを見上げます。口には出さなくても、どんな返事より雄弁な答えです。

 やがて、王女はまた疑いの表情になりました。オリバンをにらんで言います。

「おまえはどうしてそれを知っている?」

 王女が手に剣を持っていれば、この場で切り捨てられたかもしれない、と思うような、緊迫した空気が漂います。

 オリバンは肩をすくめて見せました。

「先ほど教えられた。秘密だったのか? だが、もう皆が知っていることだぞ」

 王女は手袋をはめた手で額を抑えました。意外なほど感情をはっきりと見せる女性です。懸命に怒りをこらえ、冷静な声を出そうとします。

「聞かなかったことにしてやる。婚約者のところへ戻って、さっさと王都を去れ。それが身のためだ」

 音を立てながらドレスの裾を引き寄せ、オリバンの前から離れていこうとします。

 そんな王女にオリバンは重ねて尋ねました。

「そうなったらどうなるのだ? あなたが次の女王になるのか?」

 すると、王女が振り向きました。驚きすぎて呆気にとられた顔が、すぐに納得した表情に変わります。

「……妙にしつこいと思ったら義母上の回し者だったのか。何も知らないふりで私に鎌をかけているな? その手にのるものか――!」

 ことばと同時に、ぱぁん、と高い音がしました。王女がオリバンの横っ面をいきなりたたいたのです。

 会場中の人々は仰天しました。主賓のグェン公が思わず椅子から立ち上がります。

 けれども、公が何か言うより先に、王女が大声を出しました。

「タニラ! タニラ!」

 入り口の脇から、白い鎧の女戦士が飛んできました。オリバンに向かって剣を抜こうとしますが、王女は荒々しく言いました。

「帰るぞ! こんな無礼者の相手などしていられない!」

 先に立って会場を出て行こうとするので、女戦士はとまどい、オリバンをにらみつけてから、あわてて主人を追いかけていきました。会場中が、たちまち蜂の巣をつついたような騒ぎになります。

 

 フルートはあわててオリバンに駆け寄りました。みるみる赤くなっていく青年の頬を見ながら言います。

「いったいどうしたんですか――?」

「話を聞き出そうとして焦りすぎたかもしれん。だが、王女と女王の確執はそうとうのものだな。王位絡みの争いのようだ」

 言って、オリバンはふと口をつぐみました。目の前のフルートを見つめてしまいます。

 その視線の意味に気がついて、フルートは小さく苦笑しました。

「そういえば、ぼく――私たちもそんなものに巻き込まれたことがありましたよね。一年半前に」

 オリバンが願い石の戦いのことを思いだしたのだと気づいたのです。オリバンは静かにうなずきました。

「まったく。王族というのはいつだってこのいざこざから逃れられない運命だな」

「さっき、他の人たちから聞きました。王女はメイ女王の本当の子どもではないらしいです」

「なるほど。そういうことか」

 オリバンは会場を出ていく王女を見送りました。肩を怒らせた後ろ姿は、男のようなしぐさとは裏腹に、妙に細く頼りなく見えます……。

 

 すると、突然ホールの入り口のから二匹の犬が飛び込んできました。茶色い長い毛並みの犬と、白い小さな子犬です。会場を出ようとしていた王女と女戦士にワンワンワン! と激しく吠えかかります。

 王女たちは驚いて立ち止まりました。

「なんだ、これは!? 何故こんなところに犬がいるのだ――!?」

 タニラという女戦士が剣を抜いたので、フルートたちはあわてて駆け出しました。オリバンが叫びます。

「待て! それは私たちの犬だ!」

「おまえの!?」

 王女は怒りもあらわに振り向きました。

「まったく! どこまで不作法をすれば気がすむのだ!? 祝宴の会場に飼い犬を連れ込むなど前代未聞だ――!」

 祝宴の会場は先にも増して大騒ぎになっていました。犬だ! 犬が入り込んだぞ! と人々がわめき、貴婦人たちが悲鳴を上げています。祝宴を台無しにされたグェン公が青筋を立てて下男を呼びつけ、犬を追い出せ、とどなります。

 貴婦人の姿のフルートは、犬たちに駆け寄り、腕の中に抱きしめました。

「ど、どうしたの、ポチ、ルル――?」

 犬たちだけに聞こえる声で尋ねます。

「ワン、敵です」

 とポチがささやくように答えました。わきでルルが大きく吠えて、その声を隠します。

「敵!?」

 そのとたん、フルートたちの頭の中に、ポポロの声が響きました。

「気をつけて、みんな――! 出るわ! 闇の敵よ!」

 入り口から玄関に続く長い廊下の途中に、真っ黒い何かが現れてくるところでした。揺らめきながら形になっていくそれは、長い角を生やした猿のような姿をしていました――。

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