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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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19.茂みの中

 そこにいるのは誰だ!? と大声で問いただされて、ゼンとメールは顔色を変えました。とっさに逃げ道を探しますが、警備兵は二人が隠れる茂みのすぐ後ろにいるので、飛び出せば見つかってしまいます。もちろん、力ずくで脱出はできるのですが、そうすれば祝宴がめちゃくちゃになって、彼らを連れてきたフルートたちやシースー卿まで疑われてしまうかもしれません。

「ど、どうしよう――?」

 とメールはうろたえました。ゼンは警備兵のいるほうをにらみつけ、一瞬考え込んでから、よし、と言いました。

「メール、おまえは声を出すな」

 と言うなり、メールの細い体を捕まえ、そのまま強く抱きしめてしまいます――。

 

「早く出てこないか!」

 警備兵がまたどなり、誰も出てこないのを見て腰から剣を抜きました。いっそう大声で呼びかけます。

「出てこいと言っているのだ! 何者だ!?」

 それでも返事がないので、警備兵は剣を構えたまま、もう一方の手で茂みをかき分けました。とたんに、怒ったような若い男の声が返ってきました。

「るせぇな! いいところなんだから邪魔すんな!」

 茂みの中にかがみ込んでいたのは若い男女でした。男が背中を向けて、娘を熱く抱きしめています。

 おっ、と警備兵は鼻白みました。恋人同士が隠れて抱き合っているのだと思ったのです。押しのけていた枝を戻し、咳払いをしながら言います。

「こんな場所で何をしている。やるなら、もっと別の場所に行かないか」

「早くあっち行けったら!」

 と男がまたどなったので、警備兵は剣を収め、きまり悪そうに離れていきました……。

 

 へへっ、と茂みの中でゼンが笑いました。

「うまくいったな。また見つかったら、この方法でいくか」

「もう、ゼンったら」

 とメールが赤くなって言いました。

「放しなよ、もういいだろ? 移動しなくちゃ」

「いや、まだだ。今すぐ出たら、かえって怪しまれるからな」

 ゼンはまだメールを抱きしめたままでした。間近に寄せた顔から、じっとメールの顔を見つめてきます。メールはいっそう赤くなりました。

「な、なにさ?」

「おまえって、本当に綺麗だよな」

 唐突にゼンが言いました。メールがどぎまぎするくらい、まったくためらいのない声です。

「髪を黒く染めてるのは気にいらねえし、ドレスだってなんかおまえらしくねえけどよ、でも、やっぱりおまえは綺麗だぜ。そばで見てると、ドキドキしてくらぁ」

 メールは迫ってくるゼンの顔をあわてて押しとどめました。キスしようとしてきたのです。

「ちょ、ちょっと――なにすんのさ! 本当にそこまでやる必要はないだろ!?」

「キスぐらいいいだろうが。俺たち婚約してんだぞ」

「こんなことしてる場合じゃないだろ!? 後にしなったら!」

「お。後でだったら、ちゃんとキスさせてくれるのか?」

「もう――馬鹿なこと言ってんじゃないよ!」

 メールは逃げだそうとじたばたしましたが、ゼンは放そうとはしません。逆に抱きしめ直してこう言います。

「どんな格好をしたって、おまえはやっぱり綺麗だぜ。最高にな――」

 メールは、また真っ赤になりました。

 

 すると、茂みの別の方向からガサガサと音がして、一匹の子犬が入り込んできました。

「ワン、やっぱりゼンとメールだった。こんなところで何を騒いでるんです? 外まで聞こえてますよ」

 とあきれたように言います。ポチでした。

 ゼンは、口を尖らせて、ちぇ、と言いました。

「そっちこそ、本当に邪魔すんなよ――。ルルも一緒なのか?」

「いるわよ。痴話喧嘩なら後にしなさい。大変なことがわかったんだから」

 と茶色の雌犬も茂みに潜り込んできました。大変なこと? とゼンとメールが聞き返すと、ポチが答えました。

「ワン、ぼくたち、さっき入り口でメイの王女様を見かけたんですよ。ナージャの森で会った、あの女騎士でした。エミリア王女って、あの人だったんですよ」

「なんだって!?」

 ゼンとメールは驚きました。

「って、ナージャの森でオリバンと戦ってた、あの女隊長のことか? うひゃ、マジかよ」

「それって、まずいね。中でオリバンやフルートと鉢合わせしてるじゃないのさ。絶対こっちに気がついてるよ」

「ワン、だからぼくたちも心配で、中に入れる場所がないか探してたんです。ここからでは会場が全然見えないから」

 とポチが答えます。

 ふぅむ、とゼンは考え込みました。一行のリーダーはフルートですが、それを補佐する副リーダーはゼンです。フルートが指揮を執れないときには、代わりにゼンが行動を決定するのです。

 すると、ゼンは急に小声で呼び始めました。

「ポポロ――ポポロ、聞こえるか?」

 すぐに広場に停まった馬車にいるポポロから返事がありました。

「聞こえるわ、ゼン。なに?」

「今どこを見てる? ちょっと会場を見てくれ。たぶん、フルートとオリバンが、ナージャの森で会った女騎士に出くわしてるはずなんだ。それがメイの王女だったんだよ」

 ポポロから驚いたような気配が伝わってきました。少しの間があってから、こんな返事が聞こえてきます。

「大丈夫……騒ぎにはなっていないわ。王女様はフルートやオリバンの正体には気がつかなかったみたいね。オリバンと普通に話をしてるわ……あ、一緒に踊り出した」

「オリバンと王女が?」

 とゼンたちはまた目を丸くしました。

「ねえ、行ってみよう! 見てみようよ!」

 とメールが身を乗り出しました。ルルも、耳としっぽを高く上げて言います。

「そうよ。オリバンと王女が踊ってるだなんて見逃せないわ! ポポロ、どこか会場が見えるところに行く道はない? 見つけて案内してちょうだい!」

 妙に興奮する一行にせかされて、ポポロがまた魔法使いの目を使い始めた気配がしました。

 ゼンは腕組みをして茂み越しに屋敷を眺めました。

「女のふりをした勇者と、男みたいな王女かよ。すげえ取り合わせだな」

「そこに正体を隠した皇太子まで一緒だよ。だから絶対に見逃せないって言ってんのさ!」

 とメールが言いました――。

 

 

 屋敷のホールでは、王女が質問を終えて青年から離れようとしていました。どうやら怪しい者ではないらしい、と納得したのです。すると、目の前に片手が差し出されたので、王女はいぶかしそうに青年を見上げました。

「この手はなんだ?」

「踊りに誘っている。ちょうど次の曲が始まるところだ」

 と青年が大真面目で答えます。

 王女は目を丸くしました。思わず口から出たことばがこれでした。

「正気か、おまえ!?」

「舞踏会で女性を踊りに誘うのがそんなにおかしいことなのか、セシル姫?」

 青年はどこまでも真面目な調子です。彼女が本当の名だと言ったほうの名前で呼びかけてきます。

 王女はあきれた顔をしました。

「おまえはよくよく世間知らずなようだな……。私を踊りに誘ったりして無事でいられるわけはない。悪いことは言わない。やめておくことだ」

「踊れないのか」

 皮肉ではなく、本気でそう言われたのを感じて、王女はかっと赤くなりました。

「失礼な、踊れるとも!」

「では、一曲私と踊ってくれ」

 と青年が礼儀正しくお辞儀をします。

 ふん、と王女は鼻を鳴らし、青年の手に自分の手を重ねました。白い手袋をはめた、すらりとした腕です。肘のあたりまである袖のひだが、重なるさざ波のように揺れます。

 どよめきがホールに響きました。オリバンが王女の手を取ってホールの中央に進み出たので、会場中の人々が驚いて声を上げたのです。

 その声を聞きながら、王女は皮肉に笑いました。

「世間知らずの無鉄砲め。これでおまえは一生出世できなくなったぞ」

 あざ笑う声の中に、何か別のものが混じっていました。何故だか声が悲しげに揺れた気がします……。

「心配いらん。そんなものは、最初から望んでなどいない」

 オリバンはぶっきらぼうに答えると、曲に合わせて王女と踊り始めました――。

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