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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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15.祝宴

 祝宴会場のホールは、しんと静まりかえってしまいました。

 客は話をやめ、楽団は演奏を止めてしまっています。給仕たちも仕事を忘れて立ちつくしています。

 全員が息を呑んで注目していたのは、階段を上がってきた一組の男女でした。青と黒の服に灰青色のマントの青年、青いドレスにやはり灰青色のケープをはおった若い女性。対の服に身を包んだ彼らは本当に美しくて、まるで一幅の絵を見ているようです。

 彼らの先に立った老貴族が、主賓の前まで行って深く一礼しました。

「めでたい席にお招きに預かり、まことに光栄です、グェン公、奥方様。今日は家内と身内の者とでお祝いにうかがわせていただきました」

「これはシースー卿。遠路はるばる、よく来てくださった。だが、今日はまた珍しい連れとご一緒だな。初めて見る顔だが、どちらの方々かな?」

「本当にお美しい方たちですこと。どこかの王族が我が家に来てくださったのかと思いましたわ」

 主賓の老夫妻も二人の若者には興味津々で、挨拶もそこそこに、そう尋ねてきました。

「これは私の母方のはとこの甥で、アルバート・マリスと申します。辺境のルワンの田舎者ですが、今回初めて私のところへやって来たので、王都一の公爵の祝宴というものを見せてやりたいと思い、連れてまいりました」

 とシースー卿が答えました。落ち着いた口調は、とても嘘八百を並べ立てているようには聞こえません。

 オリバンは片方の拳を胸に当ててメイ式のお辞儀をしました。

「お初にお目にかかります。アルバート・マリスです。このたびは公爵と奥方様が結婚四十周年をお迎えとのこと。ぜひにもその幸せにあやかりたいと思い、シースー叔父に頼み込んで連れてきてもらいました」

「ほう、我々にあやかりたいというのは?」

 とグェン公が尋ねます。

「実は私は来月、ここにいる彼女と郷里で結婚することになっています。公爵夫妻のように末長く幸せに暮らしていきたいと思いまして――」

 けれども、そのオリバンのことばの続きは、目の前にいるグェン公にさえ聞き取れなくなりました。ホール中でいっせいに起こったどよめきと悲鳴がかき消してしまったからです。失望の声でした。男の声も女の声も聞こえます。

 グェン公が苦笑いしながら言いました。

「どうやら貴殿の一言は、招待客全員の夢と希望を打ち砕いてしまったようだな。だが――それはめでたい。婚約者と一緒に宴を楽しんでいかれるように」

「ありがとうございます」

 とオリバンはまた胸に手を当てて一礼し、その隣でフルートはドレスの裾を持って深々と会釈しました。優雅な姿にまた客の間から溜息が漏れます。……それが本当は男二人なのだとは、誰一人として想像もしません。

 

 会場にまた音楽が流れ始めました。楽団が気を取り直して演奏を始めたのです。人々も夢から覚めたような顔をして、それぞれに動き出しました。また踊り始める者、酒のグラスを傾ける者……けれども、一番多かったのは、近くの客とおしゃべりを始めた人々でした。皆の視線はまだオリバンとフルートに集まっています。この美しい二人について話を始めたのです。

「アルバートはわしと一緒に来なさい。城勤めをしている方たちに紹介してあげよう」

 とシースー卿がオリバンを連れて男たちの集まっている場所へ向かいました。アルバートというのは、この集まりのためにつけたオリバンの偽名です。フルートはシースー卿の奥方と残ります。

「あなたは私と一緒よ、オリビア。こういう集まりは初めてでしょうから、私のそばにいらっしゃいね」

 と老婦人が言ってくれます。その目は、本当に孫娘でも見るような優しいまなざしをしています。フルートは、にっこりしてうなずきました。そんな笑顔も柔らかで女性的です。

 

 たちまちオリバンやフルートの周りに人が集まり始めました。挨拶をして、口々に話しかけてきます。

「いやぁ、実に美しい婚約者ですな。うらやましい」

「貴公もなかなかの美丈夫だ。これほど立派な人物がシースー卿の親戚にいたとは知らなかった。ジュカの都はいかがですな?」

「恐れ入ります。私は本当に田舎者なので、王都のあまり大きさにすっかり気後れがしています……」

 とオリバンが口ごもってみせたので、メイの貴族たちの間から笑いが起きました。なかなか好意的な反応です。

 フルートのほうはオリバンの倍以上の人々に取り囲まれていました。男や女が、いっせいに話しかけたり尋ねたりしてきます。

「初めまして、お美しい方。ぜひお名前をお聞かせください」

「ジュカにはいついらっしゃいましたか? いつまで滞在のご予定で?」

「あなたの婚約者、とても素敵な方ですわね。後で紹介してくださいませんこと?」

「そのドレス、本当に綺麗。どこの仕立屋に頼んだのかしら? 私も真似して作らせたいわ」

「ジュカが初めてならば、明日、街や郊外を馬車でご案内しますよ。いかがですか?」

 フルートは困ったようにシースー夫人を振り向きました。実際本当に困ったのです。フルートは直接答えることができません。

 老婦人が穏やかに笑いながら言いました。

「まあまあ、お気遣いありがとうございます、皆様……。この子は名前をオリビアと言いますの。私たちの屋敷に数日前から滞在しているんですが、長旅の疲れからか、ひどい風邪をひいてしまいましてね。やっと治ったばかりで、声がよく出ませんのよ。お返事できない失礼をお許しくださいね」

「風邪で声を? 本当ですか?」

 驚いたように聞き返されて、フルートは小さな声で答えました。

「そうなんです……申し訳ありません」

 できるだけ女性らしい、細い高い声を出そうとしたのですが、やっぱり低いかすれ声になってしまいました。どよめきが起こります。

「いや、本当だ。ひどい声ですね」

「まるで男の声みたい。おかわいそうに」

「後でお屋敷に咽に効く薬をお届けしましょう」

 面白いことに、男性たちはいっせいにいたわるような調子に、女性たちは嬉しそうな様子になっていました。男性はこれをフルートと親しくなるチャンスと捉え、女性は絶世の美女がひどい声をしていることで密かにほっとしたのです。フルートはただドレスの裾を持って、丁寧にお辞儀をしてみせました。これで、これ以上は話をせずにすみそうでした――。

 

 オリバンたちはメイの貴族たちと話を続けていました。シースー卿が言います。

「わしもすっかり歳をとりましてな、最近では自分の屋敷からもめったに出なくなりました。今日は久しぶりの外出です……。最近の王都や城の様子は、どんなあんばいでしょうな?」

 シースー卿は元は敵国ロムドの貴族ですが、その穏やかな物腰と誠実そうな態度で、長年かけてメイの貴族たちを信用させてきました。城で役に就くことこそありませんでしたが、大きな集まりがあればこうして招待を受け、城勤めをする貴族たちから話を聞くことができます。

 メイの貴族たちが疑うこともなく話し出しました。

「女王陛下は相変わらずご健勝であられる。――健勝すぎるくらいだ。とうとうサータマンと連合軍を組んでしまわれた。よりにもよってサータマンと、とこぞって反対する重臣たちを押し切ってのことだ」

「なんと、サータマンと? 長年の敵と手を結ぶなどということが、本当に起こるのですか?」

 その話はとっくにオリバンたちから聞いていたのに、シースー卿は、初めて聞いたことのように驚いてみせました。王都の貴族たちは、たちまち熱を入れて話し出しました。

「そうなのだ! まったく信じられないことだが、一月に本当に連合軍が出兵したのだ! 行く先はロムド国だったらしい」

「ところが、連合軍はロムドで敗北してしまったのです!」

「当然だ! サータマンなどと手を組んで、勝利が得られるはずはない! サータマンが戦闘の足を引っ張ったのだ!」

「これは、サータマンがロムドと通じていて寝返ったせいではないですかな。この戦いでバロ将軍が戦死したと聞くし、名軍師のチャストも捕虜になったという。サータマンの裏切りがなければ、起きるはずがない状況です――」

 オリバンは黙ってその話を聞いていました。なるほど、赤いドワーフの戦いは、メイではそんなふうに受け止められているのか、と考えます。実際にメイとサータマンの連合軍を打ち破ったのはオリバンたちなのですが、長年隣国のサータマンと争い続けているメイは、不都合なことはなんでもサータマンのせいにする癖がついているようでした。

 

「それはとんでもないことですな」

 とシースー卿は驚いたようにまた言い、話に勢いがついている貴族たちに質問を重ねました。

「それで、女王陛下はどうなさるおつもりなのでしょう? こんな事態になってしまっては、王宮もさぞ大騒ぎでございましょうな」

 王宮の様子を探ることこそが彼らの一番の目的でしたが、あくまでも国や女王を心配しているような調子で言います。

 すると、貴族の一人がこう言いました。

「ロムドの一件の後始末もそうだが、城は今、もっと大きなことで密かに大騒ぎになっているのだ」

 もっと大きなこと? とシースー卿はまた尋ねました。他の者たちもそれについては詳しく知らなかったようで、話をする貴族に注目しました。彼は城の中でも、王族に近い場所で働く地位にあったのです。

 すると、彼はすばやく周囲に目をやって、立ち聞きする者が近くにいないのを確かめました。

「皇太子殿下が病床に伏せっておられるのだ。どうやら、明日をも知れないご容態らしい」

 ぐっと低めた声で、貴族はそう話しました――。

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