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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第5章 祝宴

14.開始

 祝宴は夕方から始まりました。

 空が茜色に染まり始める頃から、メイの王都にある名門貴族の屋敷に馬車が次々到着して、華やかな格好をした貴族や貴婦人たちが降りてきます。この催しは主催者の夫妻の結婚四十周年を祝うためのものでした。王都だけでなく、周辺の街や領地からも主立った貴族や有名人が招かれていて、王宮の催しに匹敵するほど大がかりなものだったのです。

 屋敷のホールには数え切れないほどの灯りがともされ、会場を真昼のように明るく照らしていました。ホールから直接下りられるようになっている中庭では、枝一杯に白い花をつけた桜の木が、かがり火に夢のように揺れています。夜風にのって花の香りがホールにまで漂ってきます。

 主催者の夫妻はホールの前のほうに立って、客人の挨拶を受けていました。品のよい銀髪の老夫妻です。夫のほうはメイ城で重要な役に就いている貴族なので、誰もが非常に丁寧に頭を下げています。この大きな集まりを利用して子女を社交界にデビューさせる貴族たちは、緊張と興奮で顔を染める若者を老夫妻に紹介します。

 挨拶をすませた者たちは、ホールのそこここで雑談を始めていました。一方の壁際には飲み物や料理が並ぶ長いテーブルがあり、歓談する人々に給仕がシャンパンや蜜酒の水割りを勧めます。楽団の演奏に合わせてホールの中央で踊り始めている人々もいます。ホールの中は本当に華やかで賑やかです。

 

 日がすっかり落ちると、客の数はますます増えました。馬車が到着するたびに、接待係の使用人がホールへ客の名前を告げますが、それがひっきりなしになります。ホールの中が人でいっぱいになってきます。

 そんな中、接待係の声が急にとぎれました。屋敷の前に馬車は続々と停まり、客も入り口の階段を上がってホールへ入ってきます。それなのに、客の名前を呼び上げるのを忘れたのです。ぽかんと外のほうを眺めてしまいます。階段を上る客たちが振り向き、やはり驚いた顔になって立ち止まります。

 すると、階段を上がってきた貴族が接待係に名前を告げました。眼鏡をかけた小柄な老人で、年配の貴婦人を連れています。接待係は我に返り、ひときわ大きな声でホールに客の名前を知らせました。

「ルイカスのデリク・シースー夫妻ご一行様の到着です――!!」

 何故かその声が震えていました。呼びかけた後は、また、ぽかんと客人のほうを見つめてしまいます。接待係の使用人にはあるまじき態度でしたが、入り口の他の客たちは誰もそれに怒りませんでした。同じように、呆気にとられた顔で階段を上がってくる人物を眺めています。

 青と黒の服に青灰色のマントの若者が、シースー夫妻の後に続いて姿を現しました。とても大柄で立派な体格の青年です。ホールの中の女性たちから思わず悲鳴のような歓声が上がりました。青年は驚くほど整った顔立ちをしていたのです。

 人々の注目を集める中、青年は片手を階段の下に差し伸べていました。連れに手を貸しているのです。

 階段の下から金色の髪が見えてきました。結い上げて垂らした長い髪に小さな宝石がちりばめられています。人々はいっせいにそちらへ注目を移しました。この立派な青年が連れている女性はどんな人物か、見定めようとします。

 若い貴婦人が階段を上ってきました。銀糸の刺繍がされた青いドレスを着て、薄い青灰色の布を、ふんわりとケープのように肩にかけています。人々は本当にことばを失ってしまいました。その女性はこれまで誰も見たことがないほど美しく上品だったのです。大柄な青年と並ぶ姿は、この世のものとは思えないほど見事な眺めです。

 

「皆がおまえに見とれているぞ」

 とオリバンがフルートの手を引きながら、そっとささやきました。青いドレスを着て貴婦人になったフルートは、前を見たまま低い声でそれに答えました。

「オリバンも一緒に見られているんですよ。……やりすぎたかな。ものすごく注目されている」

「無理はない。今回はまたいちだんと美しくできあがっているからな」

 とオリバンが感心します。彼が手を取っているフルートは、どう見ても本物の女性にしか見えません。小柄で細身の上品な姿です。実際には肩や背中が少しずつ男らしくなってきているのですが、シースー夫人が力を込めて作らせた服のおかげで、上手に隠されてしまっています。化粧をした顔は、王族だと言ってもおかしくないほどの美しさです。

「ユギルといい、天は時に思いがけない者に美を贈るものだな。金の石の勇者がこんな美人だとは、誰も想像もしてもいないだろう」

「それ、誉め言葉ですか? 全然そう聞こえないんだけど」

「正体を怪しまれなくていい、と言っているのだ」

「逆に注目を集めすぎていますってば」

 二人の話し声はごくごく低かったので、他の者には聞こえていませんでした。周囲の人々は、彼らが男同士の口調で話し合っていることに気がつきません。すぐ前を行くシースー卿だけが聞きつけて苦笑しました。

「そろそろそれらしくなさってください。ホールに入りますぞ」

 そこで二人は口を閉じました。オリバンに手を引かれて、フルートがしずしずと階段を上りきります――。

 

 

 屋敷の前から近くの広場に移動した馬車の中では、ゼンとメールとポポロ、そして二匹の犬たちが話していました。

「ったく。どうしてあいつは女装すると、ああ美人になっちまうんだろうな。信じらんねえぞ」

 とぶつぶつ言うゼンに、ルルがうなずきますす。

「綺麗なのは元々だけど、あの格好をすると、本物の女性より女らしくなっちゃうんですものね。絶対に誰も疑わないわよ、あれは」

「なんか、大人っぽくなったせいか、前回よりもっと女らしくなってるよね。あたいたちなんて、とうていかなわないよねぇ」

 とメールが苦笑いで言います。メールも今はドレスを着て侍女姿ですが、地味な色合いのせいか口調のせいか、それほど女らしくは見えていません。

「ワン、どうです、ポポロ? ああいうフルートを見て何か感じます?」

 とポチが言いました。ポポロもメールと同じ侍女のドレスを着ていましたが、そう聞かれて、ううん、と首を振りました。

「どんな格好をしたって、フルートはフルートだもの……。全然違わないわ」

 子犬にからかわれても、びくともしないポポロに、全員はいっせいに肩をすくめて笑いました。

「はいはい、ごちそうさま」

「あの格好のあいつを見てそれを言えるんだから、相当なもんだぞ、ポポロ」

「フルートったら、幸せよねぇ」

 仲間たちに口々に言われて、ポポロが驚いたように顔を赤らめます……。

 

 石畳の広場の中は何十台という馬車でいっぱいでした。主人が帰路につくまで、ここで待機しているのです。祝宴は深夜まで続くので、それまでの時間つぶしに街中へ出かけていく御者やお付きの者も大勢います。

 それを馬車の窓から確かめながら、ゼンが言いました。

「よし、これなら俺たちが外に出ても怪しまれねえ。行動を開始するぞ」

 フルートとオリバンが祝宴の会場で情報を集める間、彼らは屋敷の周辺で様子を探ろうというのです。メールと犬たちが次々馬車を降ります。

 ゼンは一人中に残ったポポロを振り向いて言いました。

「俺たちが戻ってきたら合図をするから、中から鍵をかけてろよ。窓もしっかり閉めておけ」

「外をのぞいたりしちゃダメだよ。ポポロみたいなかわいい子が一人で馬車にいるとわかったら、変なヤツが寄ってくるかもしれないからね」

 とメールも忠告します。うん、とポポロがうなずきました。

 下男の服の裾をひるがえして馬車から飛び下りたゼンは、ポチとルルにかがみ込みました。

「俺とメールは屋敷の周りを回ってみる。どこか潜り込めそうな場所があったら、そこから中に入るぜ」

 夜の中、犬たちに話しかけるゼンは、飼い犬をなでているようにしか見えません。

「ワン、ぼくとルルは門番の目を盗んで中庭に入ります。二人とも気をつけて」

 とポチが小さな声で答えました。馬車の車輪の音がうるさく響いているので、犬が話していることに気がつく者もありません。じゃ、と言い合って、ゼンたちと犬たちは二手に分かれていきました。

 

 それを馬車の中から見送って、ポポロは窓を閉じました。言われたとおり、扉に鍵も下ろし、座席に座り直して両手を組みます。まるで祈るような姿です。

 すると、ポポロの服がみるみる変わり始めました。地味な色合いとデザインのドレスが、黒い生地に銀のきらめきをちりばめた長衣になります。メールはシースー卿に準備してもらった侍女の服を着ていたのですが、ポポロの服は星空の衣が変わったものだったのです。天空の国の魔法使いの正式な衣装です。

 その姿で、ポポロは目を閉じました。意識を、祝宴が開かれている屋敷へ向けます。ゼンとメールが屋敷の塀に沿って走っていくのが見えました。門番が客に気を取られている隙に、ポチとルルが門の中に駆け込んでいくのも見えます。貴族や貴婦人、屋敷の中で動き回る使用人たち……大勢の人の姿が屋敷にひしめいています。その中を、ポポロはたんねんに見て回り始めました。ここはメイの重臣の屋敷です。どこかに彼らが求める手がかりがあるかもしれません。

 メイの貴族と貴婦人に変装したオリバンとフルート。使用人の格好で屋敷を調べに出かけたゼンとメール。中庭に潜り込んだポチとルル。そして、今こうして馬車から魔法使いの目を使っているポポロ――。

 勇者の一行は、いよいよメイの秘密を知るために動き出したのでした。

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