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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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13.夢の呼び声

 その夜、フルートは客室に戻ってくると、自分のベッドに倒れ込んで、それきり動けなくなってしまいました。

「よう、お疲れさん」

 と先に部屋に戻っていたゼンが声をかけますが、フルートは返事もできません。ポチが首をかしげました。

「そんなに難しかったんですか? ダンスの練習」

「オリバンに足でも踏まれたか?」

 とゼンもからかうように尋ねてきます。

 ぐったりと枕に顔を埋めたまま、フルートはようやく答えました。

「ダンスじゃないよ……。そっちは一時間くらいで練習がすんだんだ。さすがにオリバンはうまいよ。あっという間にメイのステップを覚えて、こっちを上手にリードしてくれるんだ。本番でも問題ないと思う……」

「ワン、フルートだって運動神経がいいから、ああいうのを覚えるのは得意ですしね。でも、それじゃ何がそんなに疲れたんです?」

「シースー卿の奥方さ……」

 とフルートは答えました。

「シースー卿の娘さんが昔着たドレスを借りて手直しすることになっていたんだけどさ。ぼくを見て、新品でなくちゃ駄目だ、それもとびきり綺麗なのを仕立てるんだ、って張り切っちゃってさ……。孫娘が欲しかったのに、女の子が一人も生まれなかったから、その夢がかなった、とか言われて……とっかえひっかえ生地を合わせられたり、押しかけてきた仕立屋に体中測られたり……もうくたくただよ」

「そりゃあ災難だったな」

 笑いをかみ殺しながらゼンが言いました。ポチも笑う顔で言います。

「ワン、お疲れさま、フルート。でも、それだけやってもらったら、きっとすばらしい服ができるだろうから、絶対男とばれなくなりますよ。誰も怪しまなくなるから、きっと――」

 すると、急にゼンが手を伸ばしてポチの話をさえぎりました。驚く子犬にベッドを指さして見せます。

 フルートは枕に顔を埋めたまま眠り込んでいました。あっという間のことです。寝息に合わせて背中が規則正しく上下しています。

 そんな友人を見ながら、ゼンがまた笑いました。

「ホントに、こいつにとっちゃ、ダンスやドレスより、怪物や敵と戦っているほうがよっぽど楽なんだよな。こんな顔していたって、こいつはれっきとした男なんだからよ」

「そんなの、最初からわかってますよ」

 とポチが尻尾を振りながら答えます。

 一人と一匹は、眠る少年を見守りました。夜は静かに更けていきます――。

 

 

 フルートは眠りながら夢を見ました。

 霧がかかったような白い世界の中に、遠くぼんやりと人影が見えていました。男か女かわかりません。大人か子どもか、それもわかりません。ただ、形から、それが人だということだけはわかりました。

 霧の中で人影が両腕を上げ、突き出すように伸ばしました。呼びかける声が聞こえてきます。

「おいで……。ここに出ておいで」

 高く細い声でした。けれども、やっぱり男か女か、大人か子どもか、判断がつきません。どんなに霧の中に目をこらしても、その姿を見極めることもできません。

 なんだか悲しそうな声だな、とフルートは考えました。今にも泣き出しそうに聞こえます。何を呼んでいるんだろう、と疑問に思います。

 すると、人影の目の前で霧が急に動き出しました。空中で渦を巻き始めます。

 とたんに呼び声が歓声に変わりました。

「来た――! 私はここだ! 早く来い!」

 いきなり口調が男のようになったので、フルートは驚きました。なんだか、どこかで聞いた声のような気もします……。

 霧の渦は大きく速くなっていました。あたりの霧を巻き込んで、どんどん濃くなっていきます。人影は渦へ手を伸ばし続けます。

 と、その渦の中心が黒く染まり始めました。夜の闇の色です。その中心から、何かが姿を現そうとしていました。ばさり、と羽ばたくような音が響きます――。

 

「いけない!!」

 とフルートは思わず叫びました。闇色の渦から何が出てこようとしているのか悟ったのです。人影は闇の前で立ちすくんで動かなくなっています。

「逃げろ!」

 とフルートは叫んで駆け出しました。ここは夢の中です。フルートは武器を何も持っていません。それでも、人影を救おうと全速力で走っていきます。

 すると、いきなり闇の霧が向きを変えました。渦から伸びる霧の腕が伸びてきて、フルートの体を絡め取ります。とたんに全身に激しい衝撃と痛みを感じて、フルートは悲鳴を上げました。まるで何万という鋭い針にいっせいに突き刺されたようです。

 身動きできなくなったフルートを、闇色の腕が渦の中に引き込もうとしました。その奥に潜むものの気配が伝わってきます。息が詰まるような悪意の塊です――。

 

 その時、突然フルートの胸元で金の光が爆発しました。強烈な光で、あっという間に闇色の霧を引きちぎり、追い払ってしまいます。

 光がおさまった後に姿を現したのは、金色の精霊の少年でした。いつものように腰に両手を当てて見上げてきます。

「気をつけろ、フルート。闇の陣営に連れ去られるところだったぞ」

「夢なのに?」

 とフルートは尋ねました。その体に黒い霧はもう絡みついていません。それなのに、なんだか軽い火傷を負った痕のように、服の奥で体がちりちりと痛んでいました。

 そんなフルートに小さな手を押し当てながら、精霊は言いました。

「夢は闇に近い。しかも、特殊な力を持つ人間が関わっている。注意しろ。メイは闇に近い場所にあるぞ」

 フルートの体から痛みが消えていきます。

 あたりはまた白い霧の世界に戻っていました。闇色の渦も、それを呼び出していた人物も、もうどこにも見えません。

「あれは誰だったんだ?」

 とフルートは尋ねました。呼びかけていたときの悲しそうな響きが、まだ耳の底に残っています。

「ぼくにはわからない。ただ、あの感じだと、闇に取り憑かれた可能性が高いな。あれは過去のできごとの夢だ。取り憑かれた者が夢を通じて探りの手を伸ばしてきたんだろう。君たちがメイに来ていることも知られてしまったかもしれない」

 と精霊の少年が答えます。

 

 すると、すぐ隣に赤い光がわき起こり、背の高い女性が姿を現しました。赤い長い髪を高く結って垂らし、飛び散る火花のような赤いドレスを着ています。フルートの中に眠っている願い石の精霊でした。驚いている少年たちへ、冷ややかな声で言います。

「あの程度の探りに侵入を許すとは、まだ力が完全に回復していないようだな、守護の」

 金の石の精霊は、じろりとそれをにらみ返しました。こちらは本当に幼い子どもの姿をしています。いくらにらみつけても見上げるような格好にしかなりません。

「そんなことはない。赤いドワーフの戦いから三週間以上過ぎている。力は元通りだ」

「それならば良いが」

 そう言う精霊の女性の声が冷笑しているように聞こえて、精霊の少年はいっそう不愉快そうな表情になりました。

「何故出てきた、願いの。フルートは呼んでいないのに」

「ここはフルートの夢の中だ。呼ばれていなくても、出てくることはできる」

 女性の整った顔は、表情をまったく浮かべていませんでした。まるで石を刻んで作った美しい彫刻のようです。

 金の石の精霊はフルートを振り返りました。

「早く願いのを追い返せ。夢の中でも、願い事を言ってしまえば、それはかなえられる。夢は自分の欲望に近い世界だからな。破滅させられるぞ」

 願い石の魔石は、持ち主が抱くかなわない夢を、一つだけかなえることができます。それは、どんな願いであっても実現できる強力な魔法ですが、引き替えに願いを言った者から大切なものを奪って破滅させてしまうのです。

 すると、フルートより先に願い石の精霊が答えました。

「言われなくても去る。だが、守護のが言うとおり、闇はそなたたちに近い場所にいるらしい。私の力を借りたくないと思うなら、充分気をつけることだ」

「それはぼくの言うことだ」

 と金の石の精霊が即座に言い返します。

 精霊の女性が薄れて見えなくなっていきました。消えていくその瞬間、彼女がわずかに笑ったような気がして、フルートは目を丸くしました。なんだか精霊の少年の反応を楽しんでいるように見えたのです。そもそも彼女は何のために出てきたんだろう、とも考えます。

 

 ふん、と不愉快そうに鼻を鳴らしてから、金の石の精霊は言いました。

「とにかく本当に気をつけろ、フルート。どこかにきっと奴が潜んでいる。こちらを見つけられないようにしながら、奴を見つけるんだ」

 なかなか実行が難しそうなことを注文しながら、精霊の少年も見えなくなっていきました。淡い金の輝きの中に溶けていきます。

 金の石! とフルートは呼び止めようとして手を伸ばし――

 

 

 とたんに、目を覚ましました。

 

 そこは、灯りを落とした客室のベッドの上でした。フルートの体には柔らかい布団が掛けられています。

 隣のベッドからはゼンのいびきが聞こえていました。姿は見えませんが、足下の床のほうからは子犬の寝息も聞こえてきます。

 フルートは、ふうっと息をして天井を見上ました。今のが単なる夢でないことは承知していました。本当にフルートは闇に連れ去られそうになり、精霊に救われて彼らと話してきたのです。

 また、悲しげな呼び声が聞こえた気がしました。おいで――ここに出ておいで、と呼びかけています。

 あれは誰だったんだろう……とフルートは暗い天井を見ながら考え続けました。

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