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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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12.説得

 「な――なんでそうなるんだ!? どうしてぼくがオリバンの婚約者をやらなくちゃいけないのさ!!」

 とフルートは叫びました。その顔は真っ赤に染まっています。

 ゼンが腕組みして言いました。

「決まってんだろうが。おまえなら令嬢の役ができるからだよ。なにしろ、薔薇色の姫君の戦いの時に、ラヴィアばあちゃんから特訓されたもんな」

「あの時のフルートったら、どこをどう見ても本物の女性にしか見えなかったものねぇ。一緒に侍女の格好をしていたメールやポポロより女らしかったんですもの」

 とルルも言ったので、フルートはさらに赤くなりました。

「もう無理だって! あれから背も伸びたし――声変わりだって始まってるんだぞ!」

 そう言うフルートの声は、確かに少ししゃがれてかすれていました。声そのものもだいぶ低くなっています。

 けれどもメールが言いました。

「しゃべらないようにすれば、ばれないさ。そうでなきゃ風邪ひいてるってことにするんだよ。ゼンと違って、フルートの声はあんまり太くないからね。その程度なら女で充分通るよ。身長のほうは全然心配ない。本物の女のあたいより、フルートのほうが背が低いんだから」

 小柄なことをそんなふうに指摘されて、フルートはことばに詰まりました。反論したいのですが真実なのでできません。

 シースー卿が驚いて全員の話を聞いていました。

「勇者殿が女装すると言われるのですか? そんなことができるのですか?」

「卿も一目見れば納得する。父上もロムド城の重臣たちも、誰一人としてそれがフルートだと見抜けなかったのだ」

 とオリバンが答えます。

 フルートは恨むようにそれをにらみながら言いました。

「無理ですったら。あの時、ぼくは女性に見えるように、体型を補正する特別のドレスや胴衣を着ていたんです。ここにはそういうものがないんだから」

「ワン、そんなの、今からでもシースー卿に頼んで作ってもらえばいいんですよ。どうしても間に合わなければ、ポポロに魔法で服を出してもらえばいいんだ。どうせ祝宴は一日だけなんだもの。継続の魔法をかけてもらえば大丈夫ですよ」

 賢くそんなことを言う子犬を、フルートは捕まえました。

「人ごとだと思って――! あの格好がどれくらい恥ずかしいか、考えたことあるのか!?」

「ワン、暴力反対! 犬にそんなこと言ったって無理ですよ! 犬は服を着ないんだもの!」

 

「あきらめろ、フルート」

 とゼンが腕組みしたまま言いました。

「オリバンを一人でパーティにやるわけにはいかねえんだ。んなことしたら、正体が一発でばれてメイに捕まっちまう。オリバンと一緒に行けるのはおまえしかいねえんだよ」

 言っていることは非常に真面目ですが、ゼンはにやにや笑っていました。フルートは今度はゼンに飛びかかって襟をつかみました。

「お――面白がってるな、ゼン!?」

「おう。面白いじゃねえか。メイの貴族の祝宴に、ロムドの皇太子と金の石の勇者が正体隠して乗り込もうってんだぜ。ジタンでさんざん苦労させられたメイなんだ。一泡吹かせてやれよ」

「あたいはもう一度女装したフルートを見たかったんだよね。ほぉんと、綺麗だったからさぁ」

 とメールが笑いながら言うと、ルルも大きくうなずいて同意しました。やっぱり犬の顔で笑っています。

 すると、オリバンまでが大真面目で言いました。

「私もだ。おまえが女装したときの名前はオリビアだったな。実に見事だったから、ぜひもう一度見てみたいと思っていたのだ」

「オリバンまで! ――男が婚約者になってそんなに嬉しいんですか!?」

「別に本当に婚約するわけではない。それに、他の者はオリビアとずっと一緒に行動したが、私は城に残っていたから、鑑賞する暇があまりなかったからな」

「そんなの、本物の女の人でやってください! オリバン、欲求不満なんじゃないですか!?」

「馬鹿者!」

 さすがに腹を立てた皇太子が、太い腕でフルートを抑え込みます。

 

 大騒ぎする一行に苦笑いしながら、ポチはポポロに近寄りました。頭をポポロの足下にすり寄せて言います。

「フルートに何か言ってあげてくださいよ。フルートはポポロの前で女の格好をするのが嫌で、あんなにごねてるんだから」

 え、とポポロは目を見張り、フルートはまた真っ赤になりました。

「ポチ!!」

 と子犬に飛びかかろうとしますが、オリバンに引き止められてしまいます。

 ポポロは頬に両手を当ててうろたえていましたが、フルートがオリバンの腕の中で泣きそうになっているのを見ると、表情を変えました。少し考え込んでから、手を下ろし、フルートの前にやってきます。

「フルート――お願い、またオリビアになって」

 ポポロにそう言われて、フルートは本当に泣き出しそうな顔をしました。唇をかんで視線を外してしまいます。

 そんなフルートに向かって、ポポロは言い続けました。

「わかってるわ……フルートはどんなに優しい顔をしていたって、本当は男なんだもの。女の格好をするのは死ぬほど嫌なのよね……。だけど、ねえ、考えて……。パーティに出れば、メイの様子が探れるかもしれないんでしょう? デビルドラゴンはまだこのあたりに潜んでいるのかもしれないわ。メイの王女様に会えたら、ユニコーンの秘密だってわかるかもしれないし……。あたしにもメールにも、オリバンの婚約者の役は無理よ。絶対にばれて、あたしたちみんな、メイに捕まってしまうわ。そしたら、それこそきっと、デビルドラゴンの思うつぼなのよ。そんなことはできない。周りの人も、デビルドラゴンの目も、あざむくことができるのはフルートだけなのよ――」

 だから、と言いかけて、ポポロは大きな瞳から涙をこぼしました。どれほど一生懸命語りかけても、少年は目をそらしたまま彼女を見ようとはしなかったのです。かたくなにうつむいて、足下の床をにらんでいます。

 

「フルート、おまえなぁ――」

 と見かねて口をはさもうとしたゼンが、メールに引き止められました。フルートを叱りつけようとしたオリバンは、ルルにマントを引かれて止められます。

 ポポロが一歩進み出ました。涙はこぼれ続けますが、それでも両手を伸ばしてフルートの手を握ります。

「大丈夫よ……どんなに女らしく見えても、フルートは誰よりも男らしいもの。あたしは、それを知ってる……。フルートは、どんな格好をしていてもフルートなのよ。だから、ねえ……メイの秘密を確かめましょう。みんなで」

 フルートはいつの間にかまたポポロを見つめてしまっていました。その顔が赤くなっていたのは、恥ずかしさのせいではありません。もっと心の深い場所からわき上がってくるものに、また何も言えなくなってしまっていたのです。

 ね? と泣きながらポポロにほほえまれて、フルートは黙ってうなずき返しました。あまり素直に承知したので、他の者たちが驚いたほどでした。

「うーん。結局、この頑固者の考えを変えさせられるのは、ポポロしかいねえってことか」

 とゼンが感心すると、成りゆきを見守っていたシースー卿が穏やかに笑いました。

「昔から言いますからな。女性は地上で一番か弱くて最強の存在だ、と。男は皆、女性には弱いものです」

 そんなふうに言われて、今度はフルートとポポロが揃って赤くなります。

 

「ワン、それじゃ急いで準備にかからなくちゃいけないですよ」

 と皆の足下でポチが呼びかけました。

「フルートの服の準備をしなくちゃいけないし――フルートだって、少し練習しなくちゃ女のふるまいは思い出せないでしょう? ダンスの練習だって、しなくちゃいけないだろうし」

 ダンス? とフルートとオリバンが同時に聞き返しました。

「ワン、祝宴っていうのは、つまり舞踏会です。踊れなかったら話にならないですよ。そう言えばオリバンのほうは踊れるんですか?」

「馬鹿にするな。そのくらいは城で習っている。だが、考えてみれば、私はメイの貴族になりすますのだ。メイの踊りができなければ怪しまれるな」

「じゃ、二人ともダンスの特訓ね。フルートも、前回ダンスの練習はしてきてないから、しっかり覚えなくちゃ」

 とルルに言われて、フルートはまたとびきり情けない顔になりました。

 その両手を握りしめて、ポポロがまた言います。

「大丈夫よ、フルート……。やるなら、徹底的にやって。絶対に誰にも怪しまれないように」

 フルートがまたうなずいたのを見て、ゼンが声を上げました。

「ったく。やっぱり女は地上最強かよ!」

「当然だろ」

 と、すかさずメールが答えました――。

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