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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第4章 婚約者

11.衣装合わせ

 フルートたちとオリバンがシースー卿の屋敷に身を寄せて五日目の午後、祝宴に出るための服ができあがってきたというので、一行は広間で衣装合わせをしました。

 オリバンはシースー卿の遠縁に当たる貴族の子息で、王都の社交界にデビューするために遠路はるばるやってきた、ということになっていました。シースー卿は曾祖父の代にメイからロムドに移り住んできた家系だったので、遠縁がこのメイにいても不自然ではなかったのです。

 深い青の上衣に黒いズボンと黒い長いブーツをはき、薄手の青灰色のマントをはおると、オリバンは誰もがほれぼれとするような貴公子の姿になりました。首元からはひだを寄せた白い襟がのぞき、本物の銀でできたボタンや金具が輝いていますが、どれも上品で少しも嫌みがありません。

「さすがに見事だなぁ」

 とポチが感心すると、ゼンが肩をすくめました。

「見事すぎるぞ。あんまり見栄えがして目立ちすぎらぁ。パーティでは絶対に会場中の注目を集めちまうぞ」

 そういうゼン自身は裾が長い茶色の上衣を着ています。使用人の服を着て下男に変装したのです。こちらはいかにもという格好で、まったく不自然さがありません。

 シースー卿が苦笑して言いました。

「見栄えがしすぎるというのは確かですな。勇者殿もです。まさかこれほどよくお似合いになるとは思いませんでした。貴族のご出身だったのですか?」

 フルートは焦げ茶色の立ち襟がついた灰色の上衣に灰色の半ズボン、同じ色の毛織りのタイツをはいて、焦げ茶色の丸い帽子をかぶっていました。典型的なメイの小姓の格好です。綺麗な顔をしている上に、物静かな雰囲気が漂うので、これまた不自然さがありません。

 フルートは笑って首を振りました。

「いいえ、ぼくはただの百姓の子どもです……。ただ、宮廷の礼儀作法は、以前、先生について習ったことがあるんです」

「男じゃなく女の礼儀作法だったけどな」

 とゼンがからかうように口をはさんで、たちまちフルートににらまれます。

 

 そこへルルを先頭に女の子たちも広間にやってきました。別室で着替えてきたのです。少女たちは、シースー卿の奥方付きの侍女という名目で同行することになっていたので、地味な色とデザインのドレスを着ていました。

「まったくもう! またドレスを着なくちゃなんないなんてさ! こんな格好、ザカラスに行ったときで終わりだと思ったのに!」

 部屋に入るなりメールが文句を言い出しました。侍女の服の長い裾をうるさそうに蹴飛ばします。全然おしとやかではないし、華やかな色合いもありませんが、ドレスを着た姿はとても美しく見えていました。髪はいつものように後ろで束ねているだけですが、結い上げれば貴族の子女と言ってもまったくおかしくありません。

 ポポロのほうも、赤いお下げ髪はいつも通りですが、ドレス姿になって、ぐっと女らしく見えていました。両手を前で組み、恥ずかしそうにうつむいているので、なおさらかわいらしく映ります。

「すごく素敵だよ、ポポロ」

 とフルートが言ったので、ポポロはますます赤くなりました。メールが、どん、とゼンを肘で小突きます。

「ちょっと、ゼン。あんたはあたいに言うことないわけ? 似合うとか素敵だとかさ。ちょっとはフルートみたいに誉めたらどうだい」

「馬鹿言え、そんなちゃらちゃらした格好のおまえなんか誉められるか! 気色悪いぜ!」

 とゼンが言い返して、怒ったメールにたたかれます。

 オリバンが腕組みして言いました。

「それは失礼だぞ、ゼン。メールのどこが気色悪い。非常に綺麗ではないか」

 ゼンは口を尖らせました。

「るせぇや。こいつは、いつものあの格好が一番似合ってるんだよ。髪だって、どうせまた染めることになるんだろう? 人間に緑の髪のヤツはいねえもんな。もったいねえだろうが。こんなに綺麗な髪なのによ」

 あれ、とメールは真っ赤になりました。ゼンは普段のメールが一番綺麗だと言っているのです。これ以上の誉めことばはありません。

「もう――ゼンったらさぁ!」

 メールはゼンの首にしがみつきました。メールのほうが長身なので、かがむような格好になります。馬鹿、やめろ! とゼンはまた赤くなってどなりましたが、メールは笑って放しません。他の者たちも笑ったりあきれたりしてしまいます。

 すると、オリバンの足下にルルがそっとすり寄りました。

「未練は捨てたんでしょう?」

「無論だ」

 とオリバンは答えました。その表情は憮然としたままでした――。

 

 その時、広間に屋敷の使用人が入ってきました。シースー卿に書状を手渡します。それを広げて読んだ老貴族は、みるみる難しい顔になっていきました。フルートたちに向かって言います。

「これは困ったことになりましたぞ……。祝宴で殿下がエスコートする相手を、知人の令嬢に頼んでいたのですが、その方が一昨日から急に熱を出してしまいました。うつる病かもしれないから、と医者から絶対安静を言い渡されたようです。これでは、例え熱が下がっても、祝宴に出てもらうわけにはいきません」

「ワン、他にお相手を頼める女性はいないんですか?」

 とポチが尋ねました。

「私には男孫しかおりませんで……。むろん、娘を持っている知人は大勢いますが、殿下はご身分がご身分ですから、絶対信用ができる者でなければ頼めません。今回頼んでいたのはそういう相手だったのですが、それが駄目になったとすると、どうすればいいか……」

「祝宴は明後日だ。女性同伴が義務のわけではないのだから、どうしても見つからなければ、私一人で行けばいいだけのことだろう」

 とオリバンがあっさりと言ったので、少年少女たちはいっせいに反論しました。

「それはまずいったらさ、オリバン! あんた、パーティで貴婦人たちに取り囲まれて質問攻めにされるよ!」

「ワン、そうですよ! どこから来たのか、とか、どこの家の出身なのか、とか。貴族たちはそういう話ばかりしますからね。絶対に問い詰められて正体がばれちゃう!」

「そうなったら、メイ王室の様子を探るどころの話じゃねえだろうが、本当に!」

 シースー卿も難しい顔のまま言いました。

「まったくその通りです。ですから、エスコートを頼んだ令嬢には、殿下の婚約者ということにしてもらうつもりだったのです。婚約者同伴となれば、祝宴の客もかなり遠慮しますから……。殿下にはぜひ連れが必要です。かくなる上は、勇者のお嬢様方のどちらかにお願いするしかありませんな」

 

 えっ、とメールとポポロは顔を見合わせました。ゼンとフルートが声を上げます。

「こいつらにパーティに出ろっていうのか!?」

「オリバンの婚約者として!?」

「そのふりをしていただくだけです。こうしてみると、お嬢様方は二人とも貴族の子女と言ってもおかしくないご容姿です。ちゃんとした格好をすれば、誰も疑うことはないでしょう」

「む――無理っ! そんなの無理だよっ!」

 とメールが叫びました。悲鳴のような声です。ポポロは青ざめて立ちつくしました。こちらは驚きで声が出なくなっています。

 ゼンが猛烈な勢いでわめき出しました。

「こいつらに令嬢の役なんて、絶対に無理だ! メールはしゃべれば一発でぼろが出るし、ポポロに至っちゃパーティ会場に入ることさえできねえんだ! どんなに格好だけそれらしく見せたって、うまくいくわけねえ!!」

 メールは激しくうなずき、ポポロは涙ぐみました。彼女たちは薔薇色の姫君の戦いの際に、侍女になりすますために、宮廷の礼儀作法を習ったことがあります。その時に、自分たちはこういう世界にはまったく向いていないのだと思い知ったのでした。

 すると、ふいにポチがぴん、と耳を立てました。思いついた顔になって言います。

「いる――いますよ。オリバンの婚約者になって、貴族たちの中に乗り込める人が、一人だけ」

 全員が驚いて子犬に注目しました。

「それはどなたですか!?」

 と老貴族が急き込んで尋ねます。

 

 フルートは、そっと後ずさりました。仲間たちから離れ、誰にも気づかれないうちに部屋から抜け出そうとします。

 けれども、それより早くオリバンが振り向きました。小姓の格好をしたフルートをまじまじと見つめ、そうか、とつぶやきます。その声に他の仲間たちも振り返り、同じようにフルートを見つめました。やがて全員が顔を見合わせ、納得したようにうなずき合います。

「殿下の婚約者になって同行できるというのは、どなたなのですか! どちらにいらっしゃるのです!?」

 とシースー卿がじれたようにまた尋ねました。彼らが出席する祝宴は明後日です。早く手配しなければ間に合わない、と焦っていたのです。

「もうここにいるぜ」

 とゼンが肩をすくめながら答えたので、老貴族は驚きました。ではやはり、とメールとポポロを見比べます。

 すると、オリバンが言いました。

「そうではない、シースー卿。私と一緒に行く令嬢はこっちだ」

 青年が指さしてみせたのは、金髪に少女のような顔立ちの、フルートでした――。

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