「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第12巻「一角獣伝説の戦い」

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10.静かな夜

 金の石の精霊と話をしてから一時間ほど後、フルートとポチは別の客室を訪ねました。女の子たちが泊まっている部屋です。中にはポポロが一人きりでいました。

「あ、メールはそっちの部屋に行ったわよ……。ゼンと話がしたいから、って」

「知ってる。あの二人に追い出されてきたんだ、ぼくたち」

 とフルートが苦笑いしました。

 ポチは部屋の中を見回して言いました。

「あれ、ルルは? どこかに行ったんですか?」

「屋敷の中の様子を見て回ってくるって、散歩に出かけたの。今は中庭のあたりにいるわ」

「ワン。じゃ、ぼくはそっちに行こう」

 あっという間に子犬は姿を消し、部屋にはフルートとポポロだけが残されました。

 思いがけず二人きりになってしまった少年と少女は驚き、急に相手を意識して顔を赤らめました。特に、ポポロは耳まで真っ赤になって、恥ずかしそうにうつむきます。それを見てフルートは言いました。

「そうだな。寝る前に屋敷の様子を確かめておくのも大事だよね。ぼくもそうしよう」

 ポポロがあまり恥ずかしがるので、遠慮して部屋を出て行こうとしたのです。

「ま――待って!」

 とポポロは急いで引き止めました。

「行かないで。……いてちょうだい。お願い」

 真剣な緑の瞳と声に、今度はフルートが思わず真っ赤になりました。うん、と言ってポポロと並んで長椅子に座りましたが、二人ともすぐには話し出せなくて、黙り込んでしまいます。遠慮がちな優しい少年と、恥ずかしがり屋の少女。恋人同士になっても、やっぱりなかなか積極的になれない二人です。

 

 部屋の壁の暖炉でオレンジ色の火が燃えていました。パチッと音を立てて薪が弾け、炎を揺らします。

 それを見ていたフルートが、やがて口を開きました。

「ねえ、ポポロ……ぼくが今、どんなことを考えているかわかる?」

「え?」

 ポポロは思わずどきりとして、そんな自分自身に、また真っ赤になりました。フルートはとても真面目な顔をしていました。変な話を始めるつもりではないと、すぐにわかったのです。

 フルートのほうは、暖炉の火を見つめ続けていて、ポポロがどぎまぎしていることには気がつきませんでした。静かに話し続けます。

「ぼくはさ、すごく幸せだな、って考えているんだよ。新年と同時に旅に出て、次々に戦いが起きたけれど、それでもぼくらは全員こうして無事にここにいる。デビルドラゴンが何度も襲ってきたけど、みんなで力を合わせて撃退して――。本当は奴を倒すまでは、幸せだ、なんて言っちゃいけないのかもしれないけど、やっぱりぼくはそう思っちゃうんだ。みんながいてくれて嬉しい。こうして一緒に旅をして、一緒に戦っていけるのが嬉しい。今はオリバンまで一緒だ。これから何が起きてくるのか、それは誰にもわからないんだけれど……だけど……うまく言えないんだけれど、それでいいのかな、って気もするんだよ。今、こうして幸せに感じているなら、それでいいのかな、って」

 わかりにくくてごめん、とフルートはすぐに頭をかいて謝りました。もっと具体的に話したいと思うのに、想いが先走って、どうしてもうまく話せなかったのです。

 そんなフルートを見つめて、ううん、とポポロは首を振りました。

「フルートが言っていること、わかるわ。だって、あたしもそうだもの……。あたしだけじゃなく、メールも、ゼンも、ルルやポチもそうよ。きっとオリバンだって……。あたしも、みんなと一緒にこうして旅ができて、本当に楽しいわ。もちろん、大変なこともつらいこともあるけど、でも、それより楽しさのほうがはるかに大きいの。最近は、ますますそうよ。……どうしてかわかる?」

 聞き返されて、え? とフルートはとまどいました。理由は思いつきません。

 するとポポロが笑顔で答えました。

「それはね、フルートが幸せそうだから。フルートは今まで、他の人を幸せにすることばかり考えていて、自分を幸せにすることは全然考えてなかったわ。あたしたちはフルートに優しくされてとても嬉しかったけど、でも、同時にすごく悲しかったのよ。だって、あたしたちだって、フルートに幸せになってほしかったんだもの……。最近のフルートは、なんだか本当に嬉しそうに見える。だから、あたしたちも嬉しいの。フルートが楽しそうに笑ってくれるのが嬉しい。一緒にいるよ、って言ってくれるのがすごく嬉しい。フルートが幸せだから、あたしたちも幸せなのよ」

 

 フルートは胸がいっぱいになりました。すぐにはことばが出てきません。自分にほほえんでくれる少女を見つめてしまいます。

 すると、ポポロが続けました。

「行っちゃだめよ、フルート。あたしたちと、ずっと一緒にいてね。あたしたちもフルートと一緒にいるから。最後までずっと――闇の竜を倒して、みんなが本当に幸せになれる日まで、ずっと」

 ポポロ、とフルートは言いました。やっぱりそれ以上は何も言えません。ことばになってくれない想いの代わりに、フルートはポポロを抱き寄せました。そのか細い肩に額を載せてしまいます。

 ポポロはちょっとだけ驚きましたが、すぐに微笑して両腕を伸ばしました。フルートの金髪の頭を抱き寄せて、静かに繰り返します。

「一緒よ、フルート……苦労するのも、幸せになるのも、あたしたちはみんな一緒。みんなで幸せになっていくの。だから……行ってしまわないでね、フルート。お願いよ」

 うん、と少年は少女の肩でうなずきました。それ以上ことばは続かなくても、想いは少女に伝わります。ポポロは目を閉じて、少年の頭を抱きしめました。

 静かな夜。

 暖炉の中で、ぱちりと薪が弾けて炎が揺れ、また静寂に戻っていきました――。

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