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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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9.王族

 ひとしきり皆で笑った後、フルートは真面目な表情に戻りました。彼らと同じテーブルに着いている老貴族に話しかけます。

「実は、もう一つお聞きしたいことがあるんですが、いいですか?」

「無論です。なんでございましょう、勇者殿?」

 シースー卿が、自分の孫のような歳のフルートに丁寧に答えます。

「ナージャの森のことです。あそこには本当にユニコーンがいるんでしょうか?」

 ふむ、と老貴族は痩せた顎をなでました。

「ナージャのユニコーン伝説ですか? 確かにあの森にはユニコーンがいて、メイ王室を守っている、という言い伝えがありますが――」

「メイ王室を守っている?」

 とフルートたちはいっせいに聞き返しました。

 ルルが驚いたように言います。

「ユニコーンは誰の命令も受けない聖獣よ! それなのに人間の王室を守ったりしているの!?」

「王室に伝わる伝承ですよ」

 とシースー卿は穏やかに答えました。犬が人のことばを話しているのですが、よほどしっかりユギルが知らせていたのか、驚く様子はまったくありません。

「メイ国が危機に陥ったときに、ナージャの森からユニコーンが現れて王室と国を守る、と言われているのです。メイの王族はユニコーンを従える力を持っているという話です。実際に王族がユニコーンを呼び出したり、ユニコーンが国を救ったりしたことがある、という史実は見つかりませんので、単なる伝承だろうと思いますが。ただ、メイ王室はそうは思っていないようで、ナージャの森は国王の直轄領になっていて、一般の者は近寄ることもできません」

「それはよく知っている」

 とオリバンが答えました。白い鎧兜をつけた女騎士たちが森を守っているのです。

 

 フルートが考え込みながら言いました。

「メイの王族が本当にユニコーンを従えることができるなら、呼び出すことだってできるはずだ……。なんとかして王族の誰かに会うことはできないかな」

「直接王族と話すつもりかよ。誰と? 危なくねえか、それ?」

 とゼンが言います。

「もちろんメイ女王に頼むつもりはないよ。女王は王族ではないはずだしね。シースー卿、来週の祝宴に、王族も誰か来ますか?」

 そう言われて、老貴族は考えながら答えました。

「確かにメイ女王は王族ではありません。女王と呼ばれていても、実際には亡くなったメイ王の后で、王族の血は引いておりませんから。メイ王は生まれつき体の弱い人物だったので、死んだときに子どもを二人しか残しませんでした。王子と王女です。王子はめったにどこにも顔を出しませんが、王女のエミリア姫は最近よく催し事に顔を出すので、祝宴にもきっと現れるだろうと思います」

 メイの王女か……とフルートたちはまた考え込みました。

「パーティにはフルートも出るけど、さすがに小姓が王女に話しかけるってのは無理だよね。オリバンはできそうかい?」

 とメールが尋ねると、青年はひどく渋い顔になりました。

「私はそれこそ辺境部隊とずっと行動を一緒にしてきたから、宮廷の女性を喜ばせるようなことは何も知らんのだ。話がまったく続かん。自信はないな」

「困った王子様ねぇ」

 とルルがまた言いました。こんなふうだから、間もなく二十歳になるというのに、オリバンには浮いた噂ひとつないのです。

 すると、シースー卿が難しい顔をしました。

「どれほどうまく話をしても、エミリア王女が協力してくれるかどうかわかりませんな。王女はあまり良い噂を聞かない人物なのです」

「無理はしません。無理をしてオリバンやぼくたちの正体が知れたら大変だから。でも、チャンスがあったら話を聞いてみたいと思います」

 とフルートは静かに答えました――。

 

 

 その夜、フルートたちはシースー卿の屋敷の客室に泊まりました。

 オリバンは応接室に残ってシースー卿と話を続け、女の子たちは別の客室に行ったので、部屋にはフルートとゼンとポチだけがいました。

「メイの王室の様子と、ナージャの森のユニコーンか。調べることが盛りだくさんだな」

 とゼンが言いました。暖かい夜だったので、毛皮の上衣も青い胸当ても外して、普通の布の服を着ただけの格好をしています。

「どっちもメイの王族に直接確かめられれば、一番はっきりわかるんだろうけどね」

 とフルートが答えました。こちらも鎧兜を脱いで、普段着姿でベッドの上に座っています。

 同じベッドの上でポチが首をかしげました。

「ワン、ぼく、メイに王女がいるって話は聞いたことがなかったなぁ。王子がいるのは知っていたし、まだ子どもだから、成人して王になるまでの間、お母さんのメイ女王が国を治めているってのは有名だったんだけど。祝宴に出てくるくらいだから、王子より年上の大人の女性なんだろうな」

「いい噂を聞かない王女だ、なんてシースー卿は言ってたぞ。なんかぞっとしねえよなぁ」

 と顔をしかめたゼンにフルートが言いました。

「君は祝宴に出ないから関係ないじゃないか。たぶん、王女と面と向き合うことになるのはオリバンだよ。おかしなことにならなきゃいいけどね」

 シースー卿も心配していたとおり、オリバンはとても美男子です。黙って立っているだけで相手を惹きつける輝かしさもあります。いくら正体を隠していても、女性たちがそんなオリバンを放っておくはずはありませんでした。

 

 すると、ポチが驚いたように言いました。

「ワン。フルートは、王女が自分に話しかけてくれるといいなぁ、って考えてるんですか?」

 人の感情を匂いで知る子犬は、フルートの考えていることをかぎわけたのでした。

 フルートは、ちょっと笑って見せました。妙に大人びた表情で答えます。

「女の人の中には、大人の男性より男の子のほうが好きだ、って人がいるじゃないか。王女がそんな人だったら、オリバンよりぼくを気に入ってくれるかもしれない。そうしたら、いろいろ聞き出せるんだよ」

 ゼンとポチはあきれました。

「おまえなぁ……。その台詞、ポポロに聞かせてやる。絶対に驚くぞ」

 と本当にゼンが部屋を出て行こうとしたので、フルートはあわてて飛びつきました。

「ば、馬鹿、やめろ、ゼン! 冗談に決まってるだろう!?」

「いいや。今のは絶対マジで言ってやがった! おまえ、神の都の戦いからこっち、性格変わってきてるぞ。ポポロにたたき直してもらえ!」

「本当に行くなったら! よせよ!」

 フルートが必死でゼンを引き止めます。

 ポチはますますあきれてそれを眺めます。

 

 そこへ淡い金の輝きがわき起こりました。部屋の真ん中で人の姿に変わります。本物の黄金をすいて糸にしたような髪と、鮮やかな金の瞳をした小さな少年です。腰に両手を当てて、やはりあきれたようにフルートたちを見ます。

「なにを大騒ぎしているんだ、フルート。そんなことより、もっと話し合わなくちゃいけない大事なことがあるはずだろう?」

「金の石の精霊」

 と少年と犬たちは言いました。フルートは自分の胸元を見ました。ずっと鎧の中に隠してあったペンダントが、今は服の上にありました。花と草の透かし彫りの真ん中で、直径三センチほどの小さな石が光っています。目の前の少年の髪や瞳とまったく同じ色をした石です。

「サラマンドラのおかげで、デビルドラゴンはジタンから去った。でも、奴はもともと、このメイで女王に働きかけていたんだ。今もまだここにいるのかもしれないんだぞ」

 少年たちはたちまち真顔になりました。フルートが尋ねます。

「奴の気配を感じるのか? このメイに」

「今は感じない。デビルドラゴンが放つ闇の気配は桁外れだ。近くにいれば、ぼくもポポロたちも感じないはずはないんだが、最近あいつは自分の存在を隠すようになってきたからな。気配がしないからと言って安心するわけにはいかないんだ」

「おまえらを目の仇にしてるからな、ヤツは」

 とゼンが言います。おまえら、というのはフルートと金の石、そしてフルートの中に眠る願い石のことです。その三者が力を合わせれば、闇と悪の権化のデビルドラゴンを永久にこの世から消することができます。それを阻止しようとして、闇の竜はずっとフルートの命を狙い続けているのです。

 

「君たちはぼくの守りの中にいる」

 と金の石の精霊は話し続けました。

「この中にいる限り、デビルドラゴンに君たちの居場所を知られることはないが、メイに奴が潜んでいて、監視の目をあちこちに置いていれば、その目を通じて君たちが見つかるかもしれないんだ。そうすれば、たちまち闇の襲撃が始まるぞ」

「そうなると、関係のない人たちが大勢巻き込まれる――」

 とフルートは言って考え込んでしまいました。例え敵国のメイ人であっても、フルートは絶対に他人を傷つけたくありません。人が集まる場所には近づかないほうが良いのですが、そうも言っていられない場合があるのです。

 精霊の少年が言いました。

「大きな集まりに出るという話だったな? 闇の目が監視していないかどうか、気をつけて見ていてやる。絶対にぼくを手元から離すなよ」

「わかった。必ずそうする」

 とフルートは素直にうなずきました――。

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