金色のナージャの森から追い払われた翌日、フルートたちの一行は、ルイカスの街に住む元ロムド貴族を訪ねました。ロムド王より年配の、小柄で痩せた老人です。
「これはこれは、初めてお目にかかります、オリバン殿下。デリク・シースーと申します。私がロムドを離れてから、すでに四十数年。こうして皇太子殿下にお会いできる日が来るとは思ってもおりませんでした。先代のロムド十三世陛下に面差しや雰囲気がよく似ておられますな」
そう言って眼鏡の奥で目を細めた老貴族へ、オリバンは鷹揚にうなずきました。
「シースー卿の話は父上たちからよく聞かされていた。敵国を探る非常に危険な任務に、恐れることもなくおもむいた勇敢な人物なのだと。こうして会ってみて、それは本当だったと感じているところだ」
皇太子からそんなふうに言われて、シースー卿は本当に嬉しそうな顔をしました。
「過分なお誉めのことばをいただいて恐縮でございます……。殿下が私の屋敷をお訪ねくださることは、ユギル殿から伝書鳥を通じて知らされておりました。私が知っていることはすべてお教えいたしますし、私にできることであれば何でも協力させていただきます。何なりとお言いつけください」
「ユギルが――そうか」
とオリバンは言いました。ロムド城の銀髪の占者は、彼らがメイでシースー卿を訪ねることをいち早く占盤で読み取って、受け入れのために手を回してくれていたのです。
すると、オリバンの後ろにいたフルートたちへ、シースー卿が話しかけました。
「皆様方が、あの有名な金の石の勇者の一行でございますな。お目にかかれて、まことに光栄です。ですが――正直、これほど可愛らしい方々だとは想像もしておりませんでした。見るからに猛々しい大人の勇者たちだという噂でしたから。ユギル殿からうかがっていなければ、とても信じられないところでした」
お気に障られたら申し訳ありません、と謝る老貴族に、フルートは穏やかに笑い返しました。
「気にしません。いつも言われていることですから。突然お訪ねしたのに、快く受け入れてくださってありがとうございます」
とても礼儀正しいフルートに、シースー卿がまた感心したようにうなずきます。
一行はシースー卿の屋敷の応接室にいました。扉はぴったりと閉じられていて、室内には彼ら以外には誰もいません。テーブルの上には飲み物と軽い食事が並んでいますが、給仕をする使用人もいません。
「この屋敷の中にいるのは信用できる者ばかりですが、それでも念のために退かせております。殿下や勇者殿たちの正体がばれるようなことがあれば、皆様方のお命がございませんから」
と老貴族が言ったので、オリバンはまたうなずきました。
「配慮に感謝する。――では、さっそく本題に移らせてもらおう。我々はロムド南西部にあるジタン山脈で、メイとサータマンの連合軍と戦ってきた。戦闘はこちらの勝利で終わり、連合軍の兵士たちは我が国の捕虜になったが、メイがそんなふうに攻め込んできたことに疑問を感じるのだ。メイがこれほど急な戦略を使うことは、これまでになかったことだ。シースー卿の見解を聞かせてもらいたい」
それを聞いて、シースー卿は表情を変えました。穏やかそうな老人の顔が、急に厳しくなります。
「なんと……では、メイがサータマンと連合軍を組んだという噂は本当だったのですな。あまりのことに私も信じ切れなくて、事実を確認している最中でしたが。いや、確かにメイの王宮では、最近妙にあわただしい気配がするのですが、そこまで思い切ったことをするとは思っておりませんでした」
「デビルドラゴンがメイ女王とサータマン王をそそのかしたからです。連合してロムドを破れば中央大陸を支配できる、と持ちかけられて、王たちが決断したんです」
とフルートが言いました。
「デビルドラゴン――世界を破滅させようとしている闇の竜のことですな。その話も以前よりロムド城から聞いておりました。そうであるとすれば、闇の竜はメイの王宮の混乱につけ込んだのかもしれません。メイ女王は非常に堅実な施政をする人物です。普段の女王であれば、大陸を支配させてやると言われたくらいで動くとは思えませんから」
「王宮で何が起きているのだ?」
とオリバンは尋ねました。それが彼らの一番知りたいことでした。
シースー卿は首を振りました。
「まだわかりません。メイの王宮は極秘主義です。王宮が発表したこと以外は外に聞こえてこないし、私はロムド人なので、なおさら警戒されていますので。人を使って調べているところですが、なかなか尻尾をつかめずにいるのです」
「ぼくたちはあまり時間をかけられません」
とフルートは言いました。フルートは体の中に願い石と呼ばれる魔石を持っていて、数え切れないほどの怪物から狙われています。メイ国内に長居をすると、正体がばれる危険が高くなるだけでなく、闇の怪物まで姿を現すかもしれない、と考えたのでした。
「直接王宮の様子を確認したり、王宮に関わる人間の話を聞けるような機会はないのか?」
とオリバンが大胆なことを言います。
シースー卿は考え込み、すぐにまた頭を振りました。
「いやいや、これはあまりに危険すぎます。いくらなんでも――」
「かまわん。できるかどうかの判断はこちらがする。話せ」
年若くても王の貫禄を持つオリバンです。その威圧感にに押し切られて、老貴族は少し口ごもりながら言いました。
「来週、王都の貴族の屋敷で大がかりな祝宴が開かれるのですが……代々メイ王に仕えてきた一門の当主なので、王宮の関係者が大勢招待されているのです。その祝宴の招待状は、我が家にも来ております。私の親戚筋に当たると言えば、私と一緒に行くことは可能でしょう」
ですが……とまた渋る老貴族を尻目に、オリバンと勇者の少年少女たちはいっせいに話し出しました。
「悪くないな。私は十八の歳まで城にほとんどいなかったし、外交の場に顔を出したこともなかったから、どこでもほとんど顔を知られていない。その祝宴に乗り込んでみよう」
「オリバン一人では行かせられませんよ。いくらシースー卿が一緒でも危険だ。ぼくが小姓になってついていきます」
とフルートが言います。綺麗な顔立ちのフルートなので、小姓に化けるのはぴったりに思えます。
すると、ゼンとメールが言いました。
「祝宴ってのは、つまりパーティだな。俺やメールはそんな場所は無理だな」
「だね。どんなに上品にしようとしたって、絶対にぼろが出るもんね。あたいたちは馬車に一緒に乗っていって、オリバンたちがパーティに出てる間にあたりを調べるよ」
「ワン、じゃ、ぼくやルルも一緒に行っていいですね?」
「犬は会場には入れないでしょうけど、中庭あたりに隠れていれば、面白い情報が聞けるかもしれないわ」
と犬たちも言います。
「あたしも――」
とポポロまでが言い出しました。
「あたしもパーティの会場は無理だけど、馬車の中から屋敷の様子を透視できるもの」
結局、勇者たち全員が会場に行くと言いだしていました。
「聞いての通りだ、シースー卿。我々は全員でその祝宴に行く。大型の馬車を頼むぞ。それと、私やフルートが着る服の準備だな。ジタンからまっすぐここに来ているから、さすがに祝宴に出るような服は持ってきていないのだ」
当然のことのようにそう言うオリバンに、老貴族は目を白黒させ、やがて苦笑いの顔になりました。
「いやはや、まことユギル殿が伝えてこられた通りですな。若くても、実に剛胆な方々だ。敵地のまっただ中にご自身で乗り込もうとは。お止めしても止められない、というのも話の通りのようですな。……。承知つかまつりました。皆様方を王都にご案内いたしましょう。馬車と服もですが、殿下がエスコートする女性も見つけなければなりません」
「エスコート? 女性同伴の集まりなのか」
「いいえ。ですが、殿下を連れの女性もなしに会場へお連れしたら、どれほどの騒ぎになるか想像がつきますので」
「何故だ?」
とオリバンが大真面目で聞き返したので、少年少女たちがいっせいに吹き出しました。
「おまえ、鏡見たことがねえのかよ、オリバン!?」
「オリバンがひとりでパーティに行ってごらんよ! 女の人にまわり中取り囲まれて、身動き取れなくなっちゃうからさ!」
「ワン、敵の様子を探るどころじゃなくなりますよね」
とゼンとメールとポチが口々に言い、フルートとポポロが声を立てて笑います。オリバンは目を丸くすると、やがて、困ったように腕組みしました。
「ひょっとして、祝宴の会場で私が女性にもてるだろうと言っているのか、それは?」
本当に疑問に思っている口調だったので、ルルが尋ねました。
「オリバン、あなた、ロムドではパーティに出たことないの?」
「私はずっと辺境部隊にいたからな。城に戻ってからも、公務が忙しかったから、催し事にはほとんど出席したことがない」
そう答える青年は、見上げるように立派な体格と整った顔立ちをしています。誰もが見とれる美丈夫(びじょうふ)です――。
「まったくもう、この王子様ったら!」
とルルはあきれた声を上げ、他の仲間たちは腹を抱えて大笑いしてしまいました。