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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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6.野宿

 「やべえやべえ、メイ軍と鉢合わせするところだったな」

 金の梢が揺れるナージャの森から抜け出したとたん、ゼンが言いました。メールが肩をすくめます。

「ここでメイ軍とやり合うわけにはいかないよね。ジタンであたいたちがメイ軍を負かしてきたなんてわかったら、それこそ大ごとだったよ」

 すると、森を振り返っていたポポロが驚いたように声を上げました。

「あの人のところに兵隊たちが来たわ。三十人くらいいるけど、みんな女の人よ!」

 ポポロは魔法使いの目を使っていたのです。女の人!? と一行は驚きました。

「うん……みんな白い鎧を着て、馬に乗ってるの」

「メイには女騎士の部隊があったのか。初めて聞いたな」

 とオリバンが言うと、ポチが馬の足下から答えました。

「ぼくもです。ただ、メイは本当に謎や秘密が多い国ですからね。ぼくたちの知らないことって、たくさんあるんだろうな」

「いくら女の人たちでも軍人だ。近寄るわけにはいかないよ。ナージャの森でユニコーンを探すのは、また次の機会にしよう」

 とフルートが言ったので、一行はさらに馬を進めて森から離れていきました。

 

「で? ユニコーンを後回しにするってんなら、次はどうするんだ?」

 とゼンが尋ねました。メイの内情を探るということと、ユニコーンを探すと言うこと以外に、具体的な行動は決まっていなかったのです。

 オリバンが答えました。

「王都の南にあるルイカスという町に、昔ロムドの貴族だった人物が暮らしているから、そこを訪ねるつもりでいる。何か情報が得られるだろう」

 ゼンは目を丸くしました。

「ロムドの貴族? なんでそんなヤツが敵国のメイにいるんだよ?」

「貴族だったと言っても、本当にずいぶん昔のことなのだ……。以前、おまえたちにも話して聞かせたことがあったな。今から四十数年前、父上は王宮で好き放題ふるまっていた大貴族を全員国外追放にして、政権を取り戻したのだが、その時にロムドからメイに移り住んだ人物なのだ。名をシースー卿と言う。シースー卿は実際には父上に忠誠を誓っていた。ロムドを追放されたように見せかけて、メイに潜入して、時々メイの様子を我が国へ伝えていたのだ」

「つまり、トウガリと同じような間者なのね」

 とルルが言い、へぇ、と他の少年少女たちは感心しました。国というのは本当にいろいろな手段で自国を守っているものです。

「でも、急にぼくらがその人のところへ行って大丈夫でしょうか? オリバンはともかく、ぼくらが金の石の勇者の一行だと信じてもらえるのかな?」

 とフルートが心配すると、オリバンはあっさりと答えました。

「その時にはその時だ。とにかく行くぞ」

 有無を言わさず彼らを引っ張っていってしまうあたりは、さすがに未来のロムド王でした。

 

 

 その夜、彼らは野宿しました。

 近くに人家の灯りは見えません。森が散在する荒れ地は、なだらかな山に囲まれていて、山間から星空が見えています。まだ四月なので、夜になればあたりは冷えてきますが、一行はまったく気にしません。風よけに防水布で簡単なテントを張り、火を起こして夕飯をすませます。

 食事の後片付けが終わっても、寝るのにはまだ早い時間でした。フルートとゼンはたき火のそばでチェスの勝負を始めましたが、じきにゼンが文句を言い出しました。

「おまえなぁ、ちっとは手加減しろよ。まともにやったらおまえの百戦百勝で、面白くもなんともねえだろうが」

「ちゃんとハンデをつけてるじゃないか。ぼくはすぐに指してるし、君はいくら考えてもいいんだからさ」

 とフルートが答えます。

「馬鹿やろ。おまえと俺じゃ頭の出来が違わぁ。俺がいくら考えたって、いい手なんか思いつけるか。ビショップを二つともなくして戦えよ」

「冗談! それでどうやって勝負しろって言うのさ!」

「いいや、おまえならそれくらいでちょうどいい! ついでにクイーンも使うな!」

「無茶言うなったら! そんなの無理だ!」

 賑やかに口論しながら勝負するフルートとゼンを、ポポロとポチがあきれて眺めています。

 

 そこから少し離れた場所にはオリバンとメールとルルがいました。あぐらをかいて座る青年に、細身の少女が話しかけます。

「ねえ、メイの女王ってどんな人なのかな? さっきは女騎士も出てきたけど、メイって女が強い国なわけ?」

「私もよくは知らん。私はずっと辺境部隊にいて王宮にはいなかったから、他の国の話はあまり聞かなかったのだ。だが、ジタンで戦ったメイ兵は男ばかりだったから、特に女が強い国というわけでもないと思うがな」

「でも、この国はメイ女王が支配してるんだろう? あれだけの軍隊を動かせるんだし、やっぱり女王はかなり実力があるんだろうね」

 メールは西の大海を治める渦王の一人娘です。将来は父の跡を継ぐ身なので、人間の国の女王にも関心を持ったのでした。

 そんな少女を少しの間眺めてから、オリバンは尋ねました。

「おまえのほうはどうするつもりなのだ、メール?」

「どうするって?」

 意味がわからなくてメールが聞き返します。

「海の女王になるつもりなのか? 聞けば、ゼンは絶対に渦王の後継者にはならない、と言い張っているそうではないか。もし、ゼンが渦王にならなければ、おまえたちはどうなるのだ?」

 ああ、とメールは苦笑しました。その足下でルルも犬の顔で苦笑いしています。

「ゼンったら、この話をすると必ず逃げるものね。俺は北の峰のドワーフだ、山以外の場所じゃ暮らせねえ、って言い張って。よっぽど渦王の後継者になりたくないのね」

「その気持ちはわかんないわけじゃないよ。だって、あいつはホントに山のドワーフなんだもん。海があたいの故郷みたいに、あいつには北の峰が故郷なんだよね。あいつは山と一緒に生きていきたいんだ」

 そう言って、メールはたき火のほうへ目を向けました。そこではゼンが賑やかにフルートとチェスを続けています。

 

「だが、それでは本当にどうするのだ? おまえ一人が女王になれば、それで事は足りるのか?」

 とオリバンは重ねて尋ねました。外見は似ていても、海の民と人間は違います。その王国もまたそれぞれに違っているので、想像がつかない部分がたくさんあるのでした。

 んー、とメールは言いました。

「それがダメなんだよねぇ……。ほら、あたいは母上が森の民だったろ? 海の民の血は半分しか持ってないから、海の魔法が使えないんだ。できるのは、母上譲りの花使いだけ。これじゃ西の大海を治めていくことができないんだよね。なにしろ、海の民や生き物たちは本当に激しくて荒っぽいからさ、強力な魔力がないと落ち着かせておけないんだ。ただ、父上はあたいの結婚相手に海の魔力を与えて渦王の後継者にする魔法を知ってる。だから、ゼンさえ承知してくれたら、ゼンが渦王になって、それで万事うまくいくんだけど――」

 言いながらメールが見つめていたのは、エルフの弓矢でした。ゼンはこの魔法の武器を命の次に大切にしていて、今も休んでいる自分の横から決して離そうとしません。そんなゼンの姿に、メールはまた笑いました。今度は苦笑いではありませんでした。

「あいつはさ、やっぱり猟師なんだよ。自分がドワーフの猟師だってことに、ものすごい誇りを持ってるんだ。あいつがごねるのは、王様や海が嫌いだからじゃなくて、自分が猟師でなくなるのが嫌だから。そういうものもわかっちゃうからさぁ……無理に渦王になれ、なんて言えないんだよね」

 そう言ったメールは、とても優しい表情をしていました。いつもはあれほど気の強い彼女が、慈しむようなまなざしでゼンを見つめ続けています。

 

 オリバンは溜息をついて腕組みしました。

「だが――それではどうするつもりなのだ?」

「よくわかんない」

 とメールは言って舌を出して見せました。

「どっちにしたって、あたいたちが結婚できるのは、十八歳になる三年後だもんね。まだ時間はたっぷりあるからさ。その間に、どうしたらいいか考えるよ」

 言ったそばからメールはちょっと考え込み、また大人びた笑顔に変わって続けました。

「……それで、あいつがやっぱり海は嫌だって言ったら、その時にはあたいが北の峰へ行くさ。あたい、地面の下はどうしても苦手だけど、森なら平気だもんね。そこで猟師の女房するってのも、悪くはないよ」

 オリバンは驚きました。好きな相手のために自分の国を捨てる、と言い切る海の王女を見つめてしまいます。メールは立木にもたれるようにして立っていました。その伸びやかな姿からは、気負う様子は少しも感じられません。

 

 たき火のそばで、ゼンが今度はポチと口論を始めていました。

「うるせえ! わきからゴチャゴチャ口出すな!」

「ワン、次の手を教えろって言ったのはゼンですよ! それなのに、そんなところに進めちゃって! 本当にゼンは単純だなぁ!」

「なんだとぉ? もういっぺん言ってみろ、生意気犬!」

「何度でも言いますよ! 単純ゼン! ビショップとクイーンを使ってないフルートに負けちゃうなんて、信じられないや!」

 今にもとっくみあいになりそうなゼンとポチに、今度はフルートとポポロがあきれています。

「まったくもう。いったいなにやってんのさ」

 とメールは頭を振ると、すぐにそちらへ駆け出しました。

「ちょっと、やめなったら、ゼン。負けた八つ当たりをポチにするんじゃないよ――」

 とドワーフの少年に説教を始めます。

 

 座ったままそんな様子を眺めていたオリバンに、ルルが話しかけました。

「あなた、すごく残念そうよ、オリバン」

「何故だ? 別にそんなことはないが」

 とオリバンは答えました。ぶっきらぼうな声です。ルルは微笑しました。

「メールのことが好きだったんでしょう? 今から告白したって遅くないのに」

 青年はいっそう憮然としました。

「負けるとわかりきっている勝負に手を出してどうする。それに、私は将来ロムド王になる。渦王にはなれん。メールだって、人間の王宮で王妃をするのは無理だ」

「それは確かにそうね」

 とルルはあっさり認め、腕組みしたまま黙り込んでしまった青年を見て、また笑いました。

「しょうがないわね。今夜は私がそばにいてあげるから、私で我慢しなさい」

 そう言われて、オリバンもようやく笑顔になりました。

「それはありがたいな」

 と長い毛並みの背中をなでます。ルルがふさふさの尻尾を振ります。

 並んで座る青年と雌犬の上で、星がまたたいていました――。

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