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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第2章 金陽樹(きんようじゅ)の森

4.金陽樹の森

 メイの国境を越えて十日目、勇者たちの一行はようやく目ざす場所に到着しました。

「あれだね、ナージャの森ってのは。道を教えてくれた人の言ってたとおりだ。ホントに一目でわかるね」

 とメールが馬上から行く手を見て言いました。そこでは黄色い葉を茂らせた森が風に揺れていたのです。ひるがえる葉が日差しを返して金色に輝いています。木々の幹はすべて真っ白です。

「なんであんな葉の色をしてんだ? 今は春だぞ」

 とゼンが不思議そうに言いました。木は種類によって春先に紅葉したような赤い葉をつけるものがありますが、こんなふうに黄色くなる木を見るのは初めてだったのです。

 すると、ルルが籠の中から言いました。

「金陽樹(きんようじゅ)よ。一年中、金色の葉をしている木なの。天空の国にはたくさんあるけれど、地上では見たことなかったわね」

「ワン、こんな木を見るのはぼくも初めてですよ」

 と博識の子犬が別の籠から答えます。

 オリバンが言いました。

「天空の国の木でできた森か。――これは本当に期待できるかもしれんな」

「森が周囲からユニコーンを守っているのかもしれないですね」

 とフルートも言い、一行は森へと馬を進めました。

 

 金色の森に入ると、不思議な気配はいっそう強まりました。

 危険や不快な感じはしません。その逆です。森の中にはひやりと涼しい空気が漂い、どこからともなく、胸の奥がすっとするようないい匂いがしてきます。梢で鳥たちがさえずっているのは他の森と変わりませんが、その声もどこか静かで穏やかでした。

「金陽樹は癒し(いやし)の木っても言われているのよ……」

 と森の中を進みながら、ポポロが話し出しました。

「この匂いは木が出していて、気持ちを落ち着かせる力があるの。木の葉にもその力は宿っているから、あたしたちは金陽樹の若葉を摘んで、お茶にしたりするわ」

「へぇ、そりゃいいこと聞いた」

 とゼンが言って、さっそく手近な木の枝を引っ張りました。柔らかなクリーム色をした枝先の葉を、ぶちぶちとむしっていきます。

「ちょっと。もっと優しくやりなよ。木が驚いてるじゃないのさ」

 と木の声を聞くことができるメールが注意します。

 ゼンが木の葉を摘むのに夢中になってしまったので、一行はそこで解散することにしました。どのみち、ユニコーンを探すには、固まっているより手分けをした方がいいのです。ゼンとメール、フルートとポポロ、ポチとルル、オリバンだけは一人という組み合わせになり、一時間ほどしたらまたこの場所に集まることにして、森の中へ別れていきました。

 

 ポチはルルと並んで歩きながら話を始めました。

「ワン、ユニコーンってどういうところにいるんでしょうね? 普通に森の中で暮らしているのかな」

「わからないわ。なにしろ天空の国でも、ユニコーンはもう伝説でしか残ってないんですもの。森の中にいたとは聞いているけど、どんなふうに暮らしていたかまではね」

「ポポロが言っていましたよね。ユニコーンはとても清らかな生き物だから、邪心を持つ人の前には姿を現さない、って。犬の前にはどうなんだろう?」

「それもわからないわね……。天空の国のペガサスなら、私たちもの言う犬が近づいても平気でいるけれど、ユニコーンはそれより臆病みたいだし」

 その答えにポチはちょっと黙り込み、今度は少し考えるように口を開きました。

「あのね、ルル、地上にはこんな言い伝えがあるんですよ。ユニコーンは聖なる怪物だけれど、人には決して慣れない、ただ、ええと……清い乙女の前だけではおとなしくなって、その膝に頭を置いて眠ってしまうんだ、って。天空の国でも、これと同じようなことを言いますか?」

 とたんにルルはびっくりした顔をしました。

「清い乙女? なぁに、それ。ユニコーンって女性にしかなつかない、ってこと? そんな話、聞いたこともないわ。なんでそんなことになるのよ」

「さあ。昔からそう言うんですよ。だから、ユニコーンを捕まえるには乙女がひとりで座っていて、その近くに猟師が隠れているといいんだ、なんてさえ言われます。本当にそうやってユニコーンを捕まえた話は聞かないけど」

「あきれた」

 とルルは頭を振りました。

「だいたい、どうしてユニコーンを捕まえようとするの? 聖なる生き物を捕まえるなんてこと、できるわけないのに。聖なる生き物たちは誰かの思い通りになんて絶対にならないのよ。何かしてほしかったら、天空王様でさえ彼らにお願いするんだから」

「ワン、聖なる生き物って誇り高いんですね」

 とポチが感心します。

 森の中は静かでした。あたりに充ちるかぐわしい匂いは、犬たちにはいっそう強く感じられます。その中に、誇り高い聖獣であるユニコーンの匂いや気配を感じ取ることはできませんでした。

 

 フルートとポポロは馬を並べて進んでいました。一本角の怪物を探して森の中を見回しますが、木立の間にも藪(やぶ)の陰にも、それらしいものの姿は見当たりません。枝から枝へ渡り歩く鳥の姿があるだけです。

 そのうちフルートが急に遅れだしたので、ポポロは驚いて馬を止めました。

「どうしたの?」

 フルートはうつむくように馬に乗っていました。ゆっくりとポポロに追いついて、こう言います。

「ぼくは離れている方がいいのかもしれないな。ユニコーンが現れやすいように」

 ポポロはまた驚いて、どうして? と尋ねました。

 金の鎧兜の少年は、優しい顔に苦笑を浮かべていました。

「ユニコーンは聖なる生き物だろう? 穢れた(けがれた)人間がそばにいたら、嫌って出てこなくなるかもしれないからね。……ぼくはこれまで本当にたくさんの敵と戦ってきたよ。人はまだ殺したことがないけど、大勢を傷つけてきたし、闇の怪物は数え切れないほど倒してきた。目には見えなくても、ぼくは全身血で染まっているんだよ。そういうのは、ユニコーンだってわかるんじゃないかな」

 そう言って自分の手を見つめた少年は、なんだかひどく淋しそうに見えました。

 ポポロは思わず胸がいっぱいになりました。金の石の勇者のフルートは、本当は誰より心優しい少年です。人間だって怪物だって本当は傷つけたくないのに、人や世界を守るために、歯を食いしばって戦います。鋭い刃先が敵を切り裂いたとき、もっと深く傷を負っているのは、フルートの心の方かもしれないのです。

 ポポロは急いで馬を寄せました。

「そんなことない……絶対にそんなことないわ。ユニコーンは人の邪心を嫌うのよ。フルートは誰より綺麗な心を持っているもの。ユニコーンが本当にいたら、絶対にフルートの前に姿を現してくれるわ」

 励ますようにそう言ってくれる少女を、少年は見つめました。とても泣き虫なポポロです。大きな緑の瞳はもう涙ぐんでいるのに、それでもにっこりと笑いかけてきます。笑顔が少年の胸の痛みを和らげます。

「ありがとう」

 とフルートは言うと、ポポロの腕をつかんで引き寄せました。驚く少女に笑顔を返します。

「ユニコーンを見つけたいよね――。ぼくたちみんなの前に、姿を見せてほしいな」

 ポポロは返事ができませんでした。フルートに抱きしめられてしまったからです。頬のすぐ隣に寄せられた顔から、その息づかいと体温を感じて、どぎまぎしてしまいます。

 風が吹いて金陽樹の葉がいっせいに揺れました。潮騒のような葉ずれの音が、少年と少女を包みました――。

 

 オリバンは一人で森の中を進んでいきました。

 森は深く、金と白の木立がどこまでも続くように見えていましたが、突然それがとぎれて行く手が開けました。鮮やかな青が目に飛び込んできます。湖の畔に出たのです。

「こんなところに……」

 とオリバンは驚きました。故郷のロムドにあるリーリス湖にはかないませんが、こちらもかなり大きな湖です。風が沖合にさざ波を立て、日の光を返して、ちらちらと銀色に光っています。

 オリバンは馬を下りて水際まで行ってみました。水は澄んでいて、湖底の砂の一粒一粒までがはっきりと見えます。リーリス湖には船着き場がありましたが、こちらの湖にはそのようなものは見当たりません。沖を行く船もありません。森と同じように、湖も静けさに包まれています。

 向こう岸に回らなくてはならないか、とオリバンは考えました。森は湖の向こうにも広がっています。予想以上の広さなので、ユニコーンが本当にいるにしても、かなり探し回らなくてはならないようでした。

 

 その時、背後の森でかすかな音がしました。耳になじみのある金属音に、オリバンは即座に振り向きました。剣を引き抜く音だったのです。レイピアと呼ばれる細身の剣がオリバンを襲います。

 オリバンは腰から大剣を抜いてレイピアを受け止めました。返す刀で敵を切り伏せようとします。すると、敵は左手の盾を構えました。十文字に城を配した紋章の盾の後ろで、鮮やかな赤いマントがひるがえります。

「メイの兵士か!」

 とオリバンはどなって、大剣を振り下ろしました。強烈な一撃に盾が跳ね飛ばされ、敵がよろめきます。

 それは白い鎧兜の細身の戦士でした――。

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