なだらかな山裾に広がる森の中を、五頭の馬が進んでいました。毛色がそれぞれ違う馬の上には、少年と少女と青年が乗っていて、賑やかに話をしています。
「俺たち、どの辺まで来たんだよ。ここはもうメイなのか?」
と言ったのは、先頭を行く黒馬に乗った少年でした。背は低いのですが、肩幅の広いがっしりした体格をしていて、腕などもう大人ほどの太さがあります。青い胸当ての上に毛皮の上着をはおり、大きな弓矢を背負って、猟師の格好をしています。
「まだここはロムドだ。あそこに見える山の稜線を越せばメイ国になる」
と答えたのは黒鹿毛(くろかげ)に乗った大柄な青年でした。鈍い銀色に光る鎧兜を着て、黒っぽいマントをはおっています。そびえるような姿にはなんとも言えない迫力がありますが、よく見れば、非常に整った気品のある顔立ちをしていました。
すると、少年と青年の間を行く少女が口を開きました。乗っている馬は白地に灰色のぶちです。
「ねえさぁ、ロムドとメイってこんなに近い国同士なのに、なんでずっと話にも出てこなかったのさ? ザカラスやエスタって国の名前は何度も聞いたのに、メイなんて、ジタンの事件が起きるまで聞いたこともなかったじゃないか」
まだ四月の上旬です。森の中にはひんやりした風が吹いているというのに、少女は花のように色とりどりの袖無しシャツに、うろこ模様の半ズボンを着て、肩に薄い布を短いマントのように絡めているだけでした。素足にはいているのも編み上げのサンダルなので、なんだか寒そうに見えますが、本人はまったく平気です。気の強そうな顔は驚くほど美人で、長い緑色の髪を後ろで一つに束ねていました。
「ロムドとメイは国交がないんだよ。メイはどこの国ともつき合おうとしないんだ。不思議な話もいろいろ聞くから、謎の国って呼ばれているくらいさ」
と答えたのは、栗毛の馬にまたがった少年でした。金の鎧兜を身につけ、大きな剣を二本も背負って勇ましい格好ですが、その体はとても小柄で、口調も穏やかです。
「謎――どんな?」
と少年に並んでいた少女が尋ねました。青い上着に白いズボンの乗馬服姿で、鹿毛(かげ)の馬に乗っています。少年も小柄ですが、こちらの少女はさらに小柄で、宝石のような緑色の瞳をして、赤い髪をお下げに結っていました。
すると、少年の鞍の前の籠(かご)から、白い子犬が振り向きました。
「ワン、メイにはいろんな謎や不思議な話があるんですよ。迷い込んだら二度と出られなくなる迷宮だとか、食べると姿が変わってしまう不思議な木の実とか、一瞬で遠く離れた場所へ行ってしまう門とか」
「あら、それのどこが不思議なの? 私たちが住む天空の国じゃ、そんなのどれも当たり前よ」
と言ったのは、お下げの少女の前の籠に入った雌犬でした。銀毛が混じった長い茶色の毛並みの、とても綺麗な姿をしています。
先頭を行く猟師の少年が、ちぇっと舌打ちしました。
「ここは地上だぞ、ルル。魔法使いが住む天空の国じゃねえんだから、そういうのだって立派に不思議なんだよ」
これがロムド城で王や占者たちが噂をしていた一行でした。
猟師の少年はゼン、気の強そうな少女はメール、大柄な青年はロムド皇太子のオリバン、金の鎧兜を身につけた少年はフルート、お下げ髪の少女はポポロ、そして、もの言う犬のポチとルルです。
彼らは世界を破滅させる闇の竜に立ち向かう勇者たちでした。そのリーダーは、見るからに頼もしそうな青年ではなく、金の鎧兜の少年のほうです。金の石の勇者、と呼ばれ、世界を闇から救う英雄と言われていますが、とてもそんなふうには見えません。本当に小柄で細身で、まるで少女のように優しい顔をしています――。
「もうそろそろお昼だから、国境を越える前に食事にした方がいいだろうね」
とフルートが言ったので、一行から歓声が上がりました。
「賛成っ! 今朝はずいぶん早く出発したから、もうお腹ぺこぺこだよ!」
「さっき、森の中で七面鳥を捕ったからな。こいつを丸焼きにしてやるぜ」
「ワン、足りなければ、ぼくとルルでもっと獲物を捕ってきますよ。この森にはウサギも鳥もたくさんいるみたいだから」
「みんな空腹だ。七面鳥一羽ではとても足りないだろう」
口々に言い、森を流れる小川を見つけて、そのほとりで馬を下ります。さっそく犬たちが狩りに走って行きます。
と、犬たちの体が急にふくれあがり、うなりを上げて空に舞い上がっていきました。半ば透き通った白い大蛇か異国の竜のような姿ですが、頭と前足は犬の形をしています。ポチとルルは魔法の首輪の力で、風の犬と呼ばれる怪物に変身することができるのです。
残りの者たちは枯れ枝を集めました。フルートが背中から黒い剣を抜いて枝を切り払うと、とたんに枝が火を吹いて燃え上がります。それを枯れ枝の山に投げ込めば、もう焚き火のできあがりでした。ゼンがいそいそと食事の支度に取りかかります。
二人の少女たちは森の真ん中に立って、それぞれに遠くを眺めたり、耳を澄ましたりしました。木々や地面は柔らかな緑におおわれ、鳥のさえずりがうるさいほどに響いています。命の息吹に充ちた春の森です。
そこへオリバンがやって来て尋ねました。
「どうだ?」
「怪しい気配はしないね。森は落ち着いてるよ。ポポロはなんか見えたかい?」
「ううん。何も危険なものは見えないし、闇の気配もしないわ。このまま進んで大丈夫ね」
メールは海の王の娘ですが、森の民の血が半分混じっているので、木々や花の声を聞くことができます。ポポロのほうは天空の国の魔法使いなので、その気になれば魔法の目でどこまででも見通せます。彼女たちはその力を使って、周囲や行く手の様子を探っていたのでした。
そうか、とオリバンは安心した顔になりました。
「なにしろメイは今回ジタンで戦った敵国だ。それ以前にも、ザカラス王の戴冠式の際に妹のメーレーンを暗殺しようとしたりと、なにかと我がロムドを敵視しているからな。見つかって正体がばれたら、それこそ命はない」
「その敵国に自分から飛び込んでいこうっていうんだから、困った皇太子だよねぇ」
とメールがロムド王たちと同じようなことを言うと、オリバンは平然と答えました。
「だから、おまえたちに一緒に来いと言ったのだ。私ひとりでは危険すぎるからな」
皇太子はこうして半ば強制的に勇者の一行を自分の同行者にしてしまったのです。メールはあきれ顔で肩をすくめました。
昼食は七面鳥とウサギの丸焼き、それに、熱した石で焼いた平らなパンにチーズというものでした。ゼンは料理の腕前も確かなので、どれも上出来の味です。それを賑やかに食べたり飲んだりするうちに、いつしか話題はメイ国のことになっていました。
「そもそも、メイってのはどんな国なんだ? 謎の国と言ったって、まったく様子がわからないってわけじゃねえんだろ?」
とゼンが尋ねたので、オリバンが答えました。
「無論、それはありえない。メイは地続きの国だし、その国境を越えて行き交う人々もいるからな。ただ、東西と北を山に囲まれているし、南も内海のバルス海に面しているから、昔から大陸の他の国々とはあまり交流がなかったのだ。古い国だから様々な伝説や噂があるのだが、それを確かめることもなかなか難しい」
「ワン、でもわかっていることもありますよ。政治を執っているのが王じゃなくて女王だとか、昔から東隣のサータマン国と仲が悪いとか」
とポチが言いました。この白い子犬は十一歳ですが、いろいろな場所を渡り歩いてきたので、歳の割に非常に博識なのです。オリバンはうなずきました。
「そうだ。メイでは五年ほど前に国王が病死して、今はその后が王位に就いている。皇太子が成人するまでの代理だから、摂政(せっしょう)と言うのが本当なのだが、誰もが彼女をメイ女王と呼んでいる。非常に政治手腕にたけた女性で、王が存命のうちから、病弱な王に代わって国を司ってきたからな。実際のところ、メイはこの女王に動かされている国なのだ」
「その女王がジタン山脈を奪おうとしたのね。仲が悪かったサータマン国と手を結んでまでして」
とルルが言うと、ゼンが顔をしかめました。
「デビルドラゴンから闇の力を借りてな。ったく、人間ってヤツは馬鹿だよな。そんなことして自分らがどうなるか、想像もできねえんだからよ。デビルドラゴンは悪の権化だぞ。あいつが世界を滅ぼすときに、自分たちだけ見逃してもらえるわけねえだろうが」
彼らはそんなメイやサータマンの野望を、ジタン山脈の麓で防いできたのです。ゼンは人間の血を引いたドワーフですが、ドワーフとしての意識が非常に強いので、口調は人間に批判的でした。
フルートとオリバンは思わず苦笑しました。
「まあ、ゼンたちが言うとおりなんだけどね……」
「人間はどうしても目先の利益に飛びつきやすいからな。だが、それにしても、メイ女王の今回の決断は思い切っている。メイは、これまで東隣のサータマンとはずっと戦闘を繰り返してきたが、それ以外の国々へ自分から攻めることはほとんどなかったのだ。攻め込まれれば勇敢に戦うがな。そういう意味では、このロムドと非常に似ていたのだ」
「ワン、ところが今回、メイは自分からロムドに攻め込んでジタンを奪おうとした」
とポチが首をかしげました。
「そうだ。確かにジタンは魔金の大鉱脈がある宝の山だし、デビルドラゴンは人の心を誘惑する闇の怪物だから、無理はないのかもしれんが、それにしても急な方針の転換だ。何か理由があるような気がするのだ」
そんなオリバンのことばに、フルートもうなずきました。
「ジタン山脈での戦いの時、メイの軍師は最後の最後まであきらめなかったですからね。意地でもジタンを奪おうとしていた。実際、負けて帰ったら、女王から処罰されるんだとも言っていたし」
ふぅむ、と一同は考え込みました。が、いくら考えても理由はさっぱり思い当たりません。
「だから、メイへ行くのだ。メイに潜入すれば、何かしら手がかりが見つかるかもしれないからな」
とオリバンに言われて、全員は南西へ目を向けました。なだらかな稜線が連なる向こうに、綺麗な青空が広がっています。
「なんかありそうには見えないけどね」
ぽつりとメールが言いました――。