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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第1章 伝説

1.予兆

 ロムド城の長い通路を壮年の男が歩いていました。

 半白の黒髪に黒いひげ、たくましい体を仕立ての良い黒ずくめの服で包み、腰には大剣を下げています。ロムド王の重臣のアルバート・ゴーラントス――ゴーリスです。貴族や使用人たちが通路を譲って深くお辞儀をしますが、それを無視して足早に歩いていきます。

 やがてゴーリスが足を止めたのは、分厚い扉の前でした。前に立つ衛兵に取り次ぎを命じようとすると、それより早く扉が開きました。流れるような銀髪の、長身の青年が姿を現します。

「長旅お疲れさまでございます、ゴーラントス卿。陛下がお待ちかねでいらっしゃいますよ」

 とたんにゴーリスの厳しいひげ面が急に和やかになりました。

「ロムドの一番占者に直々に扉を開けてもらうとは恐縮なことだな」

「この程度のことならば、さほどの労力でもございませんので」

 と青年が答えます。浅黒い顔は非常に整っていて、なんだかすましているようにも見えるのですが、右が青、左が金の色違いの瞳がほほえんでいました。友人に向ける笑顔です。ゴーリスもそれに微笑を返します。

 すると、部屋の奥から声がしました。

「ユギル、ゴーラントス卿。そんなところで立ち話などしていないで、早く中へ入ってこないか」

 よく響く若々しい声ですが、話しかけているのは老人です。銀の髪とひげに金の冠のロムド王でした。かたわらに宰相も立っています。

 ゴーリスは部屋に入ると、王の前に片膝をついて頭を下げました。

「陛下、ただ今ジタンより帰還いたしました。先に深緑の魔法使いを通じて報告したとおり、我々はメイ国とサータマン国の連合軍の攻撃を受けましたが、人間とドワーフとノームが協力して戦い、さらに陛下のご助力を得て勝利を収めることができました。ドワーフたちもジタンの山中に移り住んでいきました」

「ジタンでは大変な戦いであったようだな。まことにご苦労であった、ゴーラントス卿。無事でなによりだ」

 と王が家臣の労をねぎらい、ゴーリスがまた深々と頭を下げます――。

 

「ところで、深緑の魔法使い殿はどちらに? 一緒に城に戻ってきたのではないのですか?」

 と宰相のリーンズが尋ねてきました。穏やかな顔と物腰の老人で、王より少し年下なのですが、王がとても若々しいので、逆に年上に見えてしまいます。

 ゴーリスはまた微笑しました。

「四大魔法使いたちが城の入り口まで出迎えに来て、そちらへ行かれました。お疲れのようだったし、四大魔法使いたちも非常に心配していましたからな」

「深緑も、他の四大魔法使いも、今回の戦いでは非常によく働いてくれた。今日はゆっくり休むよう命じておいたのだ」

 とロムド王は寛大に言ってから、ふと表情を変えました。苦笑したのです。

「深緑はそれでよいが――もう一人、ここにいるべきはずの人間がおらぬな。オリバンにも困ったものだ」

 と息子の名前を言います。ゴーリスはあわててまた頭を下げました。

「これも先の報告の通り、殿下はフルートたちを連れてメイ国へ向かわれました。メイで何かが起きているようなので、それを確かめてくると言われて……。私たちがいくらお止めしても聞き入れてくださいませんでした」

 すると、銀髪の占者が口をはさんできました。

「殿下には初めからその予兆が出ておられました。再び金の石の勇者の一行に巡り会ったときには、彼らと一緒に旅立たれると。もとより、今回のジタン移住の警護が終われば、ご自分で勇者殿たちを探して追いかけるつもりでいらしたのです。この機会を逃すはずはございません。メイ国の内情を確かめに行くというのも、半分は同行するための口実でございましょう」

「まったく困った皇太子だ」

 とロムド王はさらに苦笑しましたが、占者の青年が残念そうな表情を漂わせているのに気がついて言いました。

「そなたも本当は行きたかったのであろう、ユギル。すまぬな、城に縛りつけてしまって」

 ユギルは急いで頭を下げました。その顔が長い銀髪の陰に隠れてしまいます。

「わたくしの役目はこのロムドを守ることでございます。これからメイとサータマンの両国を相手に、戦後処理の交渉が始まります。わたくしはここにいなくてはなりませんから――」

 いくら表情を隠しても、ことばに本音がにじみました。皇太子のオリバンは、彼にとって弟のように大切な存在だったのです。それを知る王は静かに言いました。

「オリバンが共に行くのは金の石の勇者の一行だ。世界を破滅させようとする闇に正面から立ち向い、不可能を可能にしていく勇者たちだから、彼らと一緒ならば、オリバンも心配はないであろう」

 

 すると、ユギルが黙り込みました。その意味ありげな沈黙に、部屋の中の人々は顔色を変えました。

「メイで何か起きるのか!?」

「殿下の御身に危険が及ぶとでも――!?」

 占者は銀髪の陰に表情を隠したまま、今までとは違う口調で話し出しました。目の前にいるのにとても遠い場所から聞こえてくるような声です。

「金の石の勇者の一行には、常に事件と危険が襲いかかります。闇の気配も常につきまとっています。勇者殿たちが探し求めるものは、その向こう側にしか見つからないからです……。おそらく、彼らはメイ国でまた大きな事件に巻き込まれることでございましょう。それがどのような事件であるかは、わたくしにも読み取ることができません」

「またデビルドラゴンが襲ってくるのか? 彼らを殺そうとして」

 とロムド王が尋ねました。

「かの竜の気配はいたしません……。ですが、このたびの赤いドワーフの戦いでもおわかりのように、闇の竜は巧妙になっております。自身の気配を隠しながら、邪魔な勇者殿たちを抹殺しようと企てることもあるのです。わたくしにはなんとも申し上げられません」

「メイで何が起きるか、その先読みはできないのか?」

 と今度はゴーリスが尋ねました。返答によっては、今すぐにも援軍を率いてまた出発していきそうな勢いです。占者の青年は首を振りました。

「わかりません。勇者の一行に訪れる未来は、いつも占盤には現れてこないのです。まるで、あの方たち自身が、自分の手で未来の扉を押し開いていくようです……。ただ、彼らが向かっているメイに、一つだけ、はっきりと見えている象徴があります」

 それは!? と全員がいっせいに尋ねました。この青年は目には映らない象徴をこの世ならない場所に見て、それを通じて未来を占っていくのです。

「邪悪なものではありません。光り輝く白い一角獣が、行く手で彼らを待ちかまえているのです」

「一角獣?」

 と全員はまた聞き返しました。予想外の象徴でした。

 

 けれども、すぐにロムド王が言いました。

「メイは謎と伝説に充ちた国だ。その中には、一角獣伝説と呼ばれるものもある。一角獣は聖なる怪物と言われている。彼らはメイで闇を倒す手がかりを見つけるのかもしれぬな」

 すると、ユギルはうつむいたまま言いました。

「陛下のおっしゃるとおり、一角獣は聖なる存在です。象徴も清らかに輝いていて、邪悪な気配はまったく感じられません。ですが……その一角獣は鋭い角の生えた頭を下げて、殿下や勇者殿たちの象徴に襲いかかろうと身構えているのです」

 一同はまたびっくりしました。金の石の勇者は、聖なる力を味方にして闇と戦う光の勇者です。そこに聖なる怪物が襲いかかるというのはどういうことだろう、と考えます。もっと詳しく知りたいと思うのですが、大陸随一と名高い占者の青年にも、それ以上の未来を読み取ることはできません。

「メイで彼らに何が起こるというのであろうな?」

 と言って、ロムド王は執務室から南西の方角へ遠く目を向けました――。

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