その森は不思議な色をしていました。
若葉が萌え出す季節だというのに、木々は黄色い葉におおわれているのです。木の幹が白いので、まるで秋口の白樺のようにも見えますが、その葉は年中、黄色から変わることがありません。真冬に葉を落とすこともありません。風に揺れる梢が、日の光を返して金色に輝きます――。
その金の森の中を、ひとりの若い騎士が馬で進んでいました。鎧兜は白、乗っている馬も全身白ですが、騎士がまとったマントだけは赤い色です。鞍の横につけた盾には、十文字の上に城を配した、メイ国の紋章が描かれていました。
騎士は一人きりでした。うつむきがちに馬を進めていますが、兜の面おおいを下ろしているので、その顔を見ることはできません。白い木々が連なる景色の中、騎士の赤いマントが際だちます。
やがて、騎士は湖の畔(ほとり)に出ました。周囲を金色の木々に囲まれて、水面が青く空を映しています。騎士は馬を木につないで、歩いて岸辺へ行きました。少しの間、湖面を眺めてから、おもむろに兜を脱ぎます。
とたんに、ばさりと金色が背中に流れました。背中の中程まで届く長い金髪です。騎士はうるさそうにそれを後ろへ払うと、今度はマントと腰の剣を外し、鎧を脱いでいきました。慣れた手つきで留め具を外して、体をおおっている防具を足下に置いていきます。さらに、鎧の下に着ていた鎖かたびらも脱ぐと、騎士は布の服を着ただけの姿になりました。目の前の湖や空と同じような、青い上衣を着ています。
ところが、騎士はその服も脱ぎ始めました。上衣を脱ぎ、短いブーツとズボンを脱ぎ、さらに下着まで脱いでしまいます。衣類はすべて小山にした防具の上に重ねます。
そうして、騎士は深い溜息をつきました。意外なほど高くて柔らかな響きです。一糸まとわぬその体は、抜けるように白い肌をしていました。背中や腰やほっそりとした手足は、優しい曲線を描いています。春の日差しが丸く盛り上がった胸に降りそそぎます。
騎士は若い女性だったのです――。
女騎士は湖へ入っていきました。水へ素足を入れたとたん、その冷たさに立ち止まり、すぐにまた先へ進み始めます。膝、太もも、腰と次第に水の深い場所まで歩いていくと、ふいにその姿が見えなくなりました。水に潜ったのです。二、三秒水に沈んでから立ち上がり、息を整えて、また潜ります。そんなことを何度か繰り返すと、彼女は水の中に立ったまま、両手で水をすくって体にかけ始めました。肩からかけられた水が、白い肌の上を滑り、無数のしずくになって湖に落ちていきます。
日差しはあっても、四月の湖はまだ刺すような冷たさです。風が濡れた体や髪に吹きつけて体温を奪っていきます。女騎士は震えながら水浴びを続けていました。紫色になった唇の奥で歯が鳴り続けています。
すると、彼女はまた湖に潜りました。今度はかなり長い時間、水の中にいて、息が続かなくなったところで立ち上がります。そうして、しずくのしたたる両腕を伸ばし、対岸の森へ呼びかけます。
「おいで……ここへ出ておいで……」
何故だか今にも泣き出しそうな、せつない響きの声でした。
金色の森は風にざわめいていました。木立の奥から姿を現すものはありません。
彼女は水の中で立ちつくしました。唇をかんで、うつむきます。
水面に銀の波紋を広げたのは、濡れた髪から落ちるしずくだけではありませんでした――。