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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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エピローグ 別れ

 ジタン山脈は春の日差しに明るく照らされていました。戦闘が終結した山や森は、鳥の声や風のざわめきで充たされています。そこに集まる人々の顔も、今はもう穏やかでした。

「あぁ、終わった終わった! 滅茶苦茶でかい戦いだったな!」

 と伸びをしたゼンに、メールがうなずきました。

「何千、何万って大軍だったもんねぇ。父上たち海の戦士だって、これだけの規模の戦闘はなかなかやらないよ」

「それに、たった一ヶ月の間にずいぶん移動したのよ、私たち。神の都のミコンを出発して、サータマンから国境の雪山を越えて、このジタンまで来たんだもの」

 とルルが言うと、ポチが尻尾を振ります。

「ワン、そのおかげでジタンは守れたし、ドワーフとノームはすっかり仲良くなったし。申し分ないですよね」

 すると、そこへオリバンとゴーリスがやってきました。彼らは救援に駆けつけたザカラス軍の司令官と会談してきたのです。どうでした? と尋ねるフルートにオリバンが答えました。

「ザカラスに援軍を要請したのは父上だ。それを受けて、アイル王が即座にこれだけの軍隊を派遣してくれたのだ」

「アイル王が――」

 とフルートたちはザカラスの新しい王の顔を思い出しました。焦るとすぐことばにつまずく、なんだか頼りなさそうな王ですが、実は非常に賢い人物なのです。

 ゴーリスが言いました。

「俺たちが殿下やおまえたちの命を狙うザカラス軍と戦ったのは、一年半前のことだ。あの時と同じこのジタンで、今度はザカラス軍が俺たちを助けてくれた。王が変わればこうも変わる、ということだな」

 フルートたちはほほえみました。そう、あの時、死神の集団のように見えた黒い軍勢が、今回は限りなく強く頼もしく見えたのです。

 

 すると、別の方から深緑の魔法使いがやって来て言いました。

「ようやくロムド城と連絡がつきましたじゃ。闇のドワーフが言っていたとおり、王都はサータマンの飛竜部隊と疾風部隊の襲撃を受けておりました。ですが、白たちや魔法軍団が守ったおかげで城に損傷はなく、都の被害も最小限ですんだということです。都の前で激戦が起きて、多くの戦死者が出ましたが、近隣の諸侯の私兵や、最後にはエスタ国からの援軍が駆けつけて、サータマン軍を制圧したそうですじゃ」

「あっちにはエスタからの援軍か」

 とオリバンが感心すると、深緑の魔法使いが穏やかに言いました。

「エスタ王は風の犬の戦いの時に、真実の錫(しゃく)にかけて、ロムドの良き隣国になる誓いを立てました。その誓約に従って、王の判断で救援を送ってくれたのですじゃ。エスタには闇の石にも負けない占者がいたようで、その占者がディーラの危機を見抜いておったようですの」

「ほう? ユギルが悔しがっているかもしれないな」

 とオリバンが言います。

 

 そこへ、今度は毛皮の上着に茶色の髪とひげのドワーフがやって来ました。ビョールです。

「ドワーフとノームの準備が整った。頼むぞ」

 とポポロに声をかけます。少女は、ぱっと顔を赤らめましたが、すぐに、はい、とうなずくと、他の仲間たちと一緒に、ビョールの後についていきました。

 以前、フルートたちが時の岩屋へ降りていく通路を開いた山の斜面に、赤いドワーフたちが集まっていました。百人近い、屈強の男たちです。大きな荷物や掘削の道具も山と積まれています。

 そばには青い上着を着たノームたちも一緒にいました。ラトムがフルートたちを見て言います。

「ようよう、おまえたち! 急なことだが、ここでお別れだ! 俺たちノームも赤いドワーフと一緒に時の岩屋へ行くことにしたからな! ドワーフたちと一緒に魔金を掘るんだ!」

「ラトムたちも!?」

 とフルートたちは驚きました。初めて聞く話だったのです。

 ビョールが笑いながら言いました。

「ここにいるドワーフとノームたちは兄弟の契りを結んだから、もう一つの家族も同然だ。協力して魔金の採掘と加工をすることに決まったんだ」

 へぇぇ、とフルートたちはまた驚き、ちょっと心配顔になりました。ゼンが尋ねます。

「でもよ、ラトムたちは、サータマンに自分の家があるんだろう? それはどうするんだよ」

「かみさんたちにこっちに来させるさ。なにしろ山は広いし仕事はいっぱいある。村中でこっちへ引っ越してきても、何も問題はないだろう」

「俺たちも、時の岩屋から地上まで通路を開いたら、北の峰から家族を呼ぶことになっているんだ」

 と赤いドワーフの一人が言いました。この後、地下に降りた移住団のリーダーになる男です。北の峰へ戻っていくビョールや猟師たちに言い続けます。

「女房や子どもたちの案内をよろしく頼むぞ。その時に、もっとたくさん掘削の道具を持ってきてくれ。戦闘なんかに使ったせいで、かなり壊れてしまったからな」

「刃こぼれを研ぎ直すくらいなら、すぐにやってやるぞ。なにしろ俺は研ぎ師だ」

 とラトムが胸を張り、すぐに真顔になってフルートやオリバンたちに言いました。

「今回の戦闘で、この山に魔金があることは人間どもに知れ渡ってしまっただろう。おまえたちが言うとおり、ジタンを人間に渡すわけにはいかない。そんなことになったら世界中が大戦争だ。俺たちノームがドワーフと一緒にいれば、またサラマンドラを召喚することができる。聖獣に守られている山となれば、人間も欲深の闇のドワーフも、うかつに手出しはできないからな」

 オリバンはうなずきました。

「なるほど。確かにそれは非常に心強い……。しかも、今回の戦闘で、ロムドとザカラスとエスタが真の同盟国であることが周知のことになった。いくらジタンが宝の山だと言っても、この三国を敵に回してまで奪おうという国は、まず現れないだろう」

 すると、ゴーリスがラトムたちに言いました。

「ノームの家族については、早急に陛下に取りはからっていただこう。ノームの村はサータマンにあるが、サータマンはロムドに敗れたからな。こちらの条件通り、ノームの家族を安全に連れてくることができるだろう」

「よろしく頼むぞ」

 とラトムが言いました。口癖の驚き桃の木は出てきません。人間にだって信用できる者たちはいる、とノームは信じるようになったのです。

 

 ドワーフとノームの見送りには、フルートたちだけでなく、ロムド兵たちも集まっていました。それを見回しながら、赤いドワーフのリーダーがまた言いました。

「俺たちは、魔金の鉱脈があるこの山に、ニール・リー山と名前をつけた。俺たちドワーフを守って戦死した、二人のロムド兵の名前をもらったんだ……。俺たちはロムドの戦士たちの勇気と友情を、山の名と共にずっと語り継いでいこう」

 それを聞いてロムド兵たちはいっせいにうなずきました。死んだ戦友の名が山に残ると聞いて涙を流す者もあります。ゴーリスが片手を胸に当てて一礼しました。

「ドワーフの友情に感謝する。死んだ二人も死者の国で誇りに思っていることだろう」

 フルートは自分の胸の上のペンダントを見て、そっと唇をかんでいました。大戦闘から一夜明けて、金の石はぼんやりと光り出していました。まだ弱ってはいますが、目覚めて癒しの力を取り戻したのです。それで大勢の怪我人を治すことができましたが、二人のロムド兵だけは手当が間に合わなくて、救うことができなかったのです。死んでいった二人が山に自分の名前を冠されて本当に喜んだのかどうか。それを知ることは永久にできません。

 

 それじゃ頼むぞ、と赤いドワーフのリーダーに言われて、ポポロが進み出ました。山の斜面に向かって手を伸ばします。

「ケラーヒヨロウツデマーヤワイノキト」

 とたんに、指先から緑の光がほとばしり、斜面に突き刺さっていきました。轟音と共に地中へ通路が出来上がっていきます。あまりのすさまじさに、ドワーフたちでさえ後ずさります。

 通路が完成すると、ポポロはまた呪文を唱えました。

「ヨーセクゾイーケデマルリオガラレーカ」

 うん? と仲間たちはポポロを見ました。魔法で通路を作った後、継続の魔法をかけたのですが、呪文がいつもと少し違っていたのです。すると、ポポロが言いました。

「ドワーフとノームが地下の岩屋へ入ったら通路が消えるようにしたのよ……。余計な人や怪物が入り込んでしまったら大変だから」

「ありがとう、魔法使いのお嬢ちゃん。落ち着くまでは、安全にも手が回りきらないところがあるだろうからな。助かる」

 と赤いドワーフのリーダーに感謝されて、ポポロが真っ赤になります――。

 

「じゃあな。達者でいろよ」

「家族が到着するまでには、地下の岩屋までちゃんと開通しておくからな」

「魔金が採れ始めたら北の峰にも送るから、楽しみにしていろよ」

 ドワーフとノームたちが荷物を背負い、挨拶を残して次々に通路を下っていきました。見送る人々の前から地下へと姿を消していきます。

 ラトムは一番最後まで残って、フルートたちを見ていました。彼らが挨拶してくれるのを待っていたのですが、少年少女と犬たちは何も言えませんでした。サータマンの国からここまでずっと一緒だった陽気なノームと、別れがたい気持ちになっていたのです。さようなら、元気でね、ということばがどうしても口から出てきません。

 すると、ラトムの方から口を開きました。

「また来い、おまえたち。その時には、ニール・リー山は立派な鉱山になってるぞ。おまえらが感心するようなすばらしい道具や武器も、きっとたくさん見せてやるからな」

「うん、きっと」

 とフルートは笑顔を作ってうなずきました。

「見せるんなら、とびきりすばらしい道具を見せろよ。ちょっとやそっとのもんじゃ、俺たちは感心しねえからな!」

 とゼンもわざと陽気に答えます。彼らのほほえみに見送られて、ラトムも通路の中に下りていきました。やがて音もなく通路は消え、山の斜面は元通りになりました。どこに入り口があったのか、まったくわからなくなってしまいます。

 フルートたちはうつむきました。黙って目をしばたたかせ、こみ上げてきた涙を地面に落とします。

 

 すると、地面からひょっこりまたラトムが顔を出しました。少年少女たちを見上げて大声を出します。

「驚き桃の木山椒の木! 何を泣いているんだ、おまえら!? また来いと言ってるだろうが! それとも、もう二度と俺たちと会わないつもりでいるのか!?」

 フルートたちはびっくりして、あわてて首を振りました。驚いた拍子に涙が引っ込んでしまいます。

 ラトムは地面から上半身だけ出した格好で彼らに笑って見せました。

「そうだ、また会おうな、勇者の坊主たち。だから、無事でいるんだぞ。怪物や闇の竜なんかに負けるんじゃないぞ」

「ラトム――」

 フルートたちも笑顔になりました。よしよし、とラトムはうなずくと、皆に手を振って地面の中へ消えていきました。今度は本当に地下の岩屋へ向かったのです。

 

 淋しさと笑いが入り混じった気持ちでいたフルートたちに、オリバンが話しかけました。

「この後、おまえたちはどうするつもりだ?」

「別に予定はないです。デビルドラゴンを倒す方法は探しているけれど、特にあてはない旅ですから。オリバンたちはどうするんですか?」

 とフルートは聞き返しました。

「ロムドはこれからメイとサータマンの両国と交渉を始めることになるから、メイの軍師やサータマン軍の要人をディーラへ連行する。その責任者はゴーラントス卿だ。深緑の魔法使いとドワーフ猟師が道中の護衛をすることになっている」

 それを聞いてメールが首をかしげました。

「オリバン、あんたは? 今の話だと、あんたの役目がない気がするけど」

「私はメイへ行く」

 その答えに、フルートたちは驚きました。

「メイへ?」

「どうして!?」

「メイの軍師が言っていたことが気になるのだ……。この戦いにメイは国の命運をかけていると言っていた。デビルドラゴンの誘惑に真っ先に乗ったのもメイの女王だ。メイで何か起きているのかもしれん。幸い、メイはここから近い。このままメイに潜入して、確かめてくる」

 そんな! とフルートたちはまた仰天しました。一国の皇太子が自ら敵国へ潜入するなど、あまりに危険すぎます。止めてもらおうと大人たちを見ると、ゴーリスと深緑の魔法使いが肩をすくめ返しました。実は皇太子は前の晩からこれを言い出していて、どれほど彼らが説得しても聞き入れようとしなかったのです。

 あわてる少年少女たちを見て、オリバンは、にやりとしました。大きな手でフルートとゼンの肩を捕まえて言います。

「ということで――おまえたちも私につき合え。どうせ行くあてがないなら、メイに行くのも一興だろう。私と一緒に来い」

 フルートたちはぽかんとオリバンを見つめました。驚きの連続で、なんだかもう声が出ません――。

 

 やがて、少年少女たちは誰からともなく笑い始めました。一つ二つと笑い声は増え、やがて全員が笑い出してしまいます。

「へへっ、今度の行き先はメイかよ!」

「面白そうじゃないのさ! 行ってみよう!」

「メイってどんなところかしら?」

「ワンワン、沈黙の国って呼ばれてる、謎の多い国ですよ」

「フルート――」

 と目を輝かせて見上げたポポロに、勇者の少年ははうなずき返しました。

「うん、決めた。次はメイに行く! オリバンと一緒だ!」

 ひゃっほう! と彼らは歓声を上げ、いっそう大きく笑いました。兄のような皇太子に抱きつき、飛びついて、大はしゃぎを始めます。そんな彼らを見て、ゴーリス、ビョール、深緑の魔法使いの三人の大人たちは、やれやれと苦笑いを浮かべました。

「まあ、この顔ぶれならば、きっとなんとかなりますじゃろう」

 と深緑の魔法使いが言いました。

 

 ジタン山脈に日差しは降りそそぎます。春の色合いが濃くなってきた青空で、ヒバリが声高くさえずっていました――。

The End

(2008年10月24日初稿/2020年3月24日最終修正)

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