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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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96.友

 突然切り込んできた戦士に後ずさった軍勢が、また押し寄せてきました。どれほど強くても戦士はたった一人です。数で倒そうとします。

 フルートはまた剣をひらめかせました。迫る剣を跳ね返し、敵に切りつけます。オリバンもフルートと背中合わせに立つと、襲ってくる敵を片端から切り倒しました。片腕にはメイの軍師をまだ抑え込んだままです。

 すると軍師が声を上げました。

「ぐずぐずするな! 馬で突進して踏みつぶすんだ!」

 そうすれば自分も一緒に踏み殺されるのに、そんなことを言います。さすがに、味方の兵たちの方がたじろいで二の足を踏みました。

 漂う霧の中、雨は降り続いています。視界がどんどん悪くなっていきます。

 そこへ、雨より大きな音を立てて、色とりどりの花が降ってきました。フルートとオリバンを囲んで、襲いかかってくる剣をさえぎります。花鳥に乗ったメールとゼンが頭上まで飛んできていました。

「待ってな! 今引き上げてあげるからさ!」

 とメールが手を振りました。フルートたちを囲む花が網に変わり、彼らを馬の上からふわりとすくい上げます。網の先端は上空で羽ばたく花鳥につながっています。

 すると、軍師がまたどなりました。

「これは花だ! 火矢をかけろ!」

 たちまち地上の軍勢から燃える矢が何十本も飛んできました。弓矢部隊の兵士は、いつでも火矢を使えるように火種を持ち歩いていたのです。炎が花鳥に燃え移り、花が一気にばらばらになります。フルートたちもメールとゼンも地上に落下します。

「花たち!」

 とまたメールが声を上げました。燃え残った花がまた集まり、落ちていく彼らの下に集まります。ところが、そこにも火矢がかけられました。花はかろうじて彼らを受け止めましたが、次の瞬間、燃え上がって地面に散っていきました。ゼンがあわてて周りから燃える花を払いのけます。メールは呆然と座り込みました。使える花がなくなってしまったのです。

 フルートとオリバンは跳ね起きました。敵に向かって剣を構えます。馬に乗った千数百の軍勢が彼らの周りを囲んでいます。雨は降り続きます。彼らがここから逃げ出す方法はもうありません――。

 

 フルート! とポポロの声が聞こえました。彼女にももう使える魔法はありません。ポポロ、とフルートがつぶやくように答えます。

 すると、ポポロが言いました。

「フルート! 味方よ! 味方が来るわ――!」

 その声は他の仲間たちにも聞こえていました。えっ、と思わず自分の耳を疑っていると、今度は戦場いっぱいに老人の声が響き渡りました。

「ロムドの皆様方、援軍ですぞ!! 援軍が来ましたわい!!!」

 フルートたちにいっせいに襲いかかろうとしていた敵が、ぎょっと立ち止まり、あたりを見回しました。深緑の魔法使いの声を裏付けるように、たくさんの角笛の音が響き渡ったのです。雷がとどろくような蹄の音も響いてきます。

 まだオリバンに抱えられていた軍師が叫びました。

「ええい、幻覚だ! またこいつらが目くらましの魔法を使っているだけだ!」

 すると、彼らのすぐそばに突然深緑の魔法使いが姿を現して言いました。

「いいや、違いますぞ、メイの軍師殿。これは本物の援軍ですじゃ」

 手にした樫の杖で、どん、と地面を突きます。

 とたんに、さーっと霧が晴れていきました。雨がやみ、あたりが明るくなり、見通しが効くようになっていきます。

 

 メイとサータマンの兵士たちは誰もが愕然としました。千数百騎の彼らの前に、その十倍以上もある新たな軍勢が姿を現していたのです。黒い鎧兜に身を包んだ大規模な騎馬隊です。怒濤の勢いでジタン山脈の麓に駆け上がって、彼らを取り囲んでいきます。

 ドワーフやノームを包囲していた者たちは、すでに黒い兵士と戦っていました。あっという間に切り倒され、制圧されてしまいます。

 呆然とするフルートたちに切りかかってきたサータマン兵がいました。破れかぶれで襲ってきたのです。深緑の魔法使いが魔法でそれを跳ね返します。

 オリバンは尋ねました。

「あ――あの味方はなんなのだ!? あの黒い軍隊は――」

 ひゃっほう! と声を上げたのはゼンでした。メールとフルートも目を輝かせています。

「やだね、オリバン。黒い鎧兜の軍隊ってったら、決まってるじゃないのさ!」

「あれはザカラス軍だ!」

 強い風が吹いて、最後の霧を吹き払っていきました。降りそそいできた日の光の中、黒い軍勢のあちこちで、西隣のザカラス国の旗印が鮮やかにひるがえっていました――。

 

 ロムド城の執務室でずっと占盤をのぞき続けていたユギルは、思わず息を呑みました。自分の目を疑ってしまいます。

「どうした!?」

 と鋭く聞き返すロムド王に、ユギルは何度も占盤を見直してから答えました。

「西からジタンへ援軍が駆けつけました……。その数、およそ二万……ジタンの敵を制圧しました」

 言いながら、まだ自分の目が信じられないでいます。ジタンはずっと闇に隠されていました。しかも、ついさっきまで、ユギルはディーラ攻防戦の占いの方に集中していたのです。さすがの彼も、この短い時間では、ジタンをめぐるすべての動きはつかみ切れていませんでした。それに、この援軍の象徴は――

「ザカラス軍だな。間に合ったか」

 とロムド王が言ったので、ユギルはまた仰天しました。

「陛下、何故それを――!?」

 と言いかけて、はっと気がつき、まじまじと王を見つめます。

「ザカラスに援軍を要請なさっていたのですね、陛下? いつの間に……」

「そなたに言われてワルラ将軍の部隊を呼び戻した直後だ。援軍が来なければジタンの者たちが全滅する、とそなたは予言したからな。だが、そなたはロムド軍を王都から動かしてはならんとも言う。それならば、ジタンに最も近い場所にいる朋友に助けを求めるしかなかろう」

 するとリーンズ宰相も言いました。

「先日のザカラス王の戴冠式の際に、アイル王は友好のしるしとして、王妃様に伝声鳥を預けてくださっていたのです。何事かあれば、それを通じてザカラスに救援を求めるように、と。ですが、本当に要請に応じてもらえるかどうか保証はありませんでしたから、大変心配しました」

 こちらは心底安心したという顔の宰相です。

 ユギルは、自分に何も知らせずに密かに手を回していた王と宰相を、呆気にとられて見つめてしまいました。何と言っていいのかわかりません。すると、ロムド王が言いました。

「怒るな、ユギル。そなたに教えれば、その援軍もオリバンへ送ってはならない、と止められるかもしれんと思ったのだ」

 王の顔に、ちらりと親心がのぞきます――。

 

 ユギルは苦笑いをしました。普段ならば、そういった味方の動きも占いで読み取れたのですが、変化の激しい戦闘を相手にしていたので、とてもそこまで手が回らなかったのです。本当に、何をどう言っていいものやらわかりません。わからないので、代わりにまた占盤をのぞいてこう言いました。

「では、この東からの援軍も陛下がお呼びになったものだったのですね。王都に到着したようですが」

「東からの援軍!?」

 ロムド王とリーンズ宰相は同時に聞き返しました。それは王たちの知らないことでした。

「それはいったい――」

 と占者に尋ねようとすると、執務室の中に白の魔法使いの声が響きました。

「陛下、東からディーラに援軍が到着しました! その数およそ二万五千! エスタ王から命じられて救援に駆けつけた、との連絡が入りました!」

 こちらは東隣のエスタ国からの援軍だったのです。城の中にいても、とどろくような声が遠く聞こえてきます。ロムドの軍勢が、東から駆けつけてきた味方に力を得て、いっせいに鬨の声を上げたのでした。

「エスタ王の……」

 とつぶやくロムド王に、ユギルが占盤を見ながら続けました。

「我が軍とエスタ軍が相手では、敵に勝ち目はございません。サータマン軍は間もなく投降いたします――。王都は守られました」

 未来を告げる占者の声に、ロムド王は深くうなずきました。

「西のザカラス、東のエスタ。我々は友に助けられたな」

 静かな声でした。

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