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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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95.包囲

 ロムドの人間たちとドワーフとノーム、そして勇者の少年少女たち。わずか百数十名の集団に、千数百の軍勢が襲いかかっていきます。その大半は馬に乗った騎兵です。ずっと対立していたメイ軍とサータマン軍が、メイの軍師チャストの下で一つの軍隊にまとまっています。

 人と馬の輪が急速に狭まる中、チャストの声がまた響きました。

「全軍停止! メイ第三部隊とサータマン第八部隊、行け!」

 狭い場所に集まるロムド勢に大軍が全員で攻撃すれば、逆に大混乱になって味方に損害が出ます。チャストは大半の兵に包囲網を作らせ、最前列にいた部隊に攻撃を命じたのです。二つの国の部隊が声を上げて突撃を開始します。

 

 とたんに激しい炎が彼らの行く手をふさぎました。馬が驚いて立ち止まります。彼らの前に一人の少年が飛び出していました。金の鎧兜を身につけて、大きな黒い剣を握っています。

「来るな!」

 とフルートは叫んで剣を振りました。切っ先から火の弾が飛び出して、また燃え上がります。激しい炎に馬が後ずさります。

 ところが、それとは反対側から襲いかかってくる敵がありました。座り込んだまま動けなくなっているドワーフとノームに切りかかろうとします。

 そこへ飛んでいったのは白い矢でした。ドワーフたちの後ろから遠慮もなく撃ってきて、連合軍の兵士を正確に射抜きます。

「近づくなよ! こっちは雨の中だろうが、味方がいようが、全然平気で撃てるんだからな!」

 とゼンがどなりながら矢を連射しています。

 別の方向から迫ろうとする連合軍には花の群れが襲いかかっていました。メールが、両手を高く差し上げて花を操っています。花が蔓を伸ばし、馬と兵士を絡め取ってしまいます。

 さらに別の方向ではオリバンとゴーリス、そしてロムド兵が猛然と戦い始めていました。剣がうなるたびに血しぶきが飛び、悲鳴が上がります。その足下をポチとルルの二匹の犬が走り、敵の馬の前足にかみつきます。馬に振り落とされた兵士に、ロムド兵が切りつけます。

 

 深緑の魔法使いは必死であたりを見回していました。自分の魔法を邪魔する闇の石を探していたのです。けれども、雨が降っている上に濃い霧が漂っていて、見通しが効きません。わずか一センチ足らずの小さな闇の石を見つけ出すのは、目の良い彼にも非常に困難です。

 戦いは激しさを増していました。ロムド勢は勇敢に戦っていますが、人数の差は歴然です。じきに押されて逆転されるでしょう。早く魔法を復活させなくては、と魔法使いは焦ります。

 すると、小柄な少女が呼びました。

「ここ! ここです、深緑さん――! 闇の石よ!」

 ポポロが指さす先に小さな黒い石がありました。黒い朝露のように草の葉の上で光っています。深緑の魔法使いは駆け寄ると、即座に杖を向けました。

「消滅せい!」

 たちまち闇の石が砕けて消え、周囲に深緑の光の壁がそそり立ちました。ドワーフとノーム、そしてポポロと深緑の魔法使い自身を包んでいきます――。

 

「いかん」

 とビョールがうなるように言いました。

 彼ら自身は光の壁にまた守られ始めましたが、戦う者たちはその外側にいたのです。ロムド兵もオリバンたちもフルートたちも、周り中を敵に取り囲まれています。いくら退けても倒しても、きりがありません。

 ロムド兵の一人が敵に切られました。血しぶきと悲鳴を上げて地面に倒れます。

 メールも悲鳴を上げました。花を操っている背後を敵兵に襲われたのです。地面に押し倒されてしまいます。

「死ね、この魔女――!」

 と緑の鎧を着たサータマン兵が剣を振り上げました。花が間に合いません。

 すると、そこへ白い矢が飛んできて、サータマン兵の肩を貫きました。兵士が悲鳴を上げて倒れます。

「大丈夫だったか!?」

 とゼンがメールに駆けつけて引き起こしました。その周囲をまた敵が取り囲みます。矢ではもう間に合わなくて、ゼンはショートソードを引き抜きました。襲いかかってきた敵兵に切りつけます。

 血みどろの戦いは続きます。複数の敵に囲まれたロムド兵がまた一人切り倒されました。どれほど勇敢に戦っても多勢に無勢。ロムド勢は大軍の前に敗れ去ろうとしています。

 

 光の壁の中でまたうめくような声が上がりました。座り込んでいたドワーフたちが必死で立ち上がろうとしていたのです。地面に膝や手をつき、すさまじい形相で起き上がってきます。

「彼らだけで戦わせておけるか――」

「俺たちの山は俺たちが守るんだ」

「あいつらだけを死なせるか!」

 よろめく足を踏みしめ、ふらつきながら駆け出して、深緑の光の壁へ突撃します。守りの壁は、内側にいる者も跳ね返してしまいます。ドワーフたちは地面に倒れましたが、またすぐに立ち上がって壁に押し寄せました。渾身の力で守りの壁に体当たりします。

「やめんか!」

 と深緑の魔法使いが叫びました。強力な魔法の壁が、百人ものドワーフの激突に大きく揺れ動いていました。ひょっとしたら、肉体の力だけでなく、ドワーフたちの想いの力も作用していたのかもしれません。彼らは自分たちを守る壁を打ち破り、人間たちを助けようと死にものぐるいだったのです。

 その様子にノームたちは目を見張っていました。彼らは呪文の歌に力を奪われて、本当に身動きすることさえできなくなっています。それはドワーフたちだって同じはずなのに、彼らは何度でも歯を食いしばって立ち上がり、壁に体当たりを繰り返すのです。

「驚き桃の木――」

 と言いかけて、ラトムもそれ以上は何も言えなくなります。

 どぉん、と音を立ててドワーフたちが壁にぶつかりました。光の壁がまた大きく揺らぎます。

 

 それを見たオリバンは、いきなり近くの敵兵を鞍からたたき落とし、奪った馬にまたがりました。大剣をふるって敵のど真ん中へ切り込んでいきます。

「殿下――!?」

 ゴーリスやロムド兵たちは驚きました。あわてて後を追おうとしますが、敵に阻まれて激戦に引き戻されます。

 皇太子が突進していった先には赤い衣の軍師がいました。オリバンが兵を切り倒して迫ってくるのを見て、あわてて逃げ出します。そばにいたメイ兵がオリバンに切りかかりますが、すぐに切り伏せられてしまいます。

 オリバンは軍師に追いついて太い腕を首に回すと、ぐいと剣を突きつけてどなりました。

「攻撃をやめさせろ! さもないと貴様の命はないぞ!」

 周囲にメイ兵とサータマン兵が群がり、オリバンに剣を向けます。けれども、オリバンは軍師だけを見つめ、軍師だけに言っていました。

「今すぐ攻撃をやめろと言っているのだ。この場で貴様の首をはねられたいか!?」

 軍師に向けた剣は殺気を放っていました。決して口先だけの脅しではないのです。けれども、軍師は冷や汗を流しながら言いました。

「私を殺しても、次の瞬間にはおまえが串刺しだ、ロムドの皇太子。おまえたちに勝ち目はない」

「だが、その前に貴様は確実に死んでいるぞ」

 とオリバンが答えます。捨て身の駆け引きでした。

 すると、軍師は皮肉に笑いました。

「甘いな、ロムドの皇太子――。私は連合軍の司令官でも将軍でもない。ただのメイの軍師だ。私の命ひとつを救うために、兵士たちが勝ち戦を捨てたりするものか。我々はなんとしてもジタンを制覇しなくてはならない。我が国の命運をかけた戦いだ。手ぶらで負け帰れば、我々には厳しい罰が待っているのだからな」

 なに、とオリバンは眉をひそめ、周囲を見回しました。兵士たちは彼らを取り囲んだままでした。剣を引く様子はありません。――ひょっとしたら中にはためらう兵士もいたかもしれません。けれども、軍師のことばが彼らの迷いを断ち切りました。降りしきる雨の中、冷たく光る無数の切っ先が、じりっと彼らに迫ります。

 さあ、やれ! と軍師は連合軍へ叫ぼうとしました。我々の勝利だ、ロムドの皇太子を殺せ――! と。

 

 ところが、それより早く、取り囲む兵士たちの後ろから声が上がりました。悲鳴です。

 激しい蹄の音と共に一頭の馬が駆け込んできました。馬が進む前で次々と悲鳴が上がり、兵士たちが落馬していきます。まるで突風が人と馬を吹き散らしていくようです。

 銀の刃がひらめいて、最前列の兵士が馬から落ちました。それを飛び越えて、馬に乗った人物が姿を現します。意外なくらい小柄な戦士です。包囲網の真ん中まで来ると、くるりと向きを変え、剣を高く掲げて叫びます。

「下がれ! オリバンに手出しはさせないぞ!」

 剣を握る腕は金の鎧に包まれています――。

 オリバンは自分の目を疑いました。それはフルートでした。あれほど人と戦うことを嫌い、人を傷つけることに悩んできた少年が、敵兵を何十人も切り倒してここまで来たのです。

 メイ兵が雄叫びを上げて切りかかってきました。フルートはがっしりと受け止めると、押し返して剣を振り下ろしました。悲鳴と共に血しぶきが上がります。

「おい」

 と思わず声を上げたオリバンを、フルートが振り向きました。敵の血はその顔の上にも飛び散っています。

「だってしょうがないでしょう。オリバンを死なせるわけにはいかないもの」

 そう言って笑って見せた少年の表情は、今にも泣き出しそうに見えました――。

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