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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第26章 最終決戦・2

93.占盤

 王都ディーラでは、都と城を巡る攻防戦がまだ続いていました。サータマンの飛竜部隊が飛来しては攻撃を繰り返し、街壁の外では何万という兵士たちが戦い続けています。

 飛竜たちは光の壁にさえぎられて、都に入り込むことができませんでした。闇の鏡が壁に開けた穴もふさがれてしまいました。新たな穴を開けようと攻撃を繰り返しているところへ、空から魔法軍団の稲妻や火の玉が降ってきます。飛竜が、矢を受けた鳥のように、次々空から落ちていきます。

 

 その様子を、ユギルは占盤の上に眺めていました。闇の石がサータマン軍の中から消え去ったので、象徴を通じて敵の動きが手に取るようにわかります。城の執務室にいる人々へ戦況を伝えます。

「飛竜部隊はすでに初めの半分以下まで減っております。都の前で戦う疾風部隊はおよそ六千、それに対抗する我が軍も、駆けつけてきたワルラ将軍の部隊と近郊の諸侯の私軍を合わせて約六千。人数としては五分と五分の状態です」

 占盤の上で象徴が戦い続けていました。闇の石が消えて、味方の攻撃が敵に当たるようになっています。けれども、それは戦いが通常の状態になったというだけのことです。特に、超常的な力に守られなくなった都の外の戦闘は、人と人、武器と武器がぶつかり合って殺し合う乱戦になっていました。敵の象徴も味方の象徴も占盤の上から次々に消えていきます。戦闘はますます激しさと混乱を極めていきます――。

「なんとしても敵を都に入れるな。街壁の外で防いで都を守れ!」

 とロムド王が言います。それを同じ部屋にいる魔法使いが、各部隊の指揮官たちに魔法の声で伝えます。

 先に光の壁の穴から都に入り込んだ敵兵は、魔法軍団によって残らず倒されていました。都は魔法使いたちに強く守られています。戦いの勝敗は、都の前で繰り広げられる白兵戦の結果に移りつつありました。

 

「西へ向かった闇の石はどうなった? ジタンの様子は?」

 とロムド王が尋ねました。王都と同じくらいに心配する声です。ジタンの一行もサータマンとメイの連合軍から攻撃を受けています。そして、しばらく前から巨大な闇の力におおわれて、その様子が占盤からまったく見えなくなっていたのです。

「まだ何も見えません――相変わらず深い闇の中です」

 とユギルは答えて、そっと唇をかみました。

 ジタンに何が現れたのか、占者の青年には、はっきりとわかっていました。これほど巨大な闇を生み出す存在はたった一つしかありません。デビルドラゴンです。闇の石の中にかの竜が潜んでいたのだ、とユギルも気がついていました。ロムド国の西と東に分散していた闇の石がジタン山脈へ飛んでいき、そこで本来の姿を取り戻したのです。

 黒雲のごとくジタンをおおう闇を見ながら、ユギルは祈るような気持ちでいました。戦いの様子を見通すことはできません。その地にいる勇者たちや皇太子、ドワーフたちがどうか勝利しますように、とただ願います。

 

 すると、占盤の上でふいに闇が動き出しました。渦を巻くように回転を始めた闇に光が差し込みます。正義と光を守る天空の国が、突然ジタンのそばに姿を現して援助の力を送ったのです。闇の奥で、二度、緑の光がひらめくのが見えました。ポポロの魔法だと占者にはすぐわかります。期待して占盤を見つめますが、闇は相変わらず居座っていました。その下にいる人々を巻き込み、押しつぶそうとうごめいています。ポポロ様の魔法でもだめだったのか、とユギルは思わず絶望しました――。

 とたんに、闇の底から新たな力が湧き上がってきました。それは驚くほど大きな炎の輪でした。渦巻く闇を輝く火の中に呑み込んで、消し去っていきます。

 驚いて占盤を見つめ続ける青年の目に、闇に隠されていた象徴が見え始めました。金の光、銀の光、青い炎、緑の光、そして星の光と白い翼――勇者たちは全員健在でいます。そのすぐ近くに、オリバンやゴーリスと言った、よく知る人々の象徴もあります。さらに、ドワーフやそれとはまた別の人々を示すたくさんの象徴が見えてきました。消えていく闇の中で、味方の象徴がくっきりと浮かび上がっていきます。

 ユギルは歓声を上げました。

「ジタンから闇が消えます! デビルドラゴンが逃げてまいります――!」

 おお、と執務室にどよめきが上がりました。

 ロムド王が近寄って占盤をのぞきました。もちろん、王の目に象徴は見えません。それでも、占者が見るものを自分も見ようと目を凝らしながら言います。

「勇者殿たちが闇に打ち勝ったのだな? デビルドラゴンはジタンを去ったか?」

「天空の国からの助力でも、かの竜は去りませんでした。ですが、正体のわからない非常に強い炎が、皆様方の中から現れて闇を追い払いました。かの竜も炎に追われてジタンを離れました。殿下も、ゴーラントス卿も、深緑の魔法使い殿も……もちろん、勇者殿たちも他の方々も、皆様ご無事です。一人も欠けた者はありません」

 今度は執務室の全員が歓声を上げました。

 ロムド王が心底ほっとした顔になって言いました。

「やはり勇者たちがデビルドラゴンに勝ったか。さすがは金の石の勇者の一行であるな」

 フルートがそれを聞いたら、きっとこう言ったことでしょう。いいえ、陛下、違います。闇の竜を追い払ったのは、ドワーフとノームが呼び出したサラマンドラです。そして、サラマンドラを呼び出せたのは、全員が心と力を合わせて戦ったおかげなんです――と。

 執務室の外からは雷のような音がまだひっきりなしに聞こえていました。王都の攻防戦はまだ続いているのです。それを聞きながら、リーンズ宰相が言いました。

「あとはこちらが敵に勝つだけでございますね」

 いつも落ち着いている老宰相には珍しく、泣き笑いするような顔をしています。ジタンの人々の無事と勝利を聞いて、とても安堵したのです。

「全部隊にジタンの勝利を知らせよ。この勢いに乗って、一気に敵を撃退するのだ」

 とロムド王が執務室の魔法使いに言います。

 

 ……その時、ユギルはふと眉をひそめました。黒い大理石でできた円盤を見つめ直します。

 闇は去り、ジタンから消えていきます。よく知る人々を表す象徴が、ますます鮮やかに見えるようになってきます。

 その周囲に、まとわりつくように漂うものがありました。闇ではありません。もっと別の――危険の気配です。

 ユギルは目を凝らし続けました。危険はますます濃く強くなっていきます。蛇のように絡みつき、彼らを一つの未来へと連れ去ろうとします。

 それが「運命」と呼ばれる未来だということに、ユギルは突然気がつきました。闇の竜が追い払われて、一度は去ったように見えた危険な未来が、再びその扉を開けて、定めの中に人々を呑み込もうとしているのです。

「ジタンの皆様方にまた危険が迫っております!」

 とユギルは叫びました。執務室の人々が驚いて振り向きます。

「定めが手を伸ばして、皆様方を捕らえようとしております! このままでは逃げ切れません!」

 

 ロムド王は一瞬で真顔に戻りました。

「それはどのような危険だ!?」

「新たな敵が迫っております――」

 占者の青年は占盤の上を追いながら言いました。細い体が我知らず震え出します。占盤に現れる未来は、以前とまったく変わらない、一つの運命を告げていました。

「ジタンの皆様方は敗北します――。殿下もドワーフたちも――勇者殿たちも――一人残らず、戦いの果てに全滅してしまわれます――」

 占者は震え続けていました。それでも、未来を告げる声は、別世界から響いてくるように厳かです。

 執務室の人々は真っ青になり、声を失って立ちつくしました。

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