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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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92.合唱

 フルート! とポポロは悲鳴を上げました。

 ゼンとメールとラトム、オリバン、ゴーリス、ビョール、深緑の魔法使いも駆け寄ってきて、全員は空を見つめました。影の竜は羽ばたいています。その後ろにまた闇の雲が広がってきています。

「さっきより雲が小さいじゃねえか! 力をなくしてやがるんだろう、デビルドラゴン!」

 とゼンがどなると、竜が答えました。

「ソレデモ、オマエタチヲ全員吹キ飛バスニハ充分ダ。マトメテ黄泉ノ門ヘ送ッテヤル」

 ぴかり、と不気味な光がまた赤くひらめきます。フルートたちも、その周囲に立ちすくむドワーフやノーム、ロムド兵たちも、いっせいに息を呑みました。闇の力がまた彼らを狙っているのだと、肌ではっきりと感じたのです。

 犬に戻ったポチとルルが天空王を呼び続けていました。懸命に空へ叫びますが、もう助けはありません。天空の国も黒雲の陰に隠れて見えなくなっています。デビルドラゴンが言うとおり、天空王には何か制約があって、彼らにもう一度力を貸すことはできないのでした。

 全員の前に立って竜を見上げながら、フルートは考え続けていました。どうしたらいいんだろう? どうしたらみんなを助けられるんだろう!? 必死で考えを巡らし続けます。その間にも雲間に光はひらめき続けます。したたる血のように赤い光は、何かを連想させる色合いです……。

 

 すると、いきなり後ろからポポロが飛びついてきました。

「だめ、フルート!」

 とぎゅっと背中から抱きしめます。

 フルートは我に返り、自分がデビルドラゴンの罠に陥りかかっていたことに気がつきました。

 金の石が眠っている今、フルートは願い石で闇の竜を消滅させることはできません。仲間たちを救うことを願っても、闇の竜はただ別の場所へ追い払われるだけなのです。そして、願いを言ってしまったら、その瞬間に願い石はフルートの中から消えていきます。闇の竜は、唯一自分が恐れる魔石を消し去るために、フルートにわざと願い事を言わせようとしていたのでした。

 フルートは振り向いてポポロを抱き寄せました。願い石を使うわけにはいきません。震える少女の体を抱きしめて、どうしよう、と考え続けます。名案は浮かんできません……。

 

 雲が濃くなってきました。また赤い光がひらめきます。地上で見上げる者たちの顔を、血のような色に染め上げます。

 ラトムがつぶやいていました。

「驚き桃の木――もうだめだ。お助けを、鍛冶の神様、大地の女神様――」

 陽気なノームもさすがにもう、そんな祈りのことばしか口にできません。一緒に立つドワーフの間からも、同じようなことばが出ていました。

「大地の女神! 鍛冶の神! どうか俺たちを守ってくれ――!」

 けれども、彼らが信じる神々も救いの手を差し伸べてはくれませんでした。次第に速まっていく雲の渦の下、赤い光に照らされながら、彼らはなすすべもなく立ちすくみます。

 ビョールが空をにらんだまま短くうなります……。

 

 その時、フルートが、はっと顔を上げました。何かに思い当たった表情で言います。

「歌だ――」

 その声を仲間たちの少年少女と犬たちは聞きつけました。いっせいにリーダーに注目します。

「なに、フルート?」

「何を思いついたんだ!?」

「歌だよ! ドワーフとノームの歌だ!」

 とフルートは叫びました。

「あの歌――なんていう名前だったっけ!? あれを歌うんだ! ドワーフとノームで一緒に! 早く!!」

 全員はびっくりしました。何のことを言われているのか、とっさには誰にもわかりません。

「歌とは、大地の呼び歌のことか?」

 とビョールが尋ねました。ドワーフとノームが友人になった夜に、眠りに行くドワーフたちを見送ってノームたちが歌ってくれたものです。ドワーフたち自身もよく知っている歌でした。

「だが、なんだってまた――!?」

 こんなところで歌えと言うフルートの意図がわからなくて、ラトムが金切り声を上げます。

 すると、ゼンがどなりました。

「いいから歌うんだよ! こいつがそうしろって言ったときには、その通りにして間違いねえんだ!」

「そうだったな」

 とビョールも言って、仲間たちに呼びかけました。

「歌うぞ! 大地の呼び歌だ! ノームたちも一緒に歌え!」

 全員が面食らっている中で、声を張り上げて歌い出します。ゼンが足下のノームを捕まえて揺すぶりました。

「そら! ラトムも歌えよ! 早く!」

「ば、馬鹿もん、振り回すな! こ、声が出せんだろうが――!」

 とノームは文句を言い、ゼンから解放されるとすぐに歌い出しました。ビョールの歌声と重なります。それはまったく同じ旋律の同じ歌でした。素朴で力強い歌声が流れていきます。

 他のドワーフとノームたちも次々に歌い出しました。半ば破れかぶれの気持ちもありました。頭上に黒雲は渦巻き、彼らを撃ち殺す闇の力が高まっています。圧倒的な闇への恐怖を、大声で歌うことで忘れようとしたのです。

 

 長い長い間、その歌はドワーフとノームの両方の種族で歌い継がれていました。歌詞の意味は誰も知りません。彼らの知ることばではなかったのです。それでも、ことばの持つ韻律が心地よくて、彼らはその歌詞を守り続けました。口にすれば不思議と勇気や元気が湧いてくる歌でもありました。一人きりの時に、大勢で集まったときに、嬉しいときに悲しいときに、彼らはその歌を歌い続けてきました。それは、大地に生きる二つの種族に、まったく同じ形で伝わり続けた歌だったのです。

 ドワーフとノームの合唱が流れていきます。その歌詞の意味は人間たちにもわかりません。

「ローデーローデーレーターキー……ローレワーラアー……」

 突然始まった大合唱に驚いていたオリバンが、ふっと眉をひそめました。なんだかその韻律に聞き覚えがあると感じたのです。

「何かに似ている気がするぞ」

「ポポロ様の呪文ですじゃ、殿下」

 と深緑の魔法使いが答えました。歌詞の意味は魔法使いにもわかりません。ただ、その中に含まれる強い力を、魔法使いは感じ取っていました。

 

 合唱は続いていました。ふいにドワーフたちが歌詞を歌うのをやめ、旋律だけを低く歌い出します。ノームたちは歌い続けています。それはドワーフたちの知らない歌詞でした。

 今度はノームたちが旋律だけを歌い出しました。彼らの高い声は、森でさえずる小鳥の鳴き声のようです。そこに力強いドワーフの声が歌詞を歌い出します。

 それは、二つの歌が重なり合うことで完成する一つの歌でした。ドワーフだけが覚えていた歌詞、ノームだけが覚えていた歌詞、それがつながり合って、一つの歌詞を紡ぎ上げていきます。

「やっぱりそう、ポポロ?」

 とフルートは尋ねました。その腕の中で、ポポロは目を見張って歌を聴いていました。

「ええ……間違いないわ。これは光の魔法の歌よ。ものすごく古くて、力のある魔法……。聖獣召喚の呪文よ」

「ワン、聖獣って、なんの!?」

 とポチが足下から尋ねます。

 

 空では闇の竜が叫んでいました。

「歌ウノヲヤメロ! 呼バセルモノカ――!!」

 ついに闇の力が破裂しました。真っ赤な輝きが雲を引き裂き、空に、地上に、押し寄せてきます。

 けれども、その瞬間、ドワーフとノームの歌も終わっていました。一つの歌詞が完全に歌い上げられたのです。最後の響きがジタン山脈の麓にこだまします。

「ローレワーラアー……ゲカートーノーヒノチイーダ!」

 大地から生き物が姿を現しました。空のデビルドラゴンに匹敵するほど巨大なトカゲです。きらめくうろこでおおわれた体で、地上の人々を守るように取り囲み、空に向かって大きく口を開けます。とたんに、猛烈な炎が吹き出しました。輝きながら空一面を駆けめぐり、空にあったものすべてを呑み込んでいきます。赤い闇の光の爆発も、黒い雲も、影の竜も――。

 

 炎に激しくあおられて、デビルドラゴンは悲鳴のような声を上げました。地上に向かって叫びます。

「さらまんどら! イニシエノ光ノ呪文ノ中デ、マダ生キテイタノカ!」

「ワン、あれ、サラマンドラなんですか――? すごく大きい」

 とポチが目を見張っていました。ポチは以前、フルートと一緒にサラマンドラを見たことがあったのです。火を吐くトカゲの怪物ですが、これほど巨大な姿はしていませんでした。全身を取り巻く輝きも、こちらのサラマンドラの方が強烈です。まるで体中からまばゆい炎が燃え上がっているように見えます。

「大地の呼び歌って、サラマンドラ召喚の魔法の呪文だったんだ」

 とフルートは言いました。聖獣が吐く炎は普通の火とは違っていました。いつまでもとぎれることなく吐き出されて、闇に属するものを呑み込み、焼き尽くしていくのです。闇の爆発はもう空から消え去っていました。闇の黒雲も、デビルドラゴン自身も、輝く炎の中で消えていこうとしています。

「俺たちのあの歌って、そんなすげえものだったのかよ」

 とゼンはびっくりしていました。他のドワーフやノームたちも同様です。自分たちが歌で呼び出した聖獣を、呆気にとられて見上げてしまいます。

 炎の光と熱の中で、闇の竜が薄れていました。淡い輪郭だけになった影が首をねじり、フルートを見据えて叫びます。

「覚エテオレ、ふるーと! コノ世ハ我ノモノ! 必ズオマエヲ倒シテ、世界中ヲ闇ト恐怖デ支配シテヤルゾ!」

 ひときわ大きな炎が闇の竜を包みました。影の体が炎の輝きの中で薄れていきます。オォォォォ、と長い悲鳴を残して、デビルドラゴンは消えていき――

 

 あたりは、静かになりました。

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