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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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91.助け

 空の中で黒々としていく闇の竜を、人々は青ざめて見上げていました。明るくなってきた空に、竜は四枚翼の影を広げています。

 竜から伸びた何百という触手は、それぞれ闇の怪物を突き刺していました。相手の生気を吸って自分の力にするのが闇の怪物ですが、その中でもデビルドラゴンの触手は強力でした。相手の生気だけでなく、闇の体も魂もすべてエネルギーに変えて奪ってしまいます。

 竜にすっかり吸い尽くされた怪物は、かさかさにひからびて崩れていきました。後には何も残りません。やがて、ジタン山脈の麓には、人間とドワーフとノームたち、そして空に浮かぶ巨大なデビルドラゴンだけが残りました。

 

 上空が急に暗くなり、風が強まってきました。黒雲が湧き出したのです。あっという間に空が真っ暗になり、雲の間でぴかり、ぴかりと赤い光が輝き出します。

 ポポロが真っ青になって叫びました。

「雲の中に闇の力が集まっているわ! あれを破裂させるつもりよ!」

 暗雲は彼らの頭上をすっかりおおっていました。息が詰まるような気配が、風と共に押し寄せてきます。雲間に闇のエネルギーがふくれあがっているのです。これだけのエネルギーが爆発したら、全員が吹き飛ばされて消滅してしまいます。たとえ地下に潜っても助からないでしょう。その光景を想像して、ポポロは身震いしました。なんとかしなくては、と思うのに、自分の中をいくら探しても魔法の力は見つかりません。

 東の山の端が明るく輝き始めていました。日の出は間近です。ほんの二、三分後にはきっと日が昇ってくるはずなのに、たったそれだけの時間が間に合いません。太陽が昇り始める前に闇は爆発するのです。

 とうとう泣き出したポポロに、デビルドラゴンが言いました。

「オマエニ魔法ハ使ワセナイゾ、ぽぽろ。夜ハマダ明ケヌ。オマエタチニ朝ハ永遠ニ訪レナイノダ」

 暗雲に集まった力は、はち切れる寸前でした。ぴかり、とまた赤い光が不気味にひらめきます。

 

 すると、フルートがポポロの前に立ちました。デビルドラゴンと闇の雲をにらみつけながら、自分の体で少女をかばいます。

 フルート、とポポロはつぶやきました。いくら魔法の鎧兜でも、強烈な魔法の爆発は防げません。それはわかりきっているのに、それでもフルートは彼女を守ろうとしているのです。また新しい涙がわいてきて、ポポロは顔をおおってしまいました。泣きながら思わず呼んだのは、自分たちの王の名前でした。

「天空王様! 天空王様――!」

 正義を司る光の王は、いつも天空の国から彼らを見守ってくれています。自分たちでどうしようもなくなったときには助けに来る、と彼らに約束してくれました。

 ところが、ポポロが呼んでも天空王は現れませんでした。どこからも何の助けもありません。闇の竜が羽ばたきながら笑いました。

「無駄ダ、ぽぽろ。コノ地ハ我ノ支配下ニアル。イクラ天空王デアッテモ、コノ場所ニ助ケニ駆ケツケルコトハデキナイノダ」

 ポポロはいっそう激しく泣きました。全身から力が抜けて、その場に座り込んでしまいそうになります。

 とたんに、ポポロの手がぎゅっと握りしめられました。フルートが振り向いてポポロの手をつかんだのです。強い声で言います。

「あきらめるな。あきらめたら、その瞬間にこっちが負ける。天空王は、呼べば必ず助けに駆けつけるって言ったんだ。信じろ」

 いつも本当に優しいフルートです。兜からのぞく顔も少女のように優しげなのに、驚くほど強い力でポポロを支えます。ポポロは涙でいっぱいになった目でまばたきをしました。懸命にフルートの手を握り返します。それをフルートがまた、もっと強い力で握りしめます――。

 ポポロはまた空を見ました。震える声でまた呼び始めます。

「天空王様……天空王様……!」

 やはり、光の王は姿を現しません。

 

 ぴかり、とまた赤い光がひらめきました。黒雲が急激に渦を巻き始めていました。一カ所に集まった闇の力が、周りの雲を吸い寄せていきます。限界までふくれあがった力に、闇の竜が最後の力を与えようとしているのです。

 切れた雲のあちこちから空がのぞき始めました。空は白銀に輝いていますが、夜明けはまだです。

 すると、突然、雲の切れ間の一つから強い光が差しました。地上にいるフルートとポポロを照らします。二人は驚きました。それは朝日でした。彼らの上に暖かく降りそそいできます。

 光が差してくるのは東の地平線ではありませんでした。真西の、空の高い場所です。雲の間の空に、輝く城が見えました。空飛ぶ魔法の国と天空城です。空高い場所にある天空城には、地上より少し早く朝の光が届きます。それを城の銀の屋根で反射させて、夜明け前の地上にいる彼らのところへ送ってきたのです。

 手をつないでいたポポロが息を呑みました。その服がみるみる色と形を変えて、黒い星空の衣に戻っていきます。天空の国の魔法使いの正式な衣装です。朝日を浴びたポポロの内側に、新しい魔法の力がよみがえってきます。

「サセヌ!」

 とデビルドラゴンが叫んだのと、ポポロが声高く呪文を唱えたのが同時でした。

「ロエキヨーラカチノミーヤノマーモク!」

 とたんに、頭上の雲の間で赤い光と緑の光が入り混じって破裂しました。バチバチバチ……と激しく弾ける音が雲の中を渡っていきます。光が雲を引き裂き、雲も光も消えていきます――。

 

 光の炸裂がおさまったとき、空にもう暗雲はありませんでした。夜明け直前の空が広がり、筋雲が朝焼けに赤金色に輝き出しています。闇の光はポポロの聖なる光に相殺されて、もうどこにも残っていません。

 片手を高く差し上げていたポポロは安堵の息をつき、次の瞬間、はっとしました。左手をまだフルートに握られていたのです。魔法に巻き込んでしまったのじゃないか、とあわてて見つめます。

 すると、フルートが答えました。

「大丈夫だよ。ちょっと来たけどね……鎧が守ってくれたから」

 その頬に薄い傷がありました。ポポロの手を握っていた手のひらにも、実は火傷を負ってしまっています。強い魔法がすぐそばにいたフルートにまで流れて、傷を負わせてしまったのです。それでも、フルートはにっこり笑って見せました。ポポロの手を握り続け、安心させるように言います。

「闇の力は消えた。デビルドラゴンはもう闇の爆発を起こせない。君の勝ちだよ、ポポロ」

 地上はまだ夜が明けていません。太陽は東の山の陰を昇り続けています。山の稜線が金色に輝き、空へ光の矢を投げています。それでも、地上はまだ夜明け前の影におおわれているのです。

 そんな中へ、西の中空に遠く浮かぶ天空城から朝の光が届いていました。フルートとポポロがいる場所だけを、朝日が明るく照らしています。

 

 また泣き出してしまいそうになるのを懸命にこらえて、ポポロは空を見上げました。影の竜はまだ空の半分をおおって羽ばたいています。その体は、闇の力を失って、さっきより薄ぼんやりしたものになっていました。

「あいつを追い払うんだ、ポポロ!」

 とフルートが言いました。彼女の魔法はまだもう一つ残っているのです。ポポロはうなずき、今度はフルートの手を離して、数歩前へ駆け出しました。華奢な手を空の竜に突きつけて、呪文を唱えようとします。

「レーサヨゥユリノミーヤテビオリーカヒルナイ……」

 その時、デビルドラゴンがフルートをにらみつけました。闇の頭の中で赤い目がかっと見開き、雷のとどろくような声で叫びます。

「貴様ダケハ許サン! 死ネ、勇者――!!!」

 朝焼けの空で突然小さな暗雲が渦巻きました。フルートの頭の真上です。雲の中で黒い光がひらめき、闇の稲妻になってフルートへ落ちかかってきます。

 ポポロはとっさにそちらへ手を向けました。何か考えるより早く、稲妻を返す魔法を唱えます。

「セエカ!」

 とたんに闇の稲妻は空中で弾け、あたり一帯に衝撃波を広げました。地上にいたフルートや人々を引き倒し、空にいるデビルドラゴンを激しく震わせます。ドォォン……という音が山々にこだまして響きます。

 

 フルートは地面に倒れたまま、青ざめていました。ポポロが魔法を使わなければ、フルートは闇の稲妻の直撃を食らうところでした。命拾いしたのは確かなのですが、―デビルドラゴンを追い払う手段がなくなってしまいました。

 その時、ついに太陽が山の陰から姿を現しました。地上から影が引き、あたりが明るい光でいっぱいになります。朝が来たのです。

 フルートは立ち上がり、震えているポポロをまたかばいながらデビルドラゴンをにらみつけました。闇の竜は朝日の中に影の姿を際だたせて羽ばたいています。

「コノ時ヲ待ッテイタ。金ノ石ハ眠ニツイテイル。ぽぽろハ魔法ヲ使イ切ッタ。天空王ハ、契約ノタメニ、二度ハ助ケラレナイ――。オマエタチヲ助ケルモノハ、モウドコニモイナイノダ」

 勝ち誇ったように言う竜の後ろで、また暗雲が広がり始めていました――。

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