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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第25章 最終決戦・1

89.岩と炎

 空を飛んできた闇の石が、流星のように地上に降りそそいでいました。地面の上で光る肩当ての闇の石と溶け合い、黒い光になってまた空へ立ち上ります。黒い光は輝く影のようです。四枚翼の巨大な竜の形に変わります。

「デビルドラゴン!!!」

 と人々は声を上げました。

「おまえは――そこにいたのか!!」

 とフルートが叫びます。ずっとジタンを闇の魔法でおおい、声だけで話しかけていた闇の竜です。確かに彼らを監視しているのに、存在を示す強い闇の気配がしませんでした。自分を細かく分散させて、一つ一つの闇の石の中に潜んでいたんだ、とフルートは気がつきました。

「イカニモ」

 と闇の竜は羽ばたきながら言いました。姿は空にあるのに、声は相変わらず地の底から這い上がってくるように聞こえます。

「我ノ闇ハ強スギテ、イツモオマエタチノ目ニ見破ラレテシマウカラナ。見ツカラヌ程度ノ姿デ他国ノ王タチニ、チカラヲ貸シテキタ。ソレデモ、オマエタチハヤハリ邪魔ニ来タガナ、勇者ドモ……。イツモイツモ、マッタク目障リナコトダ」

 黒い流星は空から降り続けています。東の彼方の王都から飛んでくる闇の石は、ジタンの麓にある闇の石の何倍もの数です。黒い光に変わって立ち上ると、闇の竜の姿が次第に濃くなっていきます。

 フルートは青ざめていました。金の石はおどろを消滅させるのに極限まで力を使って眠っています。闇の竜を追い払うどころか、その場にいる仲間たちを守ることさえできないのです。すぐそばではポポロがやはり真っ青になって立ちすくんでいました。彼女も魔法を使い切っています。空はだいぶ明るくなってきていますが、次の魔法が使えるようになる日の出までには、まだ時間がありました。

 

 闇の石が残らず光に変わり、寄り集まって影の竜になりました。見上げた空の半分近くもおおう、巨大な姿です。立ちすくむ人々に向かって言います。

「じたんハ人ノ欲望ヲカキタテル宝ノ山。タダ人ノ手ニ委ネルダケデ、イサカイヲ引キ起コシ、コノ世ニ地獄ヲ生ミ出スノダ。光ノ陣営ニナド渡スモノカ。ココデ全員死ヌガイイ」

 山の麓には山から出た無数の岩が転がっています。それがいきなり空中に浮きました。何十メートルもの高さまで上って向きを変え、地上に向かって落ちてきます。

「ワン!」

「危ないっ!」

 二匹の犬たちが一瞬で風の犬に変身しました。フルートやゼン、メールやポポロたちの上で渦を巻き、頭上に落ちてくる岩を跳ね飛ばします。

 同じ岩の雨はロムド兵やドワーフ、ノームたちの上にも降りかかりました。鎧兜でも防げないような岩つぶてばかりです。人々を打ちのめそうとします。深緑の魔法使いは岩を弾き返そうと杖を振りましたが、やはり魔法は発動しませんでした。岩を停めることができません。

「オリバン! ゴーリス――!」

 フルートが悲鳴のように叫んだ声に、突然ビョールの声が重なりました。

「人間とノームを守れ!!」

 おう、と太い声がそれに応えたとたん、岩が降ってきました。激しく地面を打ち、岩と岩とがぶつかり合って砕けます。無数の悲鳴が上がります。

 

 悲鳴を上げたのは闇のドワーフたちでした。重症を負って動けなくなっているところを、岩に直撃されたのです。頭や体を打ち砕かれ、血を吐いてうめきます。

 北の峰から来た赤いドワーフたちは、空に向かって腕を伸ばしていました。ある者は降ってくる岩を受け止め、ある者は拳で殴り飛ばします。岩が弾き飛ばされます。

「うわ、うわ、うわ!」

「わぁぁ!」

 声を上げているのはノームやロムド兵たちでした。ロムド兵は、岩が降ってくる瞬間、そばにいたドワーフたちに引き倒されたのです。小さなノームたちと一緒に、ドワーフの下で守られています。

 オリバンとゴーリス、深緑の魔法使いも、ビョールに足払いを食らって、地面に倒れていました。ビョールが素手で岩を打ち砕いていく様子を、目を丸くして眺めます。

「さすがはゼン殿の父君ですの。すごい力じゃ」

 と深緑の魔法使いが感心すると、ビョールがちょっと笑いました。

「俺にも人間の血が少し混じっているからな。だが、ゼンにはかなわん」

 そのゼンが、空を見上げて、ちっくしょう! と声を上げていました。デビルドラゴンが彼らの頭上にひときわ大きな岩の塊を持ち上げていたのです。風の犬たちにも弾き飛ばせないほどの大岩です。それで勇者の少年少女たちを押しつぶそうとしています。

「ポチ、来い!」

「ワン!」

 ゼンに呼ばれて即座にポチが飛んできました。風の背中にゼンを拾い上げ、岩の雨の中を逆行して大岩へ飛んでいきます。

 すると、空中に浮いた大岩が、ぐらりとゆれました。岩を支える見えないロープが切れたように、まっすぐ空から落ち始めます。その真下にはゼンが迫っています。

「馬鹿野郎!!!」

 ゼンは一声どなると拳を振り上げました。大岩のど真ん中を殴りつけます。

 とたんに、岩がぱっくりと割れました。二つの塊に変わり、互いにぶつかり合って弾け飛びます。

 それより早く岩の割れ目をすり抜けたポチとゼンが、空中から見下ろしました。二つの岩が地上に落ちて、地響きと土煙を立てます。

「おー、いてて」

 とゼンが右手を振りました。

「さすがにちぃと堅かったな。すりむいて血が出た」

「ワン、あれだけの大岩を割っておいてそれだけですむんだから、ゼンの体ってどうなってるんだろ?」

 とポチが呆れます。

 

 すると、地上からフルートが呼びました。

「戻れ、ゼン! 今度は火だ!」

 空に浮かぶデビルドラゴンの前に、渦巻く炎が現れていました。炎は音を立てて燃え上がりながら、みるみる大きくなっていきます。

「ワン、オリバンたちを狙ってる!」

 闇の竜の視線を追ってポチが叫びました。

「こんちくしょう!」

 とゼンはまたどなり、ポチと一緒に急降下しました。父親のビョールがオリバンやゴーリス、深緑の魔法使いを守っている場所へ向かいます。

「させないわよ!」

 と風の犬のルルも空へ飛び上がり、渦巻く炎を吹き散らそうとします。

 とたんに、炎が大きく弾けました。いくつもの燃える塊になって地上へ落ちていきます。オリバンたちの上だけでなく、フルートたちの上にも、地上のドワーフやノームやロムド兵の上にも降りそそいでいきます。ドワーフたちに炎は防げません。

「みんなを守れ!」

 とフルートは叫びながら、隣にいたポポロをとっさに捕まえました。はおっていたマントを大きく広げて、その下に少女をかばいます。炎に直撃されてマントが燃え上がり、少年の体も火に包まれます。

 ポチはビョールやオリバンたちの上で渦を巻きました。飛んできた炎の弾が風に巻き込まれて、ポチの体の中が火でいっぱいになります。ポチに乗っていたゼンが炎の中に呑み込まれてしまいます。

 ルルは必死で炎の弾に追いつき、風の刃で切り裂いていきました。炎が裂けて散らばっていきます。けれども、すべての炎を散らすことはできません。空を飛ぶルルの目の前で、炎が次々と地上へ落ち、立ちすくむドワーフやノームたちを焼き尽くそうとします――。

 

「タアイモナイ」

 と空から影の竜が言いました。

「金ノ石サエナケレバ、勇者ナド恐レルニアタワズ。タダノ人間ニスギナイ。全滅スルガイイ、勇者ドモ」

 炎が地上を打ちのめしました。一帯が火の海になります。

 満足げにそれを眺めた闇の竜が、急に確かめるように首を伸ばしました。

 炎に打たれたはずのドワーフたちが姿を消していました。その下で守られていたノームやロムド兵も一緒です。竜が下した炎は、すべてを焼き尽くすほど熱いものではありません。死体が残っていないのは何故だろう、といぶかしく地上を見つめ直します。

 すると、ルルに守られたドワーフがいきなり見えなくなりました。一瞬で姿が消えたのです。続けて、その下で尻餅をついていたロムド兵が見えなくなります。

 次々に人が消えていく様子に影の竜が驚いていると、少年の声が響きました。

「おまえの思い通りになんてさせるか!」

 フルートが燃えるマントを外して投げ捨てていました。その腕の中には、かばうようにポポロの小柄な体を抱いています。少年の体を包んだ火は消えていました。少女にも少年にも怪我はありません。

 ポチが巻き込んだ火も消えようとしていました。背中に乗ったゼンがまた姿を現します。火傷一つ負っていない元気な姿で手を振り回しています。

「おまえの炎なんか、熱くもかゆくもねえぞ、デビルドラゴン! おまえが魔法で作った火だからな! 俺には効かねえんだよ!」

 闇の竜は驚いたように羽ばたきました。暑さ寒さを防ぐ魔法の鎧を着たフルート。すべての魔法を解除する胸当てをつけたゼン。それぞれの防具が少年たちを守ったのです。

「おまえにジタンは渡さない! 立ち去れ、デビルドラゴン!」

 フルートは空をにらみつけて、そう叫びました――。

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