少年少女と犬たちが走ってくるのを見て、ロムドの皇太子は馬を止めました。フルート、ゼン、メール、ポポロ、そしてポチとルル。四人と二匹の勇者たちが笑顔でオリバンに駆け寄ってきます。
「やったぜ! おどろはもう消滅だ!」
「もう大丈夫だよっ!」
「オリバンは? 怪我はありませんでしたか?」
いつもの賑やかさで口々に話しかけてくる彼らに、オリバンも笑顔になりました。
「その心配はこっちの台詞だ。何度もおどろに呑み込まれたから、本当にはらはらしたぞ」
「ワン、金の石が守ってくれましたから」
とポチが尻尾を振りながら答えます。
すると、そこへ別の方向からも近づいてくる者がありました。走り鳥に乗ったビョールです。フルートやオリバンたちの姿を見て、いかついひげ面をほころばせます。
「みんな無事だったな。一緒に来い。向こうで面白いことが起きているぞ」
面白いこと? と一同は目を丸くすると、すぐに風の犬や馬でビョールについていきました。先ほど、負傷したドワーフやロムド兵たちがうずくまっていた場所へやってきます。すると、そこで大勢のドワーフや人間が手を振っていました。たくさんの小さな人影も飛び跳ねています。
「よっほう、無事だったな、おまえら! いやぁ、よかったよかった!」
叫んでいるのはラトムでした。他のノームたちと一緒にぴょんぴょん飛びながら、しきりに手を振っています。
象の怪物が放った闇の光でひどい火傷を負ったはずの人々が、全員元気になっていたので、フルートたちはびっくりしました。ドワーフもロムド兵も、服や鎧兜に焼けた痕は残っていますが、体の傷はすっかり治っていました。
すると、ゴーリスが言いました。
「さっき光ったのはフルートの金の石だな? ものすごい光がここまで届いて、全員の傷をたちまち治したんだ」
三十人のロムド兵と百人近いドワーフたちが笑顔でフルートたちを見ていました。本当に、みんなすっかり元気です。
ノームたちがその周りでまだ跳び跳ね続けていました。やはり三十人ほどいますが、こちらは衣類に焼け焦げた痕もありません。
「俺たちは地面に潜れるからな。闇の光をやり過ごしたんで、火傷をしなかったんだ」
とラトムが言うと、走り鳥から降りてきたビョールが続けました。
「おかげでみんなが助かった。ノームたちが地中から水を汲んできて、火傷の介抱をしてくれたからな。ノームは俺たちドワーフの命の恩人だ」
「我々人間にとってもだ。ノームは体は小さいが、大きな働きのできる種族だな。感謝しているぞ」
とゴーリスも言います。小さな人々を眺める剣士のまなざしは、厳しい中にも優しい色を浮かべています。
「いやなに、それほどのことはある。これがノームの実力だ」
とラトムが得意そうに胸を張り、ノームたちが歓声を上げて賛同したので、一同は思わず笑いだしてしまいました。ノームは本当に茶目っ気のある種族なのです。星が薄れ始めた空に、明るい笑い声が響きます。
その賑やかさから少し離れた場所で、オリバンは地面を見下ろしていました。そこには何十人という闇のドワーフたちが倒れていました。
金の石の光はそこまで届いたはずなのに、彼らは全身にまだひどい火傷を負ったままでした。サータマン王の元で闇の石を加工していた弟ドワーフが顔を上げ、憎らしげにオリバンを見上げます。
「よくもやりやがったな、人間どもが……。このままですむと思うなよ」
「何故おまえたちはまだ怪我をしているのだ」
とオリバンは真面目な口調で尋ねました。けっ、と弟ドワーフが言います。
「俺たちは闇のものとドワーフの間に生まれた種族だ。ドワーフの血を引いているから聖なる光に消えることはないが、その代わり、聖なる光で治ることもないんだよ。いい気味だと思ってやがるだろう」
「おまえたちに死なれては困る」
とオリバンが答えたので、弟ドワーフは、また、けっと笑いました。
「実に寛大でご立派なことだ。俺たちはおまえらの敵だぞ。敵にまで情けをかけるとは、ロムドの皇太子ともなると、さすがに――」
とたんにその鼻先に剣の切っ先が突きつけられました。いきなりオリバンが腰から大剣を抜いたのです。
「寛大だからではない」
とオリバンは低く言いました。
「貴様たちは、サータマンやメイがデビルドラゴンと手を結び、我がロムドを侵略しようとした証人だ。我が国はこれから両国を追及して、今回の一件の責任を取らせる。貴様たちに生きていてもらわねば、両国の罪状を証明できないからな」
オリバンが突きつける剣は、本物の殺気を放っています。拒めば即座にたたき切るつもりでいるのです。弟ドワーフは声が出せなくなって、口をぱくぱくさせました。
そんな弟ドワーフや、あたりに倒れてうめいている闇ドワーフを眺めて、オリバンは続けました。
「貴様たちの手当はしてやる。サータマンやメイについて正直に話せば、命だけは保証してやろう。我々と一緒に王都ディーラまで来てもらうぞ」
すると、弟ドワーフがようやく声を出しました。
「ざ、残念だったな、王子。俺たちを王都に連れていくことはできないぞ――」
「なんだと?」
とオリバンはいぶかしく相手を見ました。闇ドワーフの顔に浮かんだ余裕の表情に、何故だか急に嫌な予感を覚えます。
そこへ深緑の長衣の老人が近づいてきて話しかけました。
「殿下、妙ですぞ……。この場からまだ闇の魔法の気配が去っておりません。ロムド城と連絡が取れませんじゃ」
なに? とオリバンは深緑の魔法使いを振り向き、すぐにまた闇の弟ドワーフをにらみつけました。
「貴様は何を知っている!? 言え!」
また鼻先に剣を突きつけられて、弟ドワーフは冷や汗を流しながら笑いました。
「おまえらは王都に戻れない、と言ってるんだ。ディーラは今頃、サータマン軍の疾風部隊と飛竜部隊の襲撃を受けている。闇の石に守られた軍勢だ。抵抗なんかできるもんかよ!」
ちょうどその時、はるか東にある王都ディーラでは、守りの塔で白の魔法使いたちが闇の魔法使いを倒し、サータマン軍の中からは闇の石が消えていました。敵の姿が魔法の目にも占盤にも映るようになって、都を守る者たちが反撃に転じた瞬間だったのです。
けれども、ジタン山脈の麓にいる彼らには、そんな事実はわかりません。オリバンと深緑の魔法使いは顔色を変えました。
「卑怯者め! はなからそれが貴様らの目的だったのか!」
とオリバンがどなると、弟ドワーフはにやにや笑い続けました。
「いいや、俺たちの主人のデビルドラゴンは、このジタンを手に入れろと言っていたさ。抜け目のないサータマン王が、闇の石を使えばロムドの王都も陥落させられることに気がついたんだよ。おかげで俺はずいぶん予定外のものを作らされた。闇の杖とかな。闇の親石を仕込んだ、とびきり強力な代物だから、いくらロムド城の魔法使いどもでも絶対太刀打ちできるもんか。今頃、ロムド城も王都も炎の海の中だ。王も人間どもも焼け死んでいるさ――」
弟ドワーフは鎧を着てましたが、兜はどこかになくしてしまっていました。半月の光を浴びて、あざ笑う顔がよく見えます。オリバンはその顔の真ん中に拳をたたき込みました。一声うなって、闇ドワーフが気絶します。
オリバンは立ち上がって言いました。
「全員を集めろ! ただちにディーラの救援に向かうぞ!」
「しょ、承知――」
深緑の魔法使いはあたふたと駆け出しました。何故ジタンに向かっていたワルラ将軍の援軍がディーラへ引き返したのか。銀髪の占者が何を未来に感知していたのか。魔法使いの老人にもようやく真相がわかったのでした。
その時、突然少女の悲鳴が響きました。
「来るわ!」
ポポロがフルートに飛びついて指さしたのは、ジタン山脈の麓に転がる肩当てでした。闇の石で怪物になった同僚たちに仰天して、メイとサータマンの兵士たちが自分の鎧からむしり取って捨てていったものです。
「来るって――?」
とフルートは驚いて聞き返しました。何千という肩当ての上で、闇の小石は黒く光っていますが、何も変わりはないように見えたのです。
すると、その下に広がる大地から、声が這い上がってきました。
「守リノ金ノ石ハ眠リニツイタ。我ヲ妨ゲルモノガナクナッタ。コノ時ヲ逃シハセンゾ――」
声と共に、胸当ての上の闇の石がいっせいに光り出しました。邪悪な黒い輝きです。大地がぼうっと妖しい光におおわれます。人々が立ちすくんでその光景を眺めていると、今度はルルが叫びました。
「あっちからも闇の気配よ! 近づいてくるわ――!」
天空の国の犬が見上げているのは東の空でした。無数の流星がこちらへ飛んできます。それは闇の石の大群でした。王都ディーラから消えた魔石がジタンの上空に現れたのです。黒い軌跡を引きながら、空から地上へ、妖しい光を放つ肩当ての上へと落ちていきます。
ひときわ大きな闇の石が落ちたとき、大地が揺れ、黒い光が煙のように立ち上りました。他の石の輝きを吸い込んでふくれあがっていきます。
ばさり、と羽ばたく音と共に姿を現してきたのは、四枚の翼を広げた巨大な影の竜でした――。