崩れるように襲いかかってきた泥の竜。フルートはどうすることもできません。
すると、その目の前にまた金色の少年が現れました。両手を竜に突きつけて叫びます。
「フルートはおまえには渡さない!!」
とたんに、また爆発するような光が広がりました。泥の竜の頭を吹き飛ばして消していきます。同じ光がフルートまで弾き飛ばします。
フルートは後ろにいた仲間たちと一緒にひっくり返り、あわててまた跳ね起きました。その胸の上で金の石は輝き続けています。これほど強く輝く金の石を、フルートはこれまで見たことがありませんでした。
同じ強烈な光が精霊の少年も包んでいました。あまりにまぶしすぎて、その姿がよく見えません。フルートは顔の前に手をかざしながら、必死で呼びました。
「金の石! 金の石――!!」
金の石の光り方は尋常ではありませんでした。なんだか石も精霊の少年も、そのまま光の中で燃え尽きていきそうに見えます。それでも、石は光り続けるのです。
すると、フルートのすぐ隣に立っていた願い石の精霊が言いました。
「無理をするな、守護の。力を使い果たして砕けるぞ」
冷ややかなほど冷静な声です。
フルートたちは、ぎくりとしました。そうです。魔石はその力を使い果たしてしまうと、砕けて消滅していってしまうのです。けれども、精霊の少年は言いました。
「無理じゃない。こいつにはデビルドラゴンが力を貸している。完全に焼き尽くさないと、すぐにまた再生して襲ってくるんだ」
さらに明るく輝いていく少年に、フルートはまた叫びました。もうよせ、金の石! やめろ――! それでも少年は光り続けます。
ぴしっ、とフルートの胸の上で小さな音がしました。ガラスにひびが入るような音です。それはペンダントの金の石から聞こえてきました。
フルートは真っ青になってペンダントを握りましたが、すぐに悲鳴を上げて手を離してしまいました。光があまりに強すぎて、激しい痛みを感じたのです。まるでひどい火傷を負ったように手のひらがうずきます。
また石からひびが走る音が聞こえた気がしました。まばゆい光の中でおどろがどんどん蒸発していきます。
ところが、それでもなお、怪物は再生を続けていました。泥の体が光を浴びて溶ける瞬間、わずかな影を後ろに投げます。その中でおどろの闇の体がふくれあがるのです。溶かしても溶かしても、それでも湧き上がってきます。湧き上がった泥が、また竜の頭の形になります――。
すると、誰かがフルートの肩を急につかみました。願い石の精霊です。相変わらずの冷静さでこう言います。
「守りたいと強く念じるがいい、フルート。それが守護のに伝わって力に変わるだろう」
フルートは思わず精霊の女性を振り返りました。同じ視界に仲間たちの姿も飛び込んできます。仲間たちは全員青ざめて金の石の精霊を見つめていました。精霊は光の中でどんどん薄くなっています。いやぁ! と少女たちが悲鳴を上げ、やめろ、馬鹿魔石! とゼンがどなっています。ワンワンワン、とポチが激しくほえます。
「金の石!!」
とフルートはまた叫び、ありったけの想いを金の少年へ向けました。負けるな! 消えるな! と心で叫び続けます。消えかけていた少年の姿が一瞬濃くなり、すぐにまた、ふうっと薄れてしまいます。少女たちが泣きそうな悲鳴を上げます。
その時、突然フルートの肩先から体の中へ、どっと力が流れ込んで来ました。炎のように熱く渦巻く力です。フルートは一瞬息ができなくなり、仰天して願い石の精霊を見上げました。フルートに力を送り込んできたのは、赤いドレスの精霊だったのです。
とたんに、金の石の精霊の体が信じられないほどまばゆく輝きました。すさまじい光の奔流に、全員が目を開けていられなくなります。光を浴びた体に痛みさえ感じます――。
そんな中、彼らの耳におどろの声が聞こえてきました。
「オーォ、願い石……願い石ィィィ……」
おどろはすすり泣くような声で呼んでいました。
「願い石ィィ、どーォしてオレのものにならないィィィ……。こーォんなに追いかけているのにィィ……。こーォんなにおまえがほしいのにィィィ……」
どどうっと何かが崩れ落ちる音がしました。シュウシュウと水が蒸発していくような音も聞こえてきます。
怪物の悲鳴が、尾を引きながら小さくなっていきました。笑っているようにも、泣いているようにも、もうそのどちらでないようにも聞こえる声です。
そして、あたりは静かになり――
一同はまた、荒野に立っていました。
荒野の上に広がる空には夜明けの気配が漂っていました。星はまだ見えますが、空がうっすらと白くなってきています。闇と光が入り混じった薄明るい景色の中、風が吹き渡って遠くの森をざわめかせ、また静かになっていきます。
フルートたちはあたりを見回しました。竜の頭の形の泥も、目がくらむような強い金の光も消え失せていました。見上げるように巨大な泥の怪物も、もうどこにも見当たりません。
静寂の中に小さな少年が座り込んでいました。片膝を立て、黄金の髪の頭をもたせかけています。
「精霊!」
「金の石の精霊!」
フルートたちがいっせいに駆け寄って飛びつこうとすると、精霊の少年が怒ったように顔を上げました。
「触るな――! 大丈夫だ」
「この馬鹿魔石、あんまり無茶するんじゃねえ! 死んじまうかと思ったじゃねえか!」
とゼンがどなると、精霊の少年は冷ややかに答えました。
「ぼくは人間じゃない。石が死ぬなんてことはないさ」
けれども、力を使いすぎてもう少しで砕けて消えそうになっていたのは彼です。
すると、そのすぐ目の前に赤いドレスの女性が現れました。淡々と話しかけてきます。
「そなたがあれほどむきになるとはな、守護の。珍しいものを見た」
金の石の精霊は、じろりと精霊の女性を見上げました。
「そっちこそどういうつもりだ、願いの。ぼくもフルートも、力を送れなんて一言も願わなかったぞ。願いもしない者へ力を貸すのは契約違反だろう」
「私が自分のためにいくらか力を使うことは許されているのだ。おどろはしつこい。あんなものにまた何百年もつきまとわれるのは、非常に迷惑だからな」
と願い石の精霊は答えました。なんだかすましているようにも見える表情です。精霊の本当の気持ちは、ことばとは別のところにあるのかもしれません……。
ふん、と精霊の少年は言うと、また自分の膝にもたれかかりました。願い石が力を送ってきたおかげで消滅はまぬがれましたが、かなり消耗していたのです。心配してかがみ込んだフルートを横目で見て言います。
「ぼくはしばらく休むぞ。さすがに疲れたからな――。今の光で周囲から闇の怪物は消えたはずだが、それでも油断はするなよ」
「わかった」
とフルートが答えると、精霊の少年の姿は見えなくなっていきました。フルートの胸の上の金の石が、光を失って灰色に変わります。
それを見届けて、願い石の精霊も言いました。
「それでは私もまた眠りにつく。おどろは消え去ったが、私を捜し求める者は決してなくならない。いずれはまた、願いかなえることを願いにした魂から、おどろが復活してくるだろう。これに懲りたら、もうおどろを呼び出そうなどとは考えないことだ」
最後にフルートに警告を残して、精霊の女性も消えていきました。淡い赤い光がフルートの中に吸い込まれていきます。
すると、そこへ蹄の音と呼びかける声が聞こえてきました。
「無事か、おまえたち!? 怪我はないか!?」
いぶし銀の鎧兜の大柄な青年が、馬で駆けつけてくるところでした。
「オリバン!!」
勇者の少年少女たちは歓声を上げると、ロムドの皇太子に向かっていっせいに駆け出しました――。