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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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86.再生

 おどろに取り込まれて、フルートたちは再び黒い泥の中にいました。金の石が放つ光が彼らを包んで守っています。

 思わず溜息をついた彼らの前に、金の石の精霊がまた姿を現しました。

「本当にしつこい怪物だな。消しても消しても、すぐに再生してくる」

 すると、その隣に赤い光がわき起こって、願い石の精霊も姿を現しました。赤いドレスを炎のように揺らしながら言います。

「だから言ったはずだ。おどろはしつこい、とな。一度私を見つけると、何百年でもつきまとうのだ」

 何百年なんて冗談じゃない! と全員は考えました。メールが尋ねます。

「そ、それでも最後には追い払ってきたんだろ? どうやったのさ」

 声が震えているのは恐怖のせいでした。おどろの泥の体に閉じこめられていると、どうしても苦手な地下にいるような気分になってしまうのです。

 精霊の女性は顔色も変えずに答えました。

「あいつが立ち去るときはいつも決まっている。私に持ち主が現れて私を使ったときか、その持ち主をあいつが食べたときだ。いずれにしても、私は持ち主の中から消えて、また別の場所に生まれるてくる。その時に、おどろは私を見失い、次に私を見つけるまで世界中の地下をさまよい歩くようになるのだ」

 一同はまた驚きました。もちろん、そんな方法をとるわけにはいきません。

 

「ったく。なんでそんなに願い石に固執しやがるんだ。願い石がそんなにいいもんかよ」

 とゼンが苦々しく言うと、願い石の精霊はそれを見ました。意外にも、怒った顔はしていませんでした。

「私もそう思う。私はただ役目に従って人の願いをかなえるだけの石なのだから。だが、私を探し求める者は多い。そして、私がなかなか見つからないために、いつか、私を手に入れることそのものが願いになってしまう者たちが出てくるのだ。その者たちは、寿命尽きて死んでも魂の姿で私を探し続け、同じような魂と寄り集まっておどろになる……。おどろにはもう本当の自分の願いなどない。ただ私を捕まえて食べることだけが願いになっているのだ。そんな願い事はかなえることはできないから、いつまでたってもおどろと私は追いつ追われつを繰り返す。もう何千年も続いていることだ」

 一同は思わずまた、ふう、と溜息をつきました。願いかなえることに執着する人の想いは、まるで怨念のようです。それが実体になったのがおどろでした。

 そんな中、フルートがふと考え込む顔になったので、ポポロがあわててフルートの腕に飛びつきました。

「だ――だめよ、フルート! あたしたちを助けるために、わざと自分だけおどろに食われるなんてのは、絶対にだめ!」

 フルートは我に返って赤くなりました。ゼンがしかめっ面でフルートの頭を殴ります。

「ったく! ちっとマシになってきたかと思ったのに、相変わらずなヤツだな! もっとまともな脱出方法を考えろ!」

「いや……ぼくだけここに残って、みんなに外から助けてもらうってのを考えていたんだけど」

 と弁解するように言うフルートに、金の石の精霊が言いました。

「それは無理だ。ぼくの本体はフルートと一緒にある。他の者が離れたら、ぼくはもうそっちを守れなくなるから、他のみんながおどろに食われる」

 そらみろ! とゼンがまたフルートの頭を殴ります。

 

「ワン、今、何時頃かなぁ」

 とポチが泥におおわれた頭上を見て言いました。

「朝が来ればポポロの魔法がまた使えるようになるから、それでおどろを追い払うことができると思うんだけど」

「まだ未明だ。夜明けまでは二時間近くある」

 と願い石の精霊が答えます。

 フルートはまた溜息をついて腕組みしました。

「それまで待つしかないか……。ドワーフやロムド兵のことは気になるけど、ここにぼくらがいる限り、おどろが彼らを襲うことはないみたいだからな。夜が明けたら、ポポロにおどろを吹き飛ばしてもらって外に出よう。それから怪我した人たちを助けて、ジタン山脈に――」

 

 その時です。

 彼らを取り囲む泥から声が響きました。

「オマエタチヲ外ニ出シタリスルモノカ、勇者ドモ。オマエタチハ、ソコデ溶カサレテイクノダ」

 おどろではありません。闇の泥よりもっと下の場所から、這い上がるように声が話しかけていました。

「デビルドラゴン!!」

 と彼らは思わず叫びました。

 すると、いきなり周囲の泥が、ぐうっと彼らに近づいてきました。彼らを包む金の光が泥に押されたのです。たちまちメールが悲鳴を上げます。

「おどろが強まっている! 闇の力を得たな――!」

 と金の石の精霊も叫びました。一同の前で両手を広げて、いっそう明るく輝きます。

 ところが、その強い光も、おどろにじりじりと押され始めました。メールが金切り声を上げながらゼンにしがみつきます。

「やだやだ、やだぁぁっ!!! 泥に押しつぶされるなんて冗談じゃないよぉ!!!」

「落ち着け、馬鹿。どなるな!」

 とゼンが言ってメールを抱き寄せました。周囲を見回す顔は真剣です。

 金の光と闇の泥が攻防を繰り返していました。泥が光を押して迫り、それを光がぐっと押し戻します。それをまた泥が押し返してきます――。

「このままでは破られるぞ、守護の」

 と願い石の精霊が言いました。この状況でも美しい顔は冷静なままです。

 精霊の少年は金の瞳で闇の泥を見据えて言いました。

「わかっている――。力を使いすぎるからやらずにいたんだが、もうそんなことも言っていられないな。一気におどろを追い払って消滅させるぞ」

 

 とたんに、フルートの胸の上で金の石がちかりとまたたきました。続けて、爆発するような光がほとばしります。先ほどの光の爆発より、はるかに強力で大量の光が広がります。まるで光の洪水のようです。

 その中でおどろの体がちぎれていきました。闇の泥がばらばらになり、まるで蒸発するように消えていきます。消えた後には何も残りません。

 仲間たちはフルートの後ろに寄り集まって、その光景を眺めていました。びりびりと周囲の空気が震え、光が闇を破っていきます。おどろが消えていった後から、外の風景がのぞき始めます。

 ところが、すぐにまたそこが泥でふさがれました。光はおどろを消しているのに、その後ろからすさまじい勢いで再生をしているのです。湧き上がるような泥がまた光を押し包んでいきます。

「ワン、だめだ! おどろの方が強い!」

「光が押しつぶされるわ!」

 犬たちが思わず叫び、メールがまた悲鳴を上げてゼンにしがみつきました。ポポロも真っ青になって立ちすくんでいます。

 そんな仲間たちを見ながら、フルートは強く念じ続けていました。守れ、金の石! 闇なんかに負けるな――! すると、その想いに応えるように、ぐうっとまた光が強まります。

 

 すると、闇の泥が一カ所で急に寄り集まり、怪物の体の一部になりました。先端に鋭い爪がはえた前足です。高く持ち上がったと思うと、いきなり光を引き裂いて金の石の精霊を直撃しました。精霊の少年の姿が消えていきます――。

「金の石の精霊!!」

 とフルートたちが叫ぶと、すぐにまた精霊の少年が姿を現しました。傷は負っていません。

「ぼくは大丈夫だ。前に出るな。闇の爪で引き裂かれるぞ」

 冷静な顔で言いながら、小さな両手をかざし、いっそう強く光り続けます。爪がはえた泥の前足が、光の中で蒸発していきます。

 すると、また泥の中に前足が現れました。今度は精霊の少年を横殴りにします。また精霊の姿が一瞬消え、光と共に戻ってきます。

 その整った顔がかすかに苦痛の表情を浮かべているのに、フルートは気がつきました。精霊も攻撃されれば痛みは感じるのだ、と金の石の精霊自身が言っていたことを思い出します。心なしか姿も薄れ始めているように見えます。力も同時に奪われているのです。思わず飛び出そうとすると、それより早く精霊の少年がどなりました。

「余計なことをするな! おどろに押し切られるぞ! みんなを守ることだけを考えろ!」

 フルートが精霊を守ろうとしたことに気づいたのです。

 金の光はいっそう強く激しく輝きます。また竜の前足が消えていきます。

 

 けれども、やっぱりおどろはまた再生してきました。光の中に立つ彼らにおおいかぶさり、締めつけるように迫ってきます。笑うような声が響いています。

「願い石ィ、願い石ィヒヒヒヒィ……ようやく手にはいる。ようやく俺のものォォ……今、食ってやるからなァァァ……!!!」

 叫ぶような歓声と共に、金の光が裂けました。泥の中に巨大な怪物の口が現れて、いきなり金の少年をかみ砕いたのです。とたんに、ばちん、と何かが弾けるような音が響き、フルートたちはその場に倒れました。

 目を開けたフルートが見たのは、自分の上にのしかかるようにしてのぞき込む、泥の竜の頭でした。その上で血のように赤い瞳が見開いて、フルートをのぞき込みます。

「コレデ終ワリダ、金ノ石ノ勇者。オドロニ食ワレルガイイ」

 デビルドラゴンの声でそう言って、どうっと泥の竜が襲いかかってきました――。

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