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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第24章 対決

85.執拗(しつよう)

 怪我をしたポチとそれを追って飛び下りたフルートが、おどろのど真ん中に落ちていきました。寸前で金の石の光が二人を包みましたが、そのまま黒い泥の中に呑み込まれて見えなくなってしまいます。

「フルート! ポチ!」

「フルート――!」

 仲間たちが花の網の上から呼びますが、返事はありません。

 オリバンが駆けつけて聖なる剣で怪物に切りつけようとしましたが、馬がおびえて後ずさってしまいました。草や木が怪物の体に触れたとたんに消えていくのを見て、オリバンも近づけなくなりました。この怪物は触れたものを溶かして吸収してしまうのです。

 ゼンがポポロにどなるように尋ねました。

「あいつらは!? どうしてる!?」

「だめ、中が見えないの……。あれは闇の怪物だもの……」

 ポポロはもう泣き出してしまっています。

「ポチ! フルート!」

 ルルが必死で呼んでいました。その後足はおどろの攻撃で傷を負って血を流しています。風の犬に変身することができません。

「花たち!」

 とメールが叫んだとたん、花の網が一回り小さくなり、離れた花たちが銛(もり)に変わりました。おどろを鋭く突き刺しますが、怪物に触れたとたん花も溶けて消えてしまいました。まるで歯が立ちません。

 

 すると、泣いている少女に声が聞こえてきました。

「ポポロ。ポポロ、聞こえるかい――?」

「フルート!!」

 ポポロはたちまち歓声を上げました。仲間たちが、いっせいにポポロに注目します。

 フルートはおどろの中から魔法使いの耳を持つポポロに話しかけていました。

「大丈夫、ぼくたちは無事だよ。金の石が守ってくれてるんだ。これからおどろを追い払うから、ぼくたちが現れたらすぐに拾い上げるように、メールに伝えて。それと、オリバンには充分離れろ、って」

 そこでポポロはすぐにフルートのことばを仲間たちに伝えました。

「わかった。任せな!」

 とメールが答え、オリバンは馬と共に大きく下がります。

 

 おどろはジタン山脈の麓の荒野に、黒い泥の塊のようにじっと留まっていました。かすかにうごめくだけで、そこから動き出さないのは、中に取り込んだフルートたちを消化しようと四苦八苦していたからでした。金の石が守りの光で防いでいるので、どうしても溶かすことができなかったのです。

 すると、その泥の頂上に小さな渦巻きが現れました。泥が流れて回転を始めています。

「お――オ――なんだァァァ?」

 おどろの声が響く中、泥の渦巻きはさらに速く大きくなり、ついにはすり鉢型の穴ができてきました。穴の底から浮かび上がるように現れたのは、金の光に包まれたフルートです。胸には白い子犬をしっかり抱きしめています。

 その前に黄金の髪と瞳の少年が立っていました。高く上げた両手をさっと振り下ろすと、泥の回転がいっそう速くなり、フルートたちが完全に姿を現します。

 フルートは片腕を仲間たちの方へ突き出しました。

「メール!」

「あいよ!」

 花使いの姫の返事と共に、花のロープが長く伸びました。伸ばしたフルートの腕まで届いて絡みつき、勢いよく引き上げます。少年と子犬がおどろの中から抜け出してきます。

「花鳥!」

 とメールがまた叫びました。花の網が一瞬で鳥に姿を変え、飛び上がってくるフルートたちの下へ舞って、背中に拾い上げます。仲間たちがわっと飛びつきます。

「フルート! ポチ!」

「おい、大丈夫か、ポチ!?」

「ワン、大丈夫です」

 と子犬が返事をしました。その白い体は血に染まっていますが、傷はもう消えていました。金の石の光に包まれたときに癒されたのです。

 

 ああ、よかった、と全員が思わず安心したとき、地上からオリバンの声が響きました。

「油断するな、馬鹿者! おどろが来るぞ!」

 彼らの下によどむ怪物が、逃げた獲物を捕まえようと黒い泥の腕を伸ばしていました。とっさに上空へ逃げた花鳥を追って、高く高く伸び上がってきます。ついには地上数十メートルもの高さまで来ましたが、それでもなお追ってきます。

「なんてヤツ!」

 と言いながら、メールは花鳥を急降下させました。おどろの腕をすり抜け、今度は横へ飛び始めます。花鳥の背中に猛烈な風が吹き、飛ばされそうになった仲間たちがあわててしがみつきます。

 ところが、それでもおどろは後を追ってきました。泥の腕は次第に太くなり、何十本にも増えて、泥の蛇が鎌首を伸ばしているような姿になります。その先端が花鳥の尾に追いつきます。

「来たぞ!!」

 とゼンが叫びました。メールはもう何も言いません。花鳥の速度を上げようと必死で操り続けます。けれども、それももう限界でした。あまり速すぎる飛行に、花の体が吹きちぎられ、崩れ始めています。後ろへ流されていく花がおどろに呑み込まれて消えていきます。

 危ない! とどなる声がはるか後ろから聞こえてきました。オリバンです。とたんに泥の鎌首がどっと花鳥に襲いかかり、花も少年少女も犬たちも一度に呑み込んでしまいました――。

 

「あいてて……」

「ちょっと、ゼン! どきなよ、重いよ!」

「ポポロ、ポポロ、大丈夫!?」

「ええ、大丈夫――」

「ワンワン、ルル、傷は平気ですか!?」

「平気よ。もう治ってるわ」

 暗い闇の底で、フルートたちは折り重なるように、ひとかたまりになっていました。そこはおどろの中です。黒い泥がひしめく中、彼らは金の光に包まれて無事でいました。また金の石が彼らを守ったのです。

 金の石は小さな少年の姿で彼らの前に現れていました。両手を腰に当てて溜息をつきます。

「願いのが言っていたとおりだな。そうとうしつこい怪物だ。絶対に逃がさないつもりでいるぞ」

「脱出できるかい?」

 とフルートが尋ねると、精霊は首をかしげました。

「ただ脱出してもまた追いかけてきて、ぼくらを捕まえるだろう。追い払わなくちゃならないな」

「できるのかよ? おまえ、地下の通路ではヤツを抑えるので精一杯だっただろうが」

 とゼンが遠慮もなく言うと、金の石の精霊は、じろりとゼンをにらみつけました。

「奴は闇の怪物だ。光のある地上に出てきて、少し力が弱まっているんだ」

 と言いながら、両手をかざして気合いを込めます。

 とたんに、フルートたちの周囲で金の光が爆発しました。光が風のように周囲から闇の泥を吹き飛ばして消し去っていきます。それがおさまったとき、一行は再び外に出ていました。夜空から淡い半月の光が差してきます。

 どうだ、という顔をした精霊にゼンは肩をすくめました。

「ああ、さすがだぜ。でも、無理すんなよ。おまえはチビなんだから、張り切りすぎると、また疲れて弱っちまうぞ」

 たちまち金の石の精霊がまた不機嫌な顔になり、フルートは思わず苦笑しました。口は悪いのですが、ゼンは金の石の精霊を心配しているのです。

 

 そのとき、空から差す月の光が急に陰りました。黒雲が空をおおっています。はっと見上げたポポロが悲鳴を上げました。

「おどろ――!!」

 月をおおったのは雲ではありませんでした。吹き飛ばされた怪物がまた寄り集まり、伸び上がって彼らを押しつぶそうとしていました。巨大な泥の塊が空から降ってきます。

 シュン、と音を立ててポチとルルは風の犬に変身しました。ルルも、金の光で守られたときに傷が治っていたのです。即座に少年少女たちを背中に拾い上げて空を飛び始めます。その後をおどろが追ってきます。

「し――しつこいね、ホントに!」

 とメールが振り向いてわめきました。泥の怪物はどこまでも彼らを追いかけてきます。いくら方向を変えても、森や谷へ誘っても、彼らを見失うことがありません。ポチはフルートとポポロを、ルルはゼンとメールを、それぞれに二人ずつ乗せているので、速度もあまり上がりません。次第にまたおどろが追いついてきます。

 

 すると、突然フルートが叫びました。

「だめだ!! よけろ!!」

 行く手にうずくまる大勢の人影が見えていました。全身に火傷を負って動けなくなっているドワーフとロムド兵です。フルートたちはおどろから逃げ回るうちに、また元の場所へ戻ってきてしまったのです。

 おどろはものすごい勢いで彼らの後を追っていました。このままでは傷ついた人々の中になだれ込んでしまいます。

 とっさに大きく進路を変えた二匹の風の犬に、おどろが一気に追いついて、またどうっと襲いかかってきました。泥の中に呑み込んでしまいます。

 とたんに、笑うようなおどろの声が聞こえました。

「願い石ィヒヒヒィィ……捕まえたァァァ……」

 彼らを押しつぶそうとするように、泥がうごめき積み重なっていきました――。

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