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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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82.馬車

 王都の南側では激しい戦闘が続いていました。

 丘陵地には畑や牧場が広がり、若草が柔らかに大地をおおい、花が群れ咲いています。その春の景色を踏みにじって、兵と兵が馬で駆け寄り、剣をぶつけ合って戦っていました。至るところで叫び声が上がり、血しぶきが飛び、負傷した兵士が落馬して蹄に踏みつぶされます。戦場に死体が増えていきます。

 その中でも特に激しい戦いが繰り広げられているのは、王都の南門に近い場所でした。駆けつけてきた私兵部隊がサータマンの疾風部隊と斬り合っています。素早い動きでどの防衛線も突破してきた疾風部隊ですが、その動きが鈍っていました。王都の目前までやって来て、これ以上先へ走れなくなったのです。いやおうなしに乱戦状態に陥っています。

 

 そんな混乱した戦いから少し離れた場所に、サータマン軍の馬車が数台、ひとかたまりになって停まっていました。外に向かって円陣を組み、兵士たちが周囲を警戒しています。明らかに何か大切なものを運んでいる様子です。

 すると、突然馬車を引く馬の一頭が後足立ちになりました。激しくいななきます。同じ馬車につながれていた隣の馬も、いきなり頭を振って鳴き出します。

「ど、どうした!?」

 馬を落ち着かせようとした兵士が馬に蹴り飛ばされました。二頭の馬が狂ったように駆け出します。馬車を後ろに引いたままです。

「待て!」

「連れ戻せ――!」

 見張りの兵士たちがあわてて馬に飛び乗り、疾走する馬車の後を追い始めました。他の馬車のそばには二人のサータマン兵と、馬に蹴られた兵士だけが残ります。

 すると、負傷した兵士が突然前のめりに倒れました。驚いて駆け寄った他の二人も、次々に倒れていきます。

 見張りがいなくなった馬車のそばに姿を現したのは、トウガリでした。倒れた兵士たちを見回してつぶやきます。

「人間は卒倒したか。まあ、馬用の薬だから当然といえば当然だな」

 トウガリは手に細長い筒のようなものを握っています。そこから興奮剤を仕込んだ吹き矢を馬や兵士に撃ち出したのです。間者が戦場で使う道具でした。

 トウガリのそばには四台の馬車が停まっていました。五台目は戦う者たちの間を滅茶苦茶に疾走しています。誰もこちらを見ていないのを確かめて、トウガリは、するりと一番近い馬車に入り込みました。

 

 馬車の中は真っ暗でした。扉の隙間から差し込む光で、やっと中の様子が見えます。何か王都の守りを破る武器か道具でも積んであるのではないかと予想していたのですが、意外にも、馬車はほとんど空に近い状態でした。床の真ん中に小さな布の包みがぽつんと置かれています。

 トウガリは、そっと包みを開いて、けげんな顔になりました。出てきたのはただの丸い鏡です。縁に黒い石が無数に埋め込まれています――。

 そのとたん、トウガリは鏡を放り出して飛びのきました。それがすべて闇の石だということに、いきなり気づいてしまったのです。馬車の床に落ちた鏡が暗く光って、そこに影の竜が映ります。

「コザカシイ。邪魔ハサセヌゾ、ろむどノ間者」

 地の底から這い上がるような声が響いて、鏡から黒い霧のようなものが吹き出してきました。たちまち馬車いっぱいに充満します。トウガリはあわてて馬車から飛び出そうとしましたが、手足がしびれてその場に倒れました。黒い霧に呼吸ができなくなります。

 

 とたんに、同じ馬車の中に赤い衣の人物が姿を現しました。黒い肌に猫のような金の瞳の小男です。手に握った細い杖を鏡に突きつけて叫びます。

「ミ、ケロ!」

 鏡が粉々に砕けて飛び散り、そのまま消えていきます。

 同時に馬車の中の黒い霧も消え、トウガリはまた息ができるようになりました。手足のしびれが薄れていきます。トウガリは突然現れた男を、目を丸くして見上げました。

「赤の魔法使い殿……。何故ここに」

「ガ、シタ。トウガリ、ガワ、イカ?」

 残念ながら、赤の魔法使いのことばはトウガリにはわかりません。ただ、この異国の魔法使いが心配してくれていることだけは伝わってきました。

 すると、馬車の中に青の魔法使いの声が聞こえてきました。

「大丈夫でしたかな、トウガリ殿? ユギル殿の命令で赤がそちらに飛びましたが」

 ユギル殿の――とトウガリは思わず納得しました。銀髪の占者は、占盤でトウガリの象徴の動きも見つめ、危機に陥っているのにいち早く気づいて、赤の魔法使いを助けによこしてくれたのです。

「赤、そこには何があった?」

 という女性の声も聞こえてきました。白の魔法使いです。青と白の魔法使いは、ロムド城の守りの塔から話しかけてきているのです。

「ミノ、キョウ。ラク、リノ、ベオ、ル、ノ」

 と赤の魔法使いが答えると、青の魔法使いがうなずいた気配がしました。

「なるほど。守りの壁を破るための道具ですか」

「そこにある馬車全部に闇の鏡が積んであるのだろう。都の周囲に配して、守りの壁を一気に消すつもりだったな。赤、鏡をすべて破壊しろ」

「チ――」

 赤の魔法使いがまた細い杖を振り上げると、とたんに馬車の外から爆発する音が聞こえてきました。寄り集まっていた馬車が、すべて吹き飛んだのです。中に積んであった闇の鏡もろとも消滅していきます。

 

 一台だけ残った馬車から飛び下りながら、トウガリは赤の魔法使いに言いました。

「俺が暴走させた馬車がもう一台あります! あそこにも闇の鏡が積んであるはずだ――」

 トウガリに続いて馬車を飛び下りた赤の魔法使いが、地面を蹴って高く空に飛びました。その小さな体が空中で消え、次の瞬間、戦場の遠い場所に現れます。暴走している馬車のすぐ上です。細いハシバミの杖を振り上げ、馬車に向けようとします。

 すると、その目の前に飛竜に乗った人物が姿を現しました。短い黒髪に口ひげの黒衣の男で、手には金属の杖を握っています。昨日、守りの塔で白の魔法使いを服従させようとした、闇の魔法使いでした。

 魔法使いは手にした闇の杖を赤の魔法使いに向けて言いました。

「それを渡すわけにはいかんな。さっさと立ち去れ、卑しい黒小人め!」

 赤の魔法使いの金の目が、きらりと本物の猫のように光りました。いきなりその姿がまた消えます。

 闇魔法使いは羽ばたく飛竜の上からあたりを見回しました。相手が逃げたとは考えていません。すると、その後ろの空間に赤の魔法使いが姿を現しました。細い杖で殴りかかっていきます。とっさに振り向いた闇魔法使いが、金属の杖でそれを受け止めます。

「アウルラ、タレ!」

 と赤の魔法使いが叫びました。強烈な光を呼ぶ呪文です。とたんに、闇魔法使いが飛竜ごと弾き飛ばされました。異大陸の男が使う魔法は、彼や白の魔法使いたちが使う魔法とは体系が違うので、闇の杖でも防ぐことができなかったのです。

 闇魔法使いが飛ばされて墜落したのは、馬車の上でした。興奮した馬がまだ滅茶苦茶に走り続けています。男が金属の杖で馬車を打つと、馬車はばらばらになり、馬はその場に倒れて息絶えました。停止した馬車の残骸の中に、布にくるまれた闇の鏡があります。闇魔法使いはそれを取り上げてわめきました。

「見ていろ! ディーラは俺たちのものだ!」

 赤の魔法使いはまたハシバミの杖を振り上げましたが、それを振り下ろす前に闇魔法使いは姿を消しました。闇の鏡も一緒です。そのまま、どこへ行ったのかわからなくなってしまいます。

 

 戦場をトウガリが駆けつけてきました。地面に立ってあたりを見回している赤の魔法使いに話しかけます。

「闇の鏡を持ち去られたのですね? だとすれば、敵の行き先はディーラだ!」

 それとほとんど同時に、ディーラを包む守りの壁の一カ所で、黒い光が炸裂しました。守りの光とぶつかり合って火花を散らし、やがて、ドン、とすさまじい音を立てます。

 とたんに赤の魔法使いとトウガリの耳に白の魔法使いの声が聞こえてきました。

「戻れ、赤! あいつが守りの壁を破ったぞ――!」

 闇魔法使いが鏡の力で都を守る光に大穴を開けたのでした。音と振動に驚いて都を見た人々の目にも、光の壁に暗くぽっかりと口を開けた穴が見えました。

 たちまち戦場に声がわき起こりました。

「ディーラの守りが破れたぞ!」

「攻め込め!!」

 サータマン兵は口々に叫ぶと、穴を目ざして殺到し始めました――。

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