夜明けと共に再開した王都ディーラの攻防戦は一日中激しく続き、日暮れを過ぎて再び夜になっても、いっこうに終わる気配がありませんでした。
上空をおおう厚い雲と夜の闇に紛れてサータマンの飛竜部隊が都に近づき、突然姿を現しては急降下してきます。石や火袋が雨のように都に降りそそぎますが、都を包む守りの光がそれを防ぎます。守りの塔の魔法使いたちが放つ光の壁です。跳ね返されても弾かれても、飛竜部隊は攻撃を繰り返します。攻撃を重ねることで守りの壁を破ろうとしているようです。
一方、疾風部隊と呼ばれるサータマンの騎馬部隊も、王都のすぐ近くまで迫っていました。ワルラ将軍が率いる部隊の防衛線を抜けてきたのです。光り輝く王都めがけて何千もの騎兵たちが疾走してきます。
ロムド城の王の執務室は、ロムド軍の司令本部になっていました。都の内外から次々舞い込む知らせを王が受けるかたわらで、銀の髪の青年が占盤をのぞき続けています。
「まもなく第十九師団が戦闘を開始します。都からわずか三キロ南の場所です。疾風部隊がディーラへ到着します」
と占者の青年は言いました。闇の石を装備した敵の姿は占盤には映りません。味方が戦う様子を見つめ、その動きから敵の状況を読み取っているのです。
「その防衛戦で疾風部隊を防げるか?」
とロムド王が尋ねました。執務室から外の戦況は見えませんが、雷のような音がひっきりなしに聞こえていました。城の魔法軍団が敵の飛竜部隊の攻撃を防いでいる音です。王都は激戦のただ中にありました。
ユギルは占盤を見つめながら答えました。
「第十九師団だけでは押し切られます。敵はディーラまで殺到します。敵は守りの光を破る道具を持っているようです。敵が都に入り込み、都を守る部隊と戦闘が始まります」
占者はこれから起きる未来を読み取ることができますが、どれほど深く占っても、どうしても避けられない未来というものはあります。占者の青年は都が敵に襲われていく恐ろしい様子を告げていました。淡々とした声ですが、その表情は真剣そのものです。
「都の南門の守備を固めよ! 外に出ている市民はおらぬな!?」
とロムド王が言いました。そばに控える魔法使いたちが王の命令を軍の指揮官に伝え、また別の魔法使いが都の様子を見通してうなずきます。
「市民は皆、建物の中におります。今のところはおとなしく様子を見ているようです」
そこへ、執務室の中に女性の声が響きました。白の魔法使いです。守りの塔にいる彼女は、魔法の声で直接王たちに話しかけていました。
「ディーラの南の地平から敵が出現しました! 激しい土煙が見えます。サータマンの疾風部隊です!」
そこに野太い男の声も重なりました。やはり声だけで姿は見えません。
「都の南に待機していた師団が防衛に動き出しましたぞ。我々も防戦に加わります」
白の魔法使いと同じように、守りの塔で王都を守っている青の魔法使いです。彼らは防衛と同時に、敵味方の動きを目で見て知らせる見張りの役目もしていました。
すると、ユギルが言いました。
「四大魔法使いは都の守備に徹底なさってください。間もなく守りの壁が破られて、敵が都に入り込みます」
はっと魔法使いたちが息を呑んだ気配が伝わってきました。彼らが歯ぎしりして悔しがる音も聞こえたような気がします。
「承知――。都を死守します」
と言って、白の魔法使いの声は聞こえなくなりました。
「サータマンの飛竜部隊と疾風部隊が揃う。王都はどうなる?」
とロムド王がユギルに尋ねました。
占者の青年はこの二日間、一睡もしていませんでした。戦闘が休戦になった間も、再び戦いが始まってからも、休むことなく戦いの行く先を占い続けていたのです。それでも、疲れを感じさせない確実な声で答えます。
「南からワルラ将軍の部隊が追いついてまいります。防衛線を突破された他の部隊も一緒です。その数およそ五千騎。一方、近隣の領地からも援軍が到着します。先頭は、メンデオ伯爵の領地から駆けつけた軍勢です。他の大貴族の私軍がそれに続きます」
大貴族の中で真っ先に王に全面協力を申し出てきたメンデオ伯爵は、王都から自分の領地へ知らせを飛ばし、周囲の諸侯の領地から援軍をとりまとめてきたのです。
「さすがはメンデオ伯。王家の親族としての役目は充分承知しておる」
とロムド王がつぶやきました。メンデオ伯爵は先のロムド王妃の兄に当たります――。
わぁーっと遠くからとどろくような人の声が聞こえてきました。南の方角です。押し寄せてきたサータマンの疾風部隊と、都を守る第十九師団のロムド兵が遭遇したのです。雷のような攻防の音も、城の上方から響き続けています。
敵の攻撃はまだ都の守りを破ってはいません。けれども、占者の色違いの目は、間もなく始まる都の中の戦いを見つめていました。
「敵は闇の石に守られています。攻撃も魔法も完全には効かないのです。敵が都の奥まで入り込んできます。もっと多くの援軍が必要です」
メンデオ伯爵たちの私兵部隊に続いて、他の貴族たちも自分の領地から私兵を送り出してくるのは間違いありません。ただ、時間が問題でした。援軍が駆けつけてくるのに時間がかかれば、王都は敵に蹂躙され、都に火が放たれて城は焼け落ちてしまいます。そんな恐ろしい未来さえ、占盤は鮮やかに映し出してみせるのです。
そんなことはさせない、とユギルは心の中で言い続けていました。そんな未来はディーラには起こさない。必ずそれを切り抜ける道を見つけ出してみせる、と。占盤の上で踊るように戦う象徴の群れを眺め、その奥に勝利の道を見いだそうとします。
トウガリは王都の近くの丘から戦場を見下ろしていました。王都を包む守りの光は、周囲を真昼のように照らし出しています。王都のすぐ南側で、軍勢と軍勢が戦いを始めていまた。攻めるのは馬の大群と共に駆けてきたサータマンの疾風部隊、守るのはロムド軍の第十九師団です。銀の鎧兜のロムド軍が勇敢に戦う様子は、離れた丘の上からもはっきり見えていましたが、いかんせん、圧倒的な数の差がありました。攻める疾風部隊はデセラール山とリーリス湖の隘路で数を減らしていましたが、それでもまだ六千以上いたのです。およそ二千騎の第十九師団がたちまち散らされ、突破されてしまいます。
騎兵たちの後ろからついてくる馬車部隊を、トウガリは見つめていました。先に隘路でロムド軍に壊された馬車ですが、ロムド軍が疾風部隊を追って離れた後、修理をしてまた追いついてきたのです。
竜も生き物なので餌は必要です。疾風部隊を乗せている馬たちを養う飼い葉も、さらには、戦う兵士たちの食料や物資も運ばなくてはなりません。大軍を動かすためには、それを支えるための物資の輸送が絶対に欠かせないのです。
けれども、トウガリはなんとなく腑に落ちない思いで馬車を見つめ続けていました。物資を運ぶ馬車部隊は後方部隊と呼ばれ、文字通り軍の後ろをついてくるのが普通です。ところが、ここに来て、何台かの馬車が急に速度を上げ始めたのです。疾風部隊の騎兵に並び、それを追い越す勢いで王都を目ざしていきます。常識では判断しにくい動きでした。
何か目的があるな、とトウガリは考えていました。行く手の王都は守りの光の中にあります。馬車はその光に体当たりしていくようにも見えます。
すると、馬車の行く手をさえぎるように、都の東方から駆けつけてくる一軍がありました。やはりロムド軍の銀の鎧兜をつけていますが、その旗印は王家ではなく、王家の親族に当たるメンデオ伯爵家のものでした。メンデオ伯の私兵が駆けつけてきたのです。その後ろに、王都の近くに領地を持つ諸侯の旗が続いています。
突進していた馬車が停まりました。馬車を守っていたサータマン兵と諸侯の私兵の間で戦闘が始まります。
動かなくなった馬車を見て、トウガリはつぶやきました。
「確かめてみるか」
トウガリ自身は馬にまたがり腰に剣を下げているだけで、防具はまったく身につけていません。その格好で馬の腹を蹴ると、ためらうこともなく丘から戦場へ駆け下りていきました――。