「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第11巻「赤いドワーフの戦い」

前のページ

79.召喚

 風の犬のポチに乗ったフルートの体が光に包まれていました。したたる血のような色の光です。ポポロが泣きながらフルートを抱いて引き止めますが、光は消えません。

「フルート!!」

 とメールとルルが飛びつこうとすると、ゼンがそれを捕まえました。片腕でメールを、もう一方の手でルルの風の首輪を引き止めながら言います。

「あわてるな、馬鹿。あいつを信じろ――」

 すると、彼らの目の前にも赤い光がわき起こって、一人の女性が姿を現しました。赤い髪を高く結って垂らし、火花のようなドレスをまとった願い石の精霊です。空中から彼らを見下ろして言います。

「ついに願いをいう気になったか、フルート」

 その整った顔は少しも表情を浮かべてはいません。まるで石を刻んで作った美しい彫刻のようです。

 

 ところが、フルートが何か言うより早く、今度は淡い金の光がわき起こって、少年が姿を現しました。鮮やかな黄金の髪と瞳の、金の石の精霊です。フルートをいきなりどなりつけます。

「何を考えているんだ、フルート!? 願い石に象の怪物を退治することを願ったら、デビルドラゴンにはもう怖いものがなくなる! 君が願い石に願い終えたとたんに姿を現して、あっという間にこの世を地獄に変えるんだぞ!」

「それでも、それがフルートの願いだというならば、私はそれをかなえよう。それが私の役目だ」

 と願い石の精霊が言います。淡々とした声です。金の石の精霊がそれをにらんで言い返そうとすると、フルートが言いました。

「ごめん。ぼくは願いたいわけじゃないんだよ」

 勇者の少年は苦笑いするような顔をしていました。その体から、いつの間にか赤い光が消えています。

「願いたいわけじゃない?」

 と一同は思わず聞き返してしまいました。願い石の精霊が言います。

「では、何故私を呼んだ。願いがあったからではないのか」

「違うんだ。ただ、そこにいてほしいんだよ。そうしないと呼べないから」

 呼べない? とまた一同は聞き返しました。さすがの精霊たちも、わけのわからない顔をしています。

 すると、フルートが今度はポチに言いました。

「高く飛んで。ジタン山脈がよく見える位置まで」

 ポチにもフルートが考えていることはわかりませんでしたが、とにかく、言われたとおり空高く舞い上がりました。怪物になった象の頭とほとんど同じ高さまで来ましたが、象は地上の人々の方を見ていて、彼らには目を向けません。体をおおう無数の触手が、狙いを定めるように揺れています。

 フルートはまっすぐジタン山脈を見ました。ポチの背中から、出せる限りの声で呼びかけます。

「おどろ!! おどろ、出てこい!! 願い石はここだぞ――!!!」

 

 石の精霊たちが驚愕する顔というものを、勇者の少年少女たちは初めて見ました。

 願い石の精霊も金の石の精霊も、目を見開き、口をぽかんと開けて、とっさにはことばも出せずにいます。その間に、フルートはまた叫びました。

「おどろ、来い!!! おまえがずっと探している願い石は、ここにいるぞ!!!」

「フルート――!!」

 と金の石の精霊は叫びました。おどろは何千年もの間、願い石を追いかけ続けてきた巨大な怪物です。地中の通路で出くわしたとき、金の石の精霊にもそれを撃退することはできなかったのです。

 願い石の精霊が驚く顔から呆れた表情に変わりました。

「おどろを呼び出すために私を起こしたのか。だが、あれは執拗だぞ。一度私を見つければ、何百年もあきらめずにつきまとう。そんなものを呼んでどうするつもりだ?」

 フルートは答えました。

「もちろん、あの象と鉢合わせさせるんだ。あれくらい大きい怪物には、大きい相手じゃなくちゃね――。ポポロ、悪いけど降りてくれ。二人で乗っていると、重くてポチが速く飛べなくなるから」

 フルート! とポポロはまた泣き出しそうになりました。フルートは願い石を持つ自分を囮(おとり)にして闇の怪物を呼び、それを敵の怪物へぶつけようとしています。自分自身を犠牲にする、いつもの戦い方です。腕をつかんで必死に引き止めようとします。

 

 すると、フルートが今度はメールに言いました。

「花鳥を頼む。できるだけ大きくて速く飛べる奴を作って、それにポポロと乗るんだ」

「あたいたちにそれに乗って逃げろって言うわけ!? そんなのって――!」

 メールがかっとなって言い返そうとすると、フルートは首を振りました。

「違うよ。君が乗ってると、ゼンとルルも速く飛べなくなるからさ。そしたら、みんなでおどろにつかまっちゃうじゃないか」

 うん? とゼンはフルートを見直しました。こんな場面なのに、フルートはほほえんでいました。なんだか、いたずらっぽくさえ見える表情です。

 少しの間それを見つめて、ゼンは急に自分の膝をぴしゃりとたたきました。笑いながら叫びます。

「俺たちもか! 俺たちにも、一緒に囮になれって言うんだな!?」

 仲間たちはまた驚きました。すると、フルートが、にやっと笑い返しました。

「前にも言っただろう? みんなのことも巻き込むぞ、って――。さあ、おどろを惹きつけて、あの象と正面衝突させるぞ。そして、そのままこのジタン山脈から遠い場所まで連れていくんだ。おどろは相当しつこいみたいだからな。みんな、覚悟してつき合えよ」

 金の石の精霊は空中に浮いたまま肩をすくめました。

「無茶苦茶だな」

 それを振り向いて、フルートが言います。

「もちろん君にもつき合ってもらうよ、金の石の精霊。願い石がおどろに襲われたら困るんだから、彼女もしっかり守れよ」

「おどろが狙うのは、願い石の本体を持っている君だぞ!」

「石が石に守られるなど、冗談ではない!」

 二人の精霊が同時に憤慨した声を上げます――。

 

 そこへジタン山脈の方角から声が響いてきました。

「聞こえたぞォホホォォォ……そこかァ、願い石ィヒヒヒィィ……」

 笑うような不気味な声と共に、黒い泥の塊が山の中から抜け出してきます。

 願い石の精霊は赤いドレスの腰に手を当てて怪物を眺め、ふう、と妙に人間じみた溜息をつきました。

「おどろは本当にしつこいのだがな。呼び出してしまったのならしかたない」

 それは本当に巨大な怪物でした。象の怪物の比ではありません。山の中身が泥になってそのままそっくり抜け出してきたようにさえ見えます。ズズズズ、と地響きを立てながら動き出します。

「メール、花鳥を早く!」

 とフルートが言いました。笑い顔は消えて、真剣そのものの表情に戻っています。音を立てて飛んできた花が鳥になり、その上にメールとポポロが飛び移ります。

 フルートは叫びました。

「行くぞ! あいつを象のところへ連れていくんだ――!」

 眼下の荒野には傷ついた人々が倒れていました。ドワーフたちとロムド兵です。軍馬もひどい火傷を負ったまま動けなくなっています。オリバンやゴーリス、ビョールが山から現れた怪物を眺め、フルートたちを見上げていました。何かを叫んでいますが、それはもうフルートたちには聞こえません。空を飛ぶ彼らに聞こえているのは、ごうごうと耳許でうなる風の音だけです。

 おどろの目の前まで飛んでいって、フルートはまた叫びました。

「願い石を捕まえてみろ、おどろ! 捕まえることができたら、願い石はおまえにくれてやる!」

 それを聞いて赤いドレスの女性は唇を尖らせました。

「誰があんな化け物のものになったりするものか。ただそなたが、おどろに捕まって食われるだけだ」

「そんなことはフルートは百も承知だよ」

 とすぐ隣を飛びながら金色の少年が言いました。淡々とした声ですが、油断のない目で怪物とフルートたちを見ています。

 

「願い石ィヒヒィィ……」

 闇の泥の怪物が地響きを立てて動いてきます。信じられないほど巨大な怪物です。ほんの少し動いただけで何十メートルも進んでいます。

 そのすぐ前を飛びながら、フルートは仲間たちに言いました。

「象をあの場所から誘い出してくれ! 足下にみんながいて危険だ!」

 難しい注文を簡単に言うフルートですが、ゼンとメールたちは即座に象へ飛びました。

 象の怪物はまだ足下の人々だけを見ていました。全身から闇の光を放った後は、少しの間エネルギー切れになるのか、動きが緩慢になっていたのです。その目の前へルルが舞い下りました。背中に乗ったゼンは大きなエルフの弓を構えています。放った矢が象の目にまともに突き刺さります。

 ブォォォ! と鼻を振り回した象をかわして、ゼンは二本目の矢を放ちました。それも怪物の目に命中します。象は闇の怪物になっているので、矢はすぐ抜け落ちますが、痛みは感じます。怒り狂った象はゼンの後を追い始めました。全身から触手を伸ばして捕まえようとします。

 すると、その前に花の壁が広がりました。メールです。ゼンとルルを触手から守ります。その間にルルはさらに飛びました。黒い泥の怪物の方へと向かいます。

 フルートはポチの背中から振り向きました。おどろはすぐ後ろまで迫っています。一方目の前からは象の怪物が突進してきます。その前をルルとゼンが必死で逃げています。隣をメールとポポロを乗せた花鳥も飛んでいます。

 二匹の怪物の間で彼らは合流しました。そのまま前にも後ろにも行けなくなります。

 とたんにフルートがまた叫びました。

「上へ!」

 風の犬と花鳥は空目ざして急上昇しました。彼らに襲いかかろうとしていた怪物たちが、獲物に逃げられて激しくぶつかり合いました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク