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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第22章 召喚

78.巨大

 下弦の月が照らす山の麓に、雲を突くような怪物が姿を現しました。長い鼻と大きな耳をしていて、全身をうごめく触手におおわれています。そのあまりの大きさに、戦っていた者たちはその場に立ちすくみ、呆然と怪物を見上げてしまいました。

 花鳥に乗ったメールとポポロが、怪物の前を飛びながら叫んでいました。

「みんな早く逃げな!」

「殺されるわよ! 逃げて――!」

 その二人めがけて怪物が鼻を振り回しました。花でできた翼が直撃を食らって散り、少女たちが空に放り出されます。

「メール!」

「ポポロ!」

 ゼンとフルートは同時に声を上げて駆け出しました。少女たちは地上十数メートルの高さから落ちてきます。地面に激突したら助かりません。

 すると、少年たちを追い抜いて、二匹の風の犬が空に舞い上がりました。ポチとルルです。落ちてくる少女たちを風の体に巻き込み、すぐに少年たちのところへ運んできました。

「大丈夫、ポポロ、メール!?」

「なんなんだよ、あの怪物は!?」

 駆け寄ってきたフルートとゼンに、少女たちは口々に言いました。

「あれは象だよ! 闇のドワーフが怪物に変えたんだ!」

「メイ軍にいたドワーフよ! 闇の石を使ったの!」

 その間にも怪物は突き進んできました。進路から人々が逃げ出します。ドワーフもノームも人間も入り乱れて、皆、必死で走ります。

「ポチ!」

 とフルートは叫んで、風の犬のポチの上に飛び乗りました。空に舞い上がり、象の怪物に向かってペンダントを突きつけます。

「金の石――!」

 たちまち聖なる光が輝き、怪物の体が溶け始めます。

 

 ところが、光が溶かす奥から、怪物の体が次々と再生されてきました。毛のように生えた触手が溶け落ちても、また新しい触手が現れるのです。いくら溶かしても、全体の大きさは少しも変わりません。

 驚いているフルートの隣に、風の犬のルルに乗ったゼンが飛んできました。舌打ちして言います。

「でかすぎるんだな。金の石でも溶かし切れねえんだ」

 さらにそこへ、また花で鳥を作ったメールがポポロと一緒に舞い上がってきました。花の網で怪物を捕らえようとしますが、あっという間に触手で引きちぎられてしまいます。

「さすがに力が強いわ。手強いわね」

 とルルが言いました。ポチが、匂いをかぐようにして言います。

「ワン、この象、すごく人を恨んでますよ。人間のことも、ドワーフのことも。象だった頃にこき使われて怒ってるんだ」

 闇の石で怪物にされたものは、自分の恨みを晴らすことを最優先します。象の怪物は六つに増えた目で、足下を逃げていく人々を見据え、いきなり全身から触手を伸ばしました。あっという間に走る人々を絡め取り、触手を突き立てます。フルートたちは真っ青になりました。怪物は赤いドワーフも黒いドワーフもロムド兵も無差別に襲ってきたのです。

 ルルがゼンを乗せたまま飛んで、赤いドワーフやロムド兵を絡め取る触手を断ち切りました。フルートは怪物の前へ飛んでペンダントを突きつけます。金の光が触手を溶かし、捕まっていた者たちが地面に転がります。触手で生気を吸われてしまった者は、すぐには動けません。

「また来るよっ!」

 とメールが叫んで両手を大きく振りました。とたんに森から新しい花が飛んできて、怪物と人々の間に壁を作りました。襲ってきた触手をさえぎります。

 その間に人々は逃げました。仲間を押しのけて我先に走っていくのは黒いドワーフたちです。ロムド兵や赤いドワーフたちは、動けない仲間を担いで逃げようとするので、その分逃げ足が遅くなります。そこへ花の壁を突き破った触手がまた襲いかかります。

「逃げろ!」

 とどなって飛び込んできたのはオリバンでした。赤いドワーフに絡みつこうとした触手を切り払います。とたんに、リーンと音が響いて、触手が消えました。聖なる剣です。

 ゴーリスも逃げる兵士たちを守って剣をふるい続けました。こちらは普通の剣ですが、伸びてくる触手を力強く断ち切っていきます。ビョールも走り鳥で駆けつけて、山刀で触手を防ぎます。

「花たち!」

 メールは必死で花を操り、壁で触手を押し返そうとしました。その前へまたフルートが飛んできて、聖なる光を浴びせます。触手はたちまち消えますが、すぐにまた新しい触手が伸びてきます。怪物の全身を毛のようにおおっている触手です。いくら切っても消してもきりがありません。

 

 すると、突然メールが悲鳴を上げました。花使いに夢中になっていて、別の方向から飛んできた触手に絡みつかれてしまったのです。たちまち花鳥の上からさらわれてしまいます。

「メール!!」

 仲間たちは声を上げました。そこにポポロの悲鳴が重なります。花を操っていたメールがいなくなったので、花鳥が一気に花に戻り、また空に投げ出されたのです。

 少年たちはそれぞれに飛びました。ゼンはメールへ、フルートはポポロへ。ゼンがショートソードで触手を断ち切ってメールを奪い取り、フルートが落ちてくるポポロを抱きとめます。少女たちは少年たちにしがみつきました。どちらもすぐには声が出せません。

 すると、ルルがぐん、と速度を上げました。

「二人とも、つかまっていて!」

 と言うなり、うなりを上げて地上へ飛びます。そこでは味方を守るオリバンやゴーリスたちが触手に襲われていました。ルルが風の刃で切り落としていきます。メールが振り落とされそうになってゼンの首に抱きついたので、顔が間近に迫ってゼンが思わず赤くなります。

 ポチがその隣へ舞い下りました。背中のフルートがまた金の石を突きつけます。聖なる光は触手を消し去りますが、象の怪物そのものの大きさはやっぱり少しも変わりません。

 

 深緑の魔法使いが戦場の真ん中で声を上げました。

「わしの目で戻しましょうぞ! 怪物め、元の姿へ――」

 と杖を突きつけてにらみつけようとすると、とたんに怪物が全身から強い光を放ちました。強烈な黒い光です。その場の全員が、光を浴びた場所に熱と痛みを感じて倒れました。まるで炎で焼かれたように衣類が焼け落ち、皮膚がひどい火傷を負います。ロムド兵や闇のドワーフたちの鎧兜さえ、その表面が溶けていました。あたりは人のうめき声でいっぱいになってしまいます。

 フルートのペンダントが金の光を広げていました。二匹の犬に乗った勇者たちとオリバン、ゴーリス、ビョールがその光の中で守られています。ところが、怪物を見抜こうとしていた深緑の魔法使いだけは、守りの外に立っていました。全身に闇の光を浴びてうずくまります。

「深緑!」

 オリバンたちが駆けよると、深緑の魔法使いは焼けただれた手を振って言いました。

「だ――大丈夫ですじゃ――自分で治せます――」

 その場をおおう闇魔法に魔法の発動は抑えられているのですが、自分自身への魔法はまだ使えたのです。その体から火傷の痕がひいていきます。ただ、闇の光をまともに見てしまった目は、すぐには回復しませんでした。

 

 闇の光を収めた怪物が、また人々を襲おうとしていました。全身で毛のような触手がうごめいています。全身に火傷を負った人々はうめきながら倒れていて、もう逃げることができません。

 フルートは青ざめてその光景を眺めていました。なんとかしなくては、と必死で考えます。けれども、象の怪物は巨大すぎて金の石でも倒せないのです。焼け付くような怒りと焦りに胸がざわめきます――。

 すると、いきなり誰かが抱きついてきました。一緒にポチに乗っていたポポロが、引き止めるようにフルートを抱きしめたのです。

 フルートは我に返って少女を見つめ、次の瞬間、怪物を倒す方法を思いついて声を上げました。

「これだ!」

 仲間たちは驚きました。ポポロもびっくりしてフルートを見つめ直します。そんな一同へフルートは早口に言いました。

「みんな、信じろ!」

「信じろって、何を?」

 とゼンが聞き返します。

「約束を。――ぼくはこれから、願い石を呼び起こす。それしかあいつを倒す方法はないんだよ!」

 少女たちと犬たちは息を呑みました。おい! とゼンがフルートを捕まえようとすると、その手から身をひいて、フルートは続けました。

「考えがあるんだ。やらせてくれ」

 その顔と声は真剣そのものです。

 仲間たちは全員真っ青になりました。フルート! とメールとルルが叫び、ワンワン、とポチがほえ、ポポロがいっそう強くフルートの体を抱きしめます。あわてふためく仲間たちの中で、フルートだけが強いまなざしをしていました。その目は、ぼくを信じろ、と言い続けています。

 ゼンはそれを見て口元を歪めました。笑うような表情で頭をそらします。顎で示したのは象の怪物でした。

「よぉし。それならやれ、フルート! おまえの作戦を見せてみろ!」

 他の仲間たちはいっせいに悲鳴を上げました。ポポロが死にものぐるいでフルートを抱き続けます。その腕の中でフルートは叫びました。

「願い石!!」

 たちまち少年の全身が赤い光に包まれました――。

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