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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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77.土木偶(つちでく)

 闇の弟ドワーフが地面に投げつけたものから、動く土人形が生まれてきました。土木偶(つちでく)です。二メートルほどの背丈があって、人のような形をしていますが、人間より長い腕をしています。いきなりそばにいた赤いドワーフに襲いかかると、手で首を絞め始めました。土でできているくせに、すさまじい力で、怪力のドワーフがまるでかないません。振りほどこうとしてわめく声が、あっという間に弱まっていきます。

「この!」

 仲間のドワーフがつるはしで殴りかかると、土木偶は土に戻って、どっと崩れました。首を絞められていたドワーフも一緒に転がります。

 ところが、すぐに土がまた寄り集まり、土木偶に戻りました。今度はつるはしを持つドワーフに襲いかかっていきます。殴りつければ土になって崩れますが、またすぐに元に戻って襲ってきます。いくら撃退してもきりがありません。そんな土の怪物が十体もいるのです。

 さすがのドワーフたちも怪物から後ずさり始めました。土木偶は人間たちには目もくれません。ただ弟ドワーフから命じられたとおり、赤いドワーフだけを狙って攻撃してきます。また一人が捕まって怪物の手の中でねじられました。ぼきりと骨の折れる嫌な音がして、ドワーフの絶叫が響きます。それをさらに土木偶が引き裂こうとします。

 

 すると、そこへ空からフルートが降ってきました。手には炎の剣を握っています。落ちる勢いを剣の刃にのせて、土木偶を頭から真っ二つにします。火の魔剣は土の怪物を燃やすことはできませんが、二つになった怪物は土になって崩れ、捕まっていたドワーフがその上に倒れました。ゼンが駆け寄って抱きとめ、他の仲間たちへ投げるように手渡します。

「ごめん、怪我を治すのは後で――! まず、こいつを倒さないと!」

 と言いながら、フルートはペンダントを土木偶に突きつけました。金の石が光を放ちます。

 ところが、土木偶はまったくたじろぎませんでした。溶けることもなく迫ってきて、長い手でフルートを払いのけます。フルートの小柄な体が吹っ飛んで地面にたたきつけられました。

「フルート!」

 ゼンが飛んでいって土木偶を殴りつけると、その目の前で怪物は土になって崩れ、また人形になって立ち上がってきました。本当に、いくら倒してもきりがありません。

 フルートが跳ね起きてゼンに並びました。肩で息をしています。

「大丈夫か?」

 とゼンが尋ねると、フルートは言いました。

「ぼくはね。鎧と金の石に守られてるから。でも、あいつは聖なる光では消せない。闇の怪物じゃないんだ」

「いくら倒してもすぐまた復活するからな。やっかいだぜ」

 

 一方、ロムド兵やドワーフ猟師たちは闇ドワーフと戦っていました。オリバンやゴーリスが赤いドワーフを助けに行こうとするのですが、闇ドワーフに阻まれて駆けつけることができません。

 土木偶がまた赤いドワーフを捕まえました。小さな子どものように軽々と持ち上げ、地面にたたきつけます。ドワーフの悲鳴が上がります。ところが、そこにとどめを刺そうとした土木偶が、突然ばったり倒れました。その拍子に体が崩れて土の山に戻ります。

 すると、ぴょんと跳びだした人物がいました。青い上着を着たとても小さな男――ラトムです。いきなり土の中から姿を現して地面を駆け出します。

「見つけた! 見つけたぞ! やっぱり人形の石だ!」

 その小さな手には丸い灰色の石が握られていました。

 ざざぁっと音を立てて土の山がラトムの後を追ってきました。宙を飛んで灰色の石に集まっていきます。ラトムは悲鳴を上げて石を放り出しました。それが見る間に土木偶に変わり、ノームに殴りかかってきます。

「危ねえ!」

 ゼンがラトムの前に飛び込んで、土木偶の拳を受け止めました。フルートがラトムを後ろにかばいます。

「どうして出てきたんです!? 隠れてろって――」

「石だ! 人形の石だ!」

 とラトムは興奮してわめき続けました。

「あの土人形の中には呪文を刻んだ魔法の石が入っているんだ! そいつを壊せば、あの人形は動かなくなるぞ!」

 はぁん、とゼンが言いました。

「それって、ゴーレムと同じだな。つまり、こいつは土でできたゴーレムか」

 ゼンやフルートは、ずっと以前ストーンゴーレムと戦ったことがあるのです。

 

 戦場の別の場所でも赤いドワーフを追い回す土木偶が前のめりに倒れていました。地面から突然小さな手がいくつも出てきて、土木偶の足を捕まえて引き倒したのです。衝撃で土木偶が土の塊に戻ると、地面からノームたちが姿を現しました。土の山の中から灰色の石を拾い出して遠くへ投げます。

「そら――人形の石だ!」

 石が飛んでいった先の地面からもノームが姿を現し、石を受けとってすぐにまた別の場所へ投げます。

「それ!」

 そこにもまたノームが飛び出してきて、さらに遠くへ石を投げます。土木偶の体を作っていた土の塊が後を追って宙を飛んでいきますが、それが追いつくより早く、石は赤いドワーフの一人の前に落ちました。ドワーフがつるはしを振り上げて石を打ち砕きます。

 とたんに、どさっと土の塊が地面に落ちました。それきり、もう土木偶には戻らなくなります。やったぞ! とノームとドワーフが揃って歓声を上げます。

 その光景にゼンが感心しました。

「へぇぇ、やるじゃねえか」

「ノームは石に目ざといし、ドワーフは怪力で石を砕くことができるからな。いい連携だ」

 とラトムも言います。

 その間に、ゼンが抑えていた土木偶をフルートが剣でなぎ払いました。土に戻った怪物から素早くラトムが魔法の石を見つけ出し、ゼンが拳で打ち砕きます。土木偶はもう復活してきません。

「うむ。俺たちの連携もなかなか」

 とラトムが満足そうにうなずきます。

 すると、戦場のまた別の場所で老人の声が上がりました。

「その正体を見せい、怪物!」

 いつの間にか深緑の魔法使いもやってきて、長い樫の杖を土木偶に突きつけていました。たちまち怪物が土の塊に戻って、音を立てて崩れます。また地面からノームが現れて石を見つけ出し、ドワーフが駆け寄って、それを打ち壊します――。

 

 ポポロは戦場の外れに一人で立っていました。今日の魔法を使い切っている彼女は、戦いに加わることができません。両手を祈るように組み合わせて、戦いの様子を見守っています。

 すると、そこへ花鳥に乗ったメールが舞い下りてきました。

「こっちに来な、ポポロ。そこは危ないよ」

 土木偶はノームたちの活躍でどんどん壊されていきますが、闇ドワーフたちが相変わらず大暴れを続けていました。至るところで、赤いドワーフや人間と激しい戦いを繰り広げています。それがポポロの方にもやってきそうだったのです。

 メールの隣に乗りながら、ポポロが心配そうに言いました。

「闇の気配が強まってるのよ……。戦場のどこかで、誰かが闇魔法を使おうとしてるわ。すごく嫌な気配なの」

「それってどこさ?」

 とメールは尋ねましたが、ポポロは泣きそうになりながら首を振りました。

「よくつかめないの……たぶん、闇の石なんだわ」

 言われて、メールは戦場に目を向けました。連合軍の兵士たちが投げ捨てていった鎧の肩当てが、至るところに転がっています。小さな黒い闇の石が、その上で暗く光っていますが、特に変化は見られません。

 少しの間考え込んでから、急にメールは思い当たった顔になりました。

「闇の石って――そうか。あいつだよ!」

 と花鳥を反転させます。飛んでいく先は、さっきゼンが引き倒した象戦車のところでした。

 

 闇の兄ドワーフは、象の下敷きになってもまだ生きていました。ようやくのことで象の下から抜け出しますが、足の骨が折れて動くことができません。

 弟が繰り出した土木偶が次々壊されていくのを見て、兄ドワーフは歯ぎしりしました。ノームとドワーフが協力して戦っています。人間の魔法使いや勇者がそれを助けています。闇ドワーフたちが襲いかかろうとすると、ロムド兵が駆けつけてきて防ぎます。

「生意気な連中め!」

 と兄ドワーフはうなりました。その手が隠しから取り出したのは、鶏の卵ほどもある闇の石でした。

 目の前には象が倒れていました。こちらもまだ息はありますが、怪我をしている上に、壊れた戦車が足かせのようになって動くことができずにいます。その象へ兄ドワーフは闇の石を押し当てようとしました。

 

「やめな!」

 とふいに鋭い声が響きました。頭上に飛んできた花の鳥から、緑の髪の少女がにらみつけていました。

「じたばたしてんじゃないよ! お行き、花たち!」

 音を立てて花が鳥を離れ、兄ドワーフに襲いかかってきます。

 けれども、次の瞬間、石から黒い光が広がって花を枯らしました。あっ、と声を上げた少女へ、闇ドワーフは意地悪く笑いました。

「貴様らの思い通りになどさせるか。宝の山は俺たちのものだ。とっととここから出て行け!」

 闇の石を象に押しつけます。

 すると、石が氷のように溶け始め、象の体に吸い込まれていきました。ブォォォォ、と象が激しくほえます。その巨大な体がさらにふくれあがり、あっという間に森の木より大きな姿になってしまいます。長い鼻と大きな耳に元の姿の面影を残していますが、全身をうねうねと蛇のようにうごめく触手でおおわれています。

「よぉし、いいぞ!」

 怪物の足下で闇の兄ドワーフが歓声を上げていました。

「行け! 人間もノームも赤いドワーフどもも、残らず踏みつぶしてやれ!」

 すると、怪物になった象がブォォ、とまたほえました。怒ったように足を持ち上げ、下ろしたのは、それまで自分を力ずくで動かしてきた兄ドワーフの上でした。虫が潰れるような音を立てて、兄ドワーフが踏みつぶされます――。

 メールとポポロは花鳥の上で真っ青になりました。象の怪物からはすさまじい憎悪が伝わってきます。周囲にいるものすべてに怒りを向けているのです。少女たちは叫びました。

「みんな、逃げな――!」

「逃げて! 殺されるわ!」

 すると、象の怪物が動き出しました。十メートルを超す巨大な体が、崩れる山のように動き出します。怪物が駆けていく先は、ドワーフとノームと人間が入り乱れている戦場でした――。

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