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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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76.象戦車

 夜半を過ぎて空に月が昇っていました。半月の形の下弦の月です。ジタン山脈とその麓をほの白く照らし出しています。

 その弱々しい光の中を、メールは花鳥に乗って飛んでいました。行く手に闇ドワーフたちがぐんぐん近づいてきます。先頭にいるのは巨大な象です。

 象は体に鉄の引き具を着けて、大きな戦車を引っぱっていました。幅広の大きな車輪に踏まれた岩が次々に砕けます。象の上には黒い髪とひげのドワーフが乗っていました。闇ドワーフをこの地に招き寄せた兄ドワーフです。馬の手綱のように象の大きな耳をつかみ、それを引っ張って思い通りに走らせています。象は嫌がっているのですが、怪力のドワーフにはさすがの象も抵抗ができなくて、怒りながら疾走していました。

 その象の目の前まで飛んでいって、メールは叫びました。

「お行き、花たち! 象を捕まえるんだよ!」

 たちまち花鳥が崩れて一回り小さくなり、鳥から離れた花たちが、ざあっと音を立てて象へ飛んでいきました。蔓を伸ばして象を絡め取ろうとします。

 ところが、とたんに黒い光が象を包んで、花を跳ね返してしまいました。

 メールはぎょっとしました。飛ばされた花がみるみる枯れて地面に落ちていきます。

 兄ドワーフがメールを見上げてにやりとしました。

「無駄だ。闇の石が守っているからな。おまえらの攻撃は効かないぞ」

 象の疾走は停まりません。重い鉄の戦車を引いたまま、横一列に駆けてくる走り鳥の群れへ飛び込んでいきます。

 ドワーフ猟師たちは素早く左右に分かれました。走り鳥の上から象へ矢を射かけます。

 ところが、再び黒い光が象を包みました。矢はすべて弾き返されて、象には届きません。そこへ闇ドワーフたちが押し寄せてきて、あっという間に敵味方が入り交じります。猟師たちは弓矢が使えなくなって、腰の山刀を抜きました。猛然と襲いかかってくる闇ドワーフたちと切り合いが始まります。

 

 象は猟師たちの走り鳥を突破して、馬で駆けてくるロムド兵に近づいていました。その先頭に立つのは、ロムド皇太子のオリバンです。大剣を抜いて叫んでいます。

「象を停めるぞ! 続け!」

 勇敢に象へ駆け寄り、その巨大な体に切りつけていきます。

 ところが、また闇の光が象を守りました。剣が跳ね返されてしまいます。

 すると、兄ドワーフが象の耳を強く引きました。象が悲鳴のような声を上げて怒り、大きく向きを変えます。その動きに合わせて象が引く戦車が横へ飛び、そこにいた二人のロムド兵を直撃しました。倒れたところへ巨大な車輪が回転してきて、一人の兵士を下敷きにします――。

 疾走する象と戦車の前では、ロムド兵もオリバンもなすすべがありませんでした。どれほど力を込めて切りつけても、刃は象まで届きません。そこへ戦車が転がってくるので、馬をひかれそうになってあわてて飛びのきます。

 オリバンは大剣を鞘に戻し、腰から別の剣を引き抜きました。闇を霧散させる聖なる剣です。それで闇の石の守りを破ろうとします。

 すると、ざあっと雨の降るような音がして、空から花が降ってきました。オリバンの前に広がって壁を作り、飛んできた戦車を弾き返します。花が守らなければ、オリバンがまともに戦車に跳ね飛ばされるところでした。

「気をつけなよ、オリバン!」

 とメールが空から叫びました。さらに一回り小さくなった花鳥に乗っています。そこへ象が鼻を伸ばしてきたので、あわててまた上空へ離れていきます。

 象戦車がまたロムド兵の中に突っ込んできました。一頭の軍馬が戦車にひかれ、乗っていた兵士が地面に投げ出されます。象戦車が向きを変えて兵士を踏みつぶそうとします。

「いかん!」

 オリバンはとっさにそちらへ駆け出しましたが、距離があって間に合いません。

 

 すると、突然上空から声がしました。

「金の石!」

 風の犬のポチに乗ったフルートが、象にペンダントを突きつけていました。石が輝き、強いが戦場を照らします。象は聖なる光に溶けることはありませんが、強烈な光に目がくらんで速度が鈍ります。

 そこへ、空からもう一人の少年が降ってきました。ルルに乗っていたゼンです。象の前に飛び下りて駆け寄っていきます。金の石の光は闇の石の守りを打ち消していました。ゼンが木の幹のような象の足に飛びついてふんばります。

「ふんっ!」

 とたんに象の巨体が押し返されました。二メートル、三メートルと後ずさっていきます。後ろにひいた戦車も一緒です。その間に兵士が跳ね起きて象の前から逃げます。

 象に乗っていた闇の兄ドワーフは仰天しました。巨大な象を力で抑えることは、怪力のドワーフにだって不可能なのです。思わずどなるように尋ねます。

「貴様は何者だ、坊主!?」

 すると、少年がにやりと笑いました。まだ子どもなのに、ふてぶてしさでは闇のドワーフに負けていません。

「俺か? 俺は北の峰のドワーフだぜ」

 ドワーフ!? と闇ドワーフはまた驚きました。少年は背が低くてがっしりした体格をしていますが、少しもドワーフらしく見えません。

「嘘をつけ! 貴様がドワーフのものか!」

 とまたどなると、少年が言い返してきました。

「るせぇな! 俺はドワーフだ! 自分でそう決めてんだから、そうに違いねえんだよ!」

 再び少年が力を込めると、象の前足が地面から持ち上がりました。そのまま、ぐいぐいと象を持ち上げていきます。バオォ! と象が驚いて暴れますが、絶対にそれを放しません。闇の兄ドワーフは振り落とされそうになって、あわてて象の頭にしがみつきました。

 すると、そこへ新たな一団が駆けつけてきました。赤い髪とひげのドワーフたちです。象の前足をつかんで高々と持ち上げているゼンと、象の上で目を白黒させている闇ドワーフを見て歓声を上げます。

「おお、いいぞ、ゼン! やってやれ!」

「驚いたか、黒野郎! こいつは北の峰で一番力自慢のドワーフなんだぞ!」

 それを聞いて、ゼンはまた、にやりとしました。人間の血の混じったゼンがタージと馬鹿にされ、おまえなどドワーフではない、と峰の仲間からのけ者にされていたのは、もう遠い昔のことです。

「うぉりゃあ!!」

 気合いもろともゼンは象を投げ飛ばしました。ずしーん、と地響きがして、巨大な動物が横倒しになります。戦車の車輪が壊れて外れ、闇の兄ドワーフは象の下敷きになってしまいます。赤いドワーフたちはやんやの喝采です。

 

 すると、フルートが空から行く手を指さしました。

「来たぞ、ゼン! 闇のドワーフたちだ!」

 鈍色の鎧兜で身を包み、武器を手にした黒いドワーフたちが、一団になって駆けてくるところでした。その後ろでも、黒いドワーフがロムド兵やドワーフ猟師たちと戦っています。

「おう!」

 とゼンは背中から大きな弓を下ろして矢を放ち始めました。白い羽根をつけた矢が飛んでいって、闇ドワーフたちの鎧の隙間に突き刺さります。闇ドワーフたちが思わずたじろぎます。

「ええい、びびるな! 弓矢なんぞ、すぐに撃てなくなるぞ!」

 と闇の弟ドワーフがどなりました。敵味方が入り乱れた戦場になれば、味方に矢が当たることを恐れて、弓矢は使えなくなるのです。

 赤いドワーフたちが声を上げて駆け出し、戦場の真ん中で黒いドワーフたちとぶつかり合いました。たちまち激しい戦いが始まります。

 ところが、混戦の中でも矢は飛び続けていました。ゼンが遠慮もなく撃ち続けているのです。矢は闇ドワーフだけに命中して、味方には決して当たりません。

 しかも、赤いドワーフたちは予想以上に強力な戦士でした。鎧も兜も身につけていないし、武器らしい武器も手にしていないというのに、完全武装した黒いドワーフたちとまともに渡り合っています。岩を砕くつるはしや槌が軽々と振り回され、彼らの剣を受け止めます。斧と剣が激しくぶつかり合うと、あっけなく折れるのは、闇ドワーフの剣のほうでした。

「こんな……こんな馬鹿なことがあってたまるか!」

 と闇の弟ドワーフがわめきました。彼の剣は折れ曲がって使い物にならなくなっていました。このうえは力の勝負、と素手で飛びかかっていっても、たちまち投げ飛ばされてしまいます。北の峰の赤いドワーフの方が闇ドワーフより力が勝っていたのです。悔しさのあまり歯ぎしりしながら、弟ドワーフは何かを地面に投げつけました。

「出てこい! 土木偶(つちでく)ども!」

 そのことばが呪文だったように、地面に落ちたものがふくれあがり、形を変えていきました。人のような姿をしていますが、全身土の塊でできています。魔法の土人形でした。全部で十体ほどいます。

「行け! 赤いドワーフどもをたたき殺せ!」

 と命令を受けて、土木偶たちはいっせいに赤いドワーフたちへ襲いかかっていきました――。

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