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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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75.決戦開始

 連合軍が駐屯していた荒野の外れに、黒い髪とひげのドワーフがいました。メイ軍が連れていた闇のドワーフです。怪物になった兵士たちが聖なる光で消滅する様子を、木立の陰から眺めていましたが、残りの軍勢が闇の石を捨てて逃げていくのを見て、あざ笑うように言いました。

「やれやれ。人間どもはまったく臆病だな。これしきの闇にびびって逃げ出すんだから。どれ――」

 闇のドワーフが服の隠しから取り出したのは、鶏の卵ほどの黒い塊でした。デビルドラゴンがメイとサータマンに与えた闇の親石の片割れです。闇のドワーフはそれを素手で握ってもなんということはありません。無造作に地面に置くと、石へ向かって呼びかけます。

「来い、俺の同胞たち! 宝の山が俺たちのものになるぞ!」

 すると、闇の親石がぼうっと暗く光りました。その光が広がった中に姿を現したのは、鎧や兜で武装した、黒い髪とひげの闇のドワーフたちでした。実に百人近い数がいます。

 闇の石を使ったドワーフが仲間たちを見回して言いました。

「なんだ、これしか来なかったのか? 他の連中はどうした。魔金の山が目の前にあるってのに」

「戦争やってる国に行って武器を作ってるぜ、兄貴。金儲けに大忙しなのさ」

 とドワーフの一人が答えました。メイ軍のドワーフとよく似た顔立ちをしています。サータマン国で闇の石を加工していた弟のドワーフでした。

「しょうがねえなぁ。あの山にはドワーフだけで百人くらいいるんだぞ。一人一匹ずつ相手にすることになるだろうが」

 と兄が言うと、弟が笑います。

「俺たちがそこらのドワーフに負けるかよ? 力でも武器でも俺たちにかなうドワーフなんぞいるもんか」

 おお、と黒いドワーフたちは手にしていたものをいっせいに掲げました。剣や槍、戦斧(せんぶ)といった武器です。闇の中、遠いかがり火に黒々と光ります。

 すると、森の奥からパオォと動物の鳴き声が聞こえてきました。なんだ? と振り向いたドワーフたちに、兄ドワーフは言いました。

「象だ。メイ軍が見捨てて逃げていったな。どれ、せっかくだから、こいつも使ってやるか」

 と森へ入っていきます。他のドワーフたちは夜の荒野を見渡しました。ドワーフたちの目は、夜の暗がりの中も見通すことができます――。

 

 風の犬と一緒に空から舞い下りてきたフルートとオリバンに、花馬に乗った仲間たちが駆けつけました。ゼン、メール、ポポロ、ゴーリスの四人です。

 フルートはもう泣いていませんでしたが、その顔色は真っ青で、何かをこらえるように唇を強くかんでいました。ポポロが心配そうにそばへ行っても、表情は変わりません。

 ゼンが肩をすくめました。

「連合軍が残らず逃げちまったな。結局、デビルドラゴンが追っ払ったようなもんだぜ。笑えるな」

 これっぽっちも笑っていない顔で、そんなことを言います。彼らも、闇の怪物に変わった兵士たちが消滅していく様子を目の当たりにしていたのです。

 駐屯地になっていた荒野には、兵士たちのテントがうち捨てられていました。闇の石をはめ込んだ肩当ても、至るところに落ちています。戦場跡ともまた違う、うらぶれた光景でした。

 

 すると、そこへ山の森から駆けつけてきた一団がありました。走り鳥に乗ったドワーフ猟師たちです。先頭の鳥にはビョールが乗っていました。

「無事だったな」

 と一行を見て安堵します。それに少し遅れて馬でやってきたのは、銀の鎧兜のロムド兵と深緑の魔法使いでした。

「おお、良かった。皆様方が怪物を追って麓へ下りていったと聞いて、急いで後を追ってまいりましたじゃ」

 と魔法使いもほっとしたように言います。

 すると、そこへ、おおい、おおい、と呼びかける声が聞こえてきました。やはり山の森からです。ほどなく、大勢のドワーフたちが駆け下りてきました。移住団の赤いドワーフたちです。肩にノームを乗せているドワーフも大勢います。おおい、と呼んでいたのは、先頭のドワーフに担がれていたラトムでした。

「無事か? 無事だったか? 大丈夫だったんだな? 怪物に誘い出されて連合軍の駐屯地へ行った、と聞いたから心配したぞ。俺たちの足じゃえらく時間がかかるんで、ドワーフたちに運んでもらってきたんだ」

 ドワーフのたくましい肩の上で短い足をばたばた動かしながら、ラトムはそんなことを言いました。背の低いドワーフですが、ノームはさらに小柄なので、まるで子どもを担いだ大人のように見えます。

 オリバンが答えました。

「闇の怪物に変身した敵兵はすべて金の石が消滅させた。その様子に恐れをなして連合軍も逃げていった。どうやら我々はジタンを完全に取り戻したらしいな」

 すると、深緑の魔法使いが首を振りました。

「安心するのはまだ早すぎますぞ、殿下……。この場をおおう闇の魔法はまだ消えておりませんじゃ。デビルドラゴンがまだここを監視し続けております。戦いはまだ終わっておりませんぞ」

「そういうことだな」

 とビョールが走り鳥の上から森の方角を眺めていました。片手で首筋の後ろをなでています。ゼンも同じように首の後ろをこすりながら言いました。

「やたらちくちくしやがる。敵が来るぞ」

「金の石は反応してないね。闇の敵じゃないんだ」

 とメールがフルートのペンダントを見ながら言います。そのかたわらには大きな馬の姿の花たちが待機しています。

 ドワーフたちがいっせいにノームを地面に下ろしました。

「おまえらは小さい。隠れていろよ」

 と言いながら、別の手に抱えてきたものを構えます。つるはし、斧、槌といったおなじみの道具です。ドワーフ猟師たちも背中の弓を下ろします。

 ゴーリスが腰の剣を抜きました。シャリーン、と鋭い音が響きます。それが合図だったように、ロムド兵たちも馬の上で次々自分の剣を抜きました。総勢三十名の兵士たちです。

 

「ワン、来た!」

「来たわよ!」

 ポチとルルが叫んで、また風の犬に変身しました。音を立てながら空に舞い上がります。荒野の外れの森から黒っぽい集団が飛び出してきたのです。ポポロがそちらを見て叫びます。

「闇のドワーフたちだわ! それに、あれは――」

 集団の先頭を巨大な獣が走っていました。見上げるような体に大きな耳、長い鼻、後ろには鋼鉄の車を引いています。象戦車でした。

「殿下」

 と深緑の魔法使いが自分の馬をオリバンに譲りました。オリバンは即座にそれに飛び乗り、剣を掲げてロムド兵に呼びかけました。

「行くぞ! 連中はジタンを狙っている! 決して渡すな!」

 おお! と兵士たちがいっせいに応え、オリバンと共に馬で駆け出しました。蹄の音を響かせながら、迫ってくる敵へ向かっていきます。

 馬に乗っていなかったゴーリスが、勇者とドワーフたちを振り向いて言いました。

「決戦だ。ここで負ければ、ジタンの魔金は闇の陣営に奪われ、世界がデビルドラゴンに蹂躙される。全力で迎え撃つぞ」

 そして、ゴーリスは勇者の少年を見ました。

「戦え、フルート。戦いに痛みはつきものだ。だが、それでも俺たちは戦わなくてはならないんだ。守るためにな。――そう教えたはずだぞ」

 フルートは青ざめた顔を上げました。自分の剣の師匠を見つめます。黒ずくめの戦士はうなずき、すぐにロムド兵たちの後を追って駆け出しました。ビョールの率いる猟師集団がそれに続きます。

「俺たちも行くぞ! 敵は闇のドワーフだ! 俺たちにはうってつけの相手だ!」

 九羽の走り鳥がいっせいに駆け出し、あっという間にゴーリスやロムド兵たちを追い抜いて、先頭に出て行きます。

 後を追って、つるはしや槌を持ったドワーフたちも走り出します。

「あたいは象を停めるからね」

 とメールが花馬に飛び乗って駆け出しました。馬がたちまち鳥に形を変え、空に舞い上がって象戦車へ飛んでいきます。

 

 ゼンが親友に言いました。

「行こうぜ、フルート。あんな真似しやがるデビルドラゴンに世界を渡してたまるか。ぶっ飛ばしに行くぞ!」

 ポポロは心配そうにフルートを見上げ続けていました。優しい勇者の少年は、戦いの場面でも、人を傷つけたくない、殺したくない、と考えてしまいます。だから戦わずにすむ方法を考え続けたのに、それでもやっぱり戦闘は始まったのです。夜の暗がりの中、少年の顔が苦痛の表情を浮かべているのを、ドワーフの少年と魔法使いの少女は、はっきり見ていました。

 すると、フルートが手を伸ばしました。ポポロを捕まえて両腕の中に抱きしめます。

 ポポロは驚き、すぐに、はっとしました。金の鎧に包まれたフルートの腕や体は震えていました。激しい悲しみと怒りが伝わってきます。

 その震えを抑えるように彼女をさらに強く抱きしめて、フルートは低く言いました。

「守るために戦う。わかってる。わかっている――。あんな――悲しい人たちを、もう二度と出さないために戦うんだ――」

 怪物になって溶けて消えていった人たちを思い出しているんだ、と少女にはすぐにわかりました。少年は何かを決心するように、強く強く少女を抱きしめ続けます。

 そして、いきなりフルートはポポロを腕から放しました。近くに立っていた魔法使いの老人へ言います。

「深緑さん、ポポロをお願いします。ゼン、行くぞ! ポチ、ルル――!」

 空で待機していた風の犬たちが舞い下りてきました。背中にフルートとゼンを拾い上げ、うなりを上げて飛び始めます。向かう先は、雄叫びを上げて襲いかかってくる闇ドワーフの軍勢です。ポポロと深緑の魔法使いとノームたちがそれを見送ります。

「驚き桃の木山椒の木……ずいぶんと男らしくなってきたじゃないか、勇者の坊主」

 とラトムが感心したようにつぶやきました。

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