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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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73.闇の呼び声

 「この怪物がサータマンの司令官なのか!? 何故こんな姿になったのだ!?」

 とオリバンがどなりました。他の全員も考えていることは同じです。メイの軍師が牢の岩壁にへばりつき、上官の無惨な遺体から目をそむけて叫びました。

「や、闇の石だ――! 手に取れと声が聞こえてきたんだ!」

 全員が今度はいっせいに、はっとしました。

「デビルドラゴンか!」

「でも、こいつら闇の石は持ってなかったじゃないのさ! あんなによく調べたのに!」

「ワン、隠されてたんだ!」

 口々に騒ぐ一行の前で、怪物が大きく飛び跳ねました。血に染まった爪で一番近くにいたゴーリスへ襲いかかってきます。ゴーリスは剣を抜いて切りつけました。それをかわして笑った怪物の顔に、うっすらとサータマンの司令官の面影がありました。

「愚か者が! 闇の竜に力を借りて、その有り様か!」

 とオリバンがまたどなりました。闇を倒す聖なる剣を引き抜きます。

 フルートは、悲鳴を上げ続けているポポロの肩をつかんで、強く言いました。

「ポポロ、叫ばないで! 闇を探るんだ! デビルドラゴンは近くにいる!?」

 とたんに、ポポロは悲鳴を呑み込みました。緑の瞳を涙でいっぱいにしながら、必死で口を押さえ、周囲を探り始めます。その足下でルルもあたりの匂いをかぎました。

「いないわ――」

「あれ以外の闇の怪物の匂いはしないわよ、フルート!」

「よし」

 とフルートはポポロたちを残して駆け出しました。ゴーリスの前に飛び出して炎の剣を振ります。またゴーリスに飛びかかっていた怪物が、空中で炎の弾をかわし、大きく飛び下がりました。シシシ、と笑います。

「許さないぞ、おまえたち。私に与えた屈辱を何百倍にもしておまえたちに返してやる。骨の髄まで食い尽くしてやるからな」

 その声だけはサータマンの司令官の声のままでした。全員が怪物を見つめてしまいます。地面に手をつき、うずくまるように身構える怪物は、両手両足にまだ緑の鎧をつけています――。

 

 すると、急に怪物が動きを止めました。何かに耳を傾けるような様子を見せたと思うと、なるほどな、と司令官の声でつぶやいて走り出します。フルートたちの方ではなく森の奥へと向かっていくので、オリバンが叫びました。

「いかん、他の者が襲われるぞ!」

 全員は後を追いましたが、怪物が素早すぎて追いつけません。ポチとルルが風の犬に変身しました。

「ワン、乗ってください、フルート!」

「オリバンは私に!」

 メールも走りながら高く手をかざしていました。

「おいで、花たち! あたいたちを乗せておくれ!」

 音を立てて飛んできた花が大きな馬に変わり、少女たちとゼンとゴーリスを乗せて駆け出します。

 

 ところが、怪物が向かったのはドワーフやノームたちがいる場所ではありませんでした。地上から木の梢に飛び上がり、枝から枝へ飛び移りながら、麓目ざして下りていきます。あまりの速さに風の犬さえ引き離されていきます。

 森の斜面を駆け下る花馬の背中でメールがつぶやいていました。

「どうしてさ――? どうしてあいつはあんな怪物になったのさ?」

「闇の石を使ったからだろうが。デビルドラゴンにそそのかされたんだよ。牢から脱出させてやるとか言われたに決まってる」

 とゼンが答えます。

「だけど、メイの将軍は仮にも仲間だったんだろ!? それをあんなふうに――!」

 メールの声が震えました。彼女が信じられずにいたのは、司令官が怪物になったことではなく、怪物になったとたんに仲間の将軍を食い殺したことだったのです。すると、花馬の一番後ろからゴーリスが言いました。

「俺は牢の外から見ていたが、あの二人は仲間と言うには微妙な関係だったな。軍には、一頭の馬に二つの頭は不要、ということわざがある。一つの軍隊に二人の大将がいると、軍隊が混乱することを言っているんだが、そのことわざの通り、あの二人は相手を目障りにしていた。闇の怪物になって、その本音が行動に出たということだろうな。メイの将軍の方が怪物になっていれば、殺されたのはサータマンの司令官だったかもしれん」

 冷ややかなほど淡々としたゴーリスの話に、少女たちは青ざめ、ゼンは、ったく! と顔をしかめました。

 

 一方、フルートとオリバンと風の犬たちは、とうとう怪物を見失ってしまいました。山の麓まで来たところで、急に姿が見えなくなったのです。そこでは連合軍が野営していました。荒れ地に何百というテントが立ち並んでいます。

 用心して森の外れを旋回しながら、フルートとオリバンは話し合いました。

「怪物は連合軍に潜り込みましたよ……。どうするつもりだろう?」

「あいつには人の時の記憶が残っているようだったな。また軍勢を指揮しに戻ったか」

「でも、あの怪物の姿で――!?」

 夜の野営地は静かでした。怪物に驚く騒ぎは聞こえてきません。

 そこへ花馬に乗ったゼンたちも追いついてきて、一緒に野営地を眺めました。ところどころでかがり火は焚かれていますが、ほとんどの兵士はテントの中に潜り込んでいて、外には最低限の見張りしかいません。指揮官を人質に取られて、軍全体が勢いを失っているのです。そして、やっぱり静かでした。どこからも叫び声一つ聞こえてきません……。

 

 サータマンの司令官が使っていた天幕で、両軍の副指揮官と部隊長たちが集まって、今後の方針を話し合っていました。彼らの司令官や将軍は敵の人質になっています。それを無視して敵に攻撃をしかけることは、彼らにはできません。

 指揮官たちの命を救うために、撤退するべきか、譲歩するべきか、強気に攻めて救出を図るのが良いのか、本国へ助けを求めるべきなのか――。こんな時に一番頼りになる軍師も一緒に人質になっているので、話し合いは難航して方針がまったく定まりません。意気消沈した軍隊の中で、司令本部は混迷を極めています。

 すると、ふいに天幕の外から声が聞こえてきました。

「情けない。何を皆でうろたえている。私ならばここにいるぞ――」

 司令本部の将校たちは耳を疑いました。自分たちの上官の声です。サータマンの軍人も、メイの軍人も、思わず同時に声を上げました。

「司令官!」

「将軍!」

 聞こえてきた声はひとつだけです。それなのに、両軍の軍人が自分たちの上司を呼んでいました。

「よくぞご無事で!」

「自力で脱出して来られたのですな――!」

 と天幕から飛び出そうとすると、また声が言いました。

「ジタンの敵に総攻撃をかけるぞ。敵は手強い。魔石の力を借りなければならない。諸君、闇の石を手に取れ」

 サータマンの将校も、メイの将校も、それを自分たちの上司の声と思って聞いていました。外に出ようと腰を浮かせたまま、自分の鎧の左肩を眺めます。そこには小さな黒い石があります。

「闇の石に触れて力を得るのだ」

 と声は言い続けていました。なにか、絡みつくような響きの声です。部下たちの心の中にしみ込んでいきます。

 外のかがり火が風に揺れ、その拍子に外の人影が天幕の布地に映りました。まるで巨大なヒヒのように両手を地面につき、うずくまる格好をしています。自分たちの指揮官とは似ても似つかない姿だというのに、彼らは誰もそれを不思議に思いませんでした。闇の石の表面から、ガラスのようなおおいが溶けて流れていくのを見つめます――。

 

 夜半、荒れ地にテントを張って寝ていた兵士たちは、突然上官の声を聞きました。

「全員迎撃準備! 敵が大山から攻めてくるぞ!」

 自分たちの部隊長の声です。たちまち目を覚まし、武器や防具を取り上げ、テントの外に飛び出します。総勢二千の兵士たちです。

 すると、また命令が聞こえてきました。

「司令官や将軍は自力で脱出してこられた! 全員自分の闇の石を手に取れ! 魔石の力で、一気に敵を撃破するぞ!」

 兵士たちはとまどいました。夜のせいか、上官たちの姿をなかなか見つけることができません。ただ、暗がりの中から声だけが聞こえてきます。

「闇の石を取れ! 強大な力を得て戦うのだ!」

 野営地を風が吹き渡っていきます。兵士たちに呼びかけてくる声は、とろりと絡みつくような暗い響きを帯びていました――。

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