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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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72.岩牢

 山の中の岩牢に三人の捕虜がいました。サータマンの司令官とメイの将軍、そして、メイの軍師です。

 牢の外には銀の鎧兜の兵士と黒い鎧兜の戦士が見張りに立っていました。牢の中から司令官や将軍が暴言を吐いて挑発しても、まったく相手にしません。特に黒ずくめの戦士は落ち着き払っていて、黙って立っているだけでも、なんとも言えない威圧感があります。牢から観察していた軍師は、黒い戦士に話しかけました。

「おまえは誰だ、ロムドの将。一介の兵士ではないだろう」

 黒ずくめの戦士は兜の面おおいを上げました。厳しい目をしたひげ面が現れますが、口は開きません。

 軍師は言い続けました。

「山の中が静かすぎる。やはりおまえたちは数が少ないな。あの大軍勢は魔法の目くらましだったんだな」

 冷静な口調ですが、軍師もやはり挑発していました。相手の反応から敵の本当の規模をつかもうとします。黒い戦士は表情を変えませんでしたが、そばにいた銀の兵士が伺うように上官の表情を盗み見たので、軍師は自分の推理が正しかったことを知りました。

「案の定か。おまえたちはどのくらいの人数がいる。二百か、三百か?」

 さすがの名軍師もロムド勢がわずか百五十名足らずだとは読めません。それもドワーフの移住団や勇者の一行を加えた人数で、ロムド軍の兵士はわずか三十名なのです。

 黒い戦士は短く答えました。

「おまえたちを捕まえておくには充分なだけの人数だ」

 やはり、挑発にはいっさい乗りません。メイの軍師は苦々しく黙り込みました。

 

 すると、サータマンの司令官が言いました。

「これでおまえたちの思い通りになると考えたら大間違いだぞ。我が叔父上が黙ってはいないからな」

 黒ずくめの戦士は司令官を見ました。

「おまえの叔父はサータマン王だな。サータマン軍には王の親族の指揮官がいると聞いたことがある」

 身分ある者が人質になっているとわかれば、軍や国にとっては不利益になってしまうのですが、サータマンの司令官は逆に胸を張りました。

「そうだ。我が名はジ・ナハ。サータマン王の甥に当たる。貴様たちは我々を捕虜にして勝ったつもりでいるが、足下をすくわれているのは貴様たちの方だぞ」

 気のない様子で話を聞いていた戦士が、いきなり目を光らせました。

「それはどういう意味だ?」

 と鋭く聞き返します。さすがに司令官もそれ以上は話そうとしませんが、代わりにメイの将軍があざ笑うように言いました。

「我々を王都に連行しても、ほえ面をかくのは貴様らだということだ、ロムドの犬」

 黒ずくめの戦士はゴーリスでした。匂わせるように言って口をつぐむ敵の指揮官たちを、鋭く見つめ続けます。もちろん、相手が脱出の機会を狙って交渉に持ち込もうとしているのはわかっているのですが、それにして彼らの口ぶりが気になりました。先刻まで自分たちを挑発してさんざん暴言を吐いていたのに、それが嘘のような余裕ぶりなのです。王都で何か起きているのではないか、と直感します。

「少し頼む」

 と一緒にいた兵士に言い残すと、皇太子に知らせに牢を離れます。

 

 さて、これで向こうはどう動くかな、とメイの軍師は冷静に考えていました。サータマンが王都ディーラを襲撃していることを知らせるのは危険なことですが、相手の動揺を誘って、その隙に脱出することができるかもしれません。自分たちさえここから脱出すれば、連合軍でジタンを攻めることができます。彼はロムド軍がやはり非常に小規模なのだと確信していました。二千の軍勢で一気に攻め込めば、形勢は逆転するに違いありません――。

 

 すると、突然彼らの頭の中に声が聞こえてきました。

「オマエタチノヤリ方デハ間ニ合ワヌ。じたんハどわーふノモノニナリ、オマエタチハ最終的ニろむどニ敗レル」

 指揮官たちと軍師は、ぎょっと顔を見合わせました。その場にいる誰の声でもありません。まるで地の底から這い上がってくるようです。麓の森へ襲撃したときに罠を知らせた声だ、と軍師は気がつきました。

「誰だ!?」

 とサータマンの司令官がどなりました。あたりをいくら見回しても、声の主の姿は見当たりません。実際に耳に聞こえる声ではないのです。低く誘いかけるように言い続けます。

「オマエタチノ闇ノ石ヲ手ニ取レ。ソレハ我ガチカラノカケラ。オマエタチニ我ノチカラヲ与エヨウ」

 闇の石? と彼らはいっせいに自分の体を見下ろしました。指揮官たちは自分たちの鎧の左の肩当てを、軍師は赤い衣にしめたベルトを眺めます。そこに直径一センチ足らずの小さな黒い石がはめ込まれていました。闇のドワーフが取り付けた闇の石です。素手で触れては危険だというので、透明なガラスのようなものでおおわれていたのですが、そのおおいが溶けて流れ出していました。むき出しになった闇の石が、今までよりもっと暗く深く輝き出します。

 メイとサータマンの軍人たちは、魅入られたように石を見つめました。黒い石が声と共に誘いかけてくるのを感じます。

 

 ふいにメイの将軍が立ち上がりました。

「よかろう、わしは闇の力を得る。こんな場所で捕虜になっているなど、死ぬより耐え難い屈辱だ。貴殿のように、敵国にへつらって命乞いしてくれる叔父もおらぬしな」

 最後の一言は、サータマンの司令官への強烈な皮肉です。貴族の司令官はたちまち顔を真っ赤にして立ち上がりました。

「私を王の救出をただ待っている無能者と言うつもりか!? 馬鹿にするな! 私とて、この身さえ自由になれば我が軍の力でロムドを蹴散らしてみせるぞ!」

「ヨカロウ。二人トモ石ヲ手に取レ」

 と声が言いました。その声がほくそ笑んでいるように聞こえて、軍師は、はっとしました。どす黒い悪意をはらんだ声です。とっさに上官たちを止めようとします。

 けれども、二人の指揮官は相手よりも早く石を取ろうと、争うように左肩へ手を伸ばしていました。薄手の鎧を着ていたサータマンの司令官の方が、先に石をつかみます――

 

 出し抜けにすさまじい悲鳴が上がったので、ゴーリスは仰天して振り向きました。声は岩牢の方から何度も聞こえてきます。

 すると、ゴーリスが向かっていた森の奥からフルートが飛び出してきました。ゴーリスを見て叫びます。

「金の石が反応してます! 闇の敵だ――!」

 その鎧の胸の上で、金の石が強く弱く輝いていました。すぐ後ろからオリバンやゼン、他の勇者の仲間たちも駆けてきます。全員で岩牢の方へ向かうと、血相を変えて走ってきた見張りの兵士と途中で出くわしました。

「ゴ、ゴーラントス卿! サ、サータマンの司令官が――! 彼らが――」

 そこまで言いかけて兵士はいきなりうずくまりました。めったなことでは動じないはずの男が、真っ青な顔でげえげえとはき始めます。その有り様に、フルートたちはまたびっくりしました。

 岩牢の方からはまだ悲鳴が続いていました。どうやらメイの軍師の声のようです。一同は兵士をその場に残してさらに駆け、岩牢の前まで来て立ちすくみました。

 牢の中で軍師が横の岩壁にへばりつき、目をむいて悲鳴を上げ続けていました。いつも冷静沈着な男が、狂ったように岩壁をかきむしって逃げだそうとしています。

「出せ! 出せ! 早く出してくれ――!!」

 同じ牢の中に巨大な生き物がいました。真っ黒い怪物です。背中をこちらに向けてうずくまり、何かをがつがつとむさぼり食っています。何故か牢の中に二人の指揮官の姿が見当たりません――。

 

 すると、怪物が頭を振りました。何かが音を立てて床に落ちます。とたんにポポロがすさまじい悲鳴を上げてフルートに飛びつきました。抱きついて胸に顔を埋め、さらに悲鳴を上げ続けます。他の者たちも思わず立ちすくんでしまいます。それは赤い鎧の断片をつけた人の腕だったのです。

 オリバンが叫びました。

「食われているのはメイの将軍か!? サータマンの司令官はどこだ!? この怪物はどこから来たのだ!?」

 すると、怪物が牢の中で振り向きました。人のようで人ではない生き物です。全身を黒く光る皮でおおわれ、肉をかむ口の両脇から巨大な牙がのぞいています。牙も顔も鋭い爪のはえた手も鮮血に染まっています。

 その怪物が両腕にはめているものに気がついて、フルートは愕然としました。緑色の籠手――サータマン軍の鎧の一部です。思わず声を上げます。

「その怪物がサータマンの司令官だ!!」

 一同はぎょっと立ちすくみました。血にまみれながら人を食い続ける怪物を見つめてしまいます。周囲には、血や肉と共にばらばらになった赤い鎧が飛び散っています。

 すると、怪物がいきなり牢に体当たりしました。鉄格子を一瞬で吹き飛ばして外に飛び出してきます。背丈が二メートル半もある怪物は、両足にもサータマンの緑の鎧をつけていました――。

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