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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第20章 闇の呼び声

71.ドワーフとノーム

 ロムドの南西部にあるジタン山脈に、夜が訪れていました――。

 策略で見事にジタンを奪回したフルートたちは、連合軍が大山と仮の名をつけた山の中で火を囲んでいました。メールが大きな伸びをして言います。

「あーあ、それにしてもなんかホッとしたなぁ。近づいたら殺すの命がないのって、普段言い慣れないことばっかり言ったから、すごく緊張しちゃったよ」

 ルルが笑いながらうなずきました。

「そうね。でも、オリバンは当然として、フルートもなかなかの迫力だったんじゃない? あれだけ冷静に『来なければ将軍の命は保証しませんよ』なんて言われたら、かえって敵も怖かったと思うわよ」

 膝を抱えて座っていたフルートは、ちぇっと舌打ちしました。

「そう言うなよ。こっちが本気じゃないのを見抜かれたら失敗するから、必死だったんだぞ。誰も殺したり怪我させたりしないでジタンを取り戻すには、敵のど真ん中に飛び込んで、向こうの大将を人質に取るのが一番いい作戦だったんだからさ」

「フルートの作戦、見事成功したわよね。すごいわ」

 とポポロが素直に賞賛したので、フルートが今度は照れて赤くなります。

 

 夜に沈む森の中、火を囲んでいるのはフルート、メール、ポポロ、ルルの三人と一匹だけです。ゼンはいません。ポチも別の場所に行っていましたが、ちょうどそこへオリバンと連れだって戻ってきました。

「連合軍が使者をよこしたぞ。撤退するから指揮官たちを返してくれ、と言ってきた」

 とオリバンが火のそばに座りながら言いました。ポチがその隣に腰を下ろして尻尾を振ります。

「ワン、フルートに言われたとおり、ぼくが風の犬になって追い返しちゃいましたけどね」

 フルートはうなずきました。

「今はまだ交渉の時じゃないからね。少なくとも、明後日の朝まではこの状態でいないと。夜が明けたらポポロの魔法がまた回復するから、地下への通路を作ってドワーフたちを時の岩屋に送り出すことができる。その通路が消えるのが明後日の朝。そうすれば、連合軍はもう絶対にドワーフに手出しできなくなるんだ」

 すると、オリバンが心配顔になりました。

「当面のドワーフたちの食料や物資を充分準備してやらないとな。地下の民の彼らだから、じきに地上まで通路を作り上げるだろうが、それにしても、それまではどこからも手に入らんわけだからな」

「明日になったら連合軍がまた交渉の使者をよこすから、連合軍に物資を要求するといいんですよ。あれだけの規模の軍隊だもの。食料も資材もたっぷり持ってますからね」

 あっさりとそんなことを言うフルートに、オリバンはあきれました。

「どうも、このところおまえの印象が違うな、フルート? おまえがこんなに冷静にはかりごとのできる奴だとは思わなかったぞ」

 たちまちフルートはむくれ顔になりました。

「誰も傷つかないように、無事なように、って必死で考えてるだけですってば。それなのに、どうしてみんなからそんなふうに言われなくちゃならないのかなぁ」

「ワン、そんなふうに拗ねるところも今までと違ってますよ」

 とポチが混ぜ返すように言い、本当に憮然としたフルートを見て全員が笑い声を上げました。

 ――ジタンからずっと東の王都ディーラでは、サータマン軍との激しい攻防戦が続いていますが、彼らはそれを知りません。戦わずにジタン山脈を取り戻すことができた安堵感に、誰もがのんびりした気分になっていました。

 

 すると、そこへゼンが父親のビョールと一緒にやって来ました。上機嫌で仲間たちの間に座り込みます。

「すごいぞ! ラトムの村のノームと北の峰のドワーフたちが一緒になって盛り上がってんだ。大地の兄弟なんて呼び合ってよ、もうすっかり友だちだぜ」

 へぇっ、と仲間たちは感心しました。ゼンたちが来た森の奥からは賑やかなしゃべり声や歌声が聞こえてきます。ノームとドワーフが酒を酌み交わして騒いでいるのです。

 フルートは、にっこりしました。

「良かった。北の峰のドワーフはともかく、ノームたちはドワーフに抵抗が強いみたいだったから、心配してたんだ」

 すると、ビョールが言いました。

「ドワーフの鍛冶屋がノームの足輪を外したからな。それに、ラトムががんばって仲間を説得した。赤いドワーフたちは信用できると、ずいぶん力説してくれたぞ」

 へぇぇ、とまたフルートたちは感心しました。知り合ったばかりの頃、ラトムがゼンやドワーフを毛嫌いしていたことを、遠い出来事のように思い出してしまいます。

 すると、オリバンがまた真面目な顔になって言いました。

「ノームとドワーフの関係はこれでとりあえず解決したが、ノームたちを村へ戻してやる問題はまだ残っている。彼らの村はサータマンにあるからな。サータマンとメイの連合軍も確実にジタンから撤退させなくてはならん。人質を城に連れ帰って、両国と交渉する必要があるな」

「そういや、あの人質のおっさんたちはどうしたんだ? 目を覚ました後、ずいぶん騒いでいたみたいだったけどよ」

 とゼンが尋ねます。

「岩牢に閉じこめてある。彼ら自身が脱走者を監禁するのに作ったものらしいがな。ゴーラントス卿が見張っている」

 とオリバンは答え、周囲の森を示して続けました。

「陣営の周りには兵士たちが立っている。深緑の魔法使いと共に不寝番だ。人質を取り戻しに来られては大変だからな。深緑は相変わらず魔法は使えんが、正体を見抜く目は健在だ。角犬が襲ってきたときに頼りになる」

 すると、ビョールが言いました。

「兵士たちやゴーリスも休まなくてはならないだろう。夜半になったら俺たちドワーフ猟師が交代してやる。明日、北の峰の連中が山の地下へ下りれば、護衛についてきた俺たちの役目は完了だ。人質を城へ連れていくというなら、都まで一緒に警備してやるぞ」

 オリバンは目を丸くしました。

「今度はドワーフが人間を警護してくれるのか。それこそ前代未聞だな。北の峰のドワーフを人間嫌いと思いこんでいる者たちが仰天するだろう」

「俺たちは今でも人間が嫌いだ。だが、おまえたちは友だちだからな」

 とビョールが飾ることもなく言います。オリバンは笑顔になると、丁寧に頭を下げました。

「光栄だ。感謝する」

 

 その時、森の奥からぞろぞろと男たちが現れました。北の峰のドワーフです。ほろ酔いの顔で別の場所へと移動して行きますが、その中の数人が近寄ってきてビョールに声をかけました。

「俺たちはもう寝るぞ。酒がなくなったからな」

 それを聞いてオリバンが苦笑いになりました。

「すまんな。せっかくの宴会だったのに。もういくらも酒が残っていなかったのだ」

「なに、充分楽しんださ」

 とドワーフたちが答えます。本当に、人間の王子にも仲間同士のような口調です。

 すると、彼らがやって来た森から歌声が聞こえてきました。大勢の男たちが声を合わせて歌っています。ドワーフたちより高い響きの、ノームたちの声です。それを振り返って、赤い髪とひげのドワーフたちは笑いました。

「歌で送ってくれてるぞ」

「いい連中だな」

 素直に喜びを表します。

 ところが、彼らはすぐに、おや、という顔になりました。ビョールやゼンも意外そうに歌に耳を傾けます。

「どうした?」

 とオリバンが尋ねると、ビョールが言いました。

「俺たちも知っている歌なんだ。ノームたちが大地の呼び歌を知っているとは思わなかった」

 百人近いドワーフの男たちは、立ち止まったまま振り返ってノームの歌を聴いていました。ノームたちは歌声に想いを込めているようでした。感謝と友情の熱い歌です。

 ところが、じきにまたドワーフたちがざわめき始めました。

「なんだ、歌詞がちょっと違ってるぞ?」

「というより、変な歌詞が入ってるじゃないか」

「歌詞を飛ばしたところもあったな」

 自分たちが知っている歌とノームの歌に違いがあったので、その違和感に騒ぎ出したのです。

 ビョールが笑いながら言いました。

「ドワーフとノームは違う種族だ。歌だって少しは違っているだろう」

 なるほどそれもそうか、とドワーフたちは納得しました。ノームの見送りの歌も終わったので、またぞろぞろと寝場所へ引き上げていきます。後にはフルートたちだけが残されました。

 

 その時、フルートはポポロが呆然としているのに気がつきました。両手を頬に当てて目を見張っているのです。

「どうしたの?」

 と声をかけると、ポポロは驚いた顔のまま言いました。

「ゼン。今の歌……どういう時に歌うの?」

 ゼンは首をかしげました。

「どういう時? 別に決まってねえぜ。祭りの時や宴会の時によく大人たちが歌ってるけどよ、俺なんかは山の中で歌ってることもあるし」

 それくらいドワーフたちがごく普通に口ずさむ歌だったのです。

 ポポロがますます驚いた顔になったので、フルートはまた、どうしたの? と尋ねました。

「今の歌……魔法の歌よ。歌っていて、何か起きたことってなかったの?」

 一同はびっくりしました。ゼンとビョールは目を丸くしています。

「いいや、何も起きたことなんかねえぞ。ただの歌だ」

「あれが魔法の歌だなどと聞いたことはなかったな」

 けれども、ポポロは譲りませんでした。

「間違いないの。歌詞が光の魔法の呪文になってるの。よく聞き取れなかったし、あたしがこれまでに聞いたことがなかった呪文だから、はっきりはわからないけど、何かを呼び出す魔法よ。古くなって魔力をなくしてしまったのかしら」

 一同はますます驚きました。どういうことだろう、と考えますが、理由はさっぱりわかりません。

 すると、メールが思い出したように言いました。

「そういや、あたい、時の岩屋の鏡で見たよ……。ドワーフとノームってさ、大昔には親戚同士だったみたいなんだ。なんかすごく偉そうな魔法使いに大地の魔法をかけてもらってた。だからかもしんないね。同じ魔法の歌を知ってるのはさ」

「ドワーフとノームが親戚同士か。これも初めて聞くな」

 とビョールが言うと、ゼンがにやっと笑いました。

「俺はなんとなく納得するぞ、親父。ドワーフとノームは似てるところがけっこうあるもんな。あんな奴らが親戚なら楽しいと思うぜ」

 

 森の奥は歌がやんで静かになっていました。ノームたちも眠りについたのかもしれません。

 どれ、とビョールは立ち上がりました。

「あそこにも警護は必要だろう。何かあれば呼びに来い」

 とゼンに言い残して、ノームたちがいる方へ歩き出します。そのがっしりした後ろ姿が夜の森に消えていく様子を、フルートたちは笑顔で見送りました……。

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