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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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69.休戦

 南の守りの塔に、青の魔法使いに続いて、赤の魔法使いも姿を現しました。黒い肌に縮れた短い黒髪、猫のような金の瞳の小男です。白の魔法使いが顔を腫らし、唇から血を流して座り込んでいるのを見て、地団駄を踏んでわめきます。

「モ! シロ、オ、ルトワ! ス!」

 異国のことばでも、ひどく腹を立てているのは伝わってきます。

 闇魔法使いの男は跳ね起きました。青の魔法使いと赤の魔法使い。二人の男たちが、殺気さえ漂わせて自分に向かってきたからです。

 青の魔法使いが太い指をぼきぼき鳴らしながら言いました。

「ただ捕まえるだけでは飽き足りませんな。こやつは白にとんでもないことを言って、怪我までさせた。その責任はきっちり取らせましょう」

「タイ、スナ! セ!」

 赤の魔法使いは興奮してどなりつづけています。闇の魔法使いはますます青ざめ、後ずさりながら闇の杖を振りました。

「こ――これでも食らえ!」

 けれども、撃ち出された闇の弾は、青い光の壁に砕かれました。赤の魔法使いが細い杖を突きつけて叫びます。

「ケロ、ミノ、シ!」

 とたんに、ぴしっと音を立てて、闇の石にひびがはいりました。闇魔法使いが、ぎょっとそれを見つめます。

 青の魔法使いが言いました。

「赤が使う魔法は我々のものとは種類が違う。闇の石でも、それを防ぐことはできませんぞ」

 赤の魔法使いがまた自分の杖を振り上げていました。闇の石にとどめの魔法を繰り出そうとします。

 すると、いきなり闇魔法使いが姿を消しました。次の瞬間、窓の外で羽ばたいていた飛竜の上に現れ、塔の中の魔法使いたちへ金切り声で叫びます。

「ええい、一対三では分が悪い! おまえらの相手は飛竜部隊だ!」

 と言い捨てて、そのまま上空へ飛び去っていきます――。

 

「逃げられましたか」

 いかにも残念そうに青の魔法使いが言いました。部屋には床の上に闇の首輪だけが残されています。赤の魔法使いがそれへ杖を突きつけると、首輪は粉々になって消えました。

 白の魔法使いはふらつく足を踏みしめて立ち上がりました。

「ありがとう、青、赤。助かった」

 すると、大男はまた笑うように口元を歪め、異国の魔法使いは小さな肩をすくめました。

「もっと早く我々を呼びなさい、白。奴が闇の石を使い始める前だったら、もっと簡単に来られたのですぞ。一人でがんばりすぎです」

 と青の魔法使いが説教します。笑うような表情でも、目は少しも笑ってはいません。

「わかっている。まさかあれほど強力な闇の石を持っているとは思わなかったのだ」

 そう言う白の魔法使いは、ほどけた金髪が肩から背中へ流れて、意外なくらい女らしい姿になっていました。その顔に殴られた痕はもうありません。自分の魔法で癒したのです。

 やれやれ、と青の魔法使いは溜息をつくと、窓の外へ目を向けました。闇魔法使いが飛び去っていった空は、日が暮れて夜の色に変わっていました。都を包む守りの光に照らされて、飛び回る飛竜部隊の姿がくっきりと見えています。彼らが闇魔法使いと戦っている間も、魔法軍団が攻撃を続けていました。

 

 すると、急に飛竜部隊が都から離れ始めました。光の中を遠ざかり、やがて夜の中に見えなくなっていきます。

「飛竜部隊が退却しましたぞ。急にどうしたのでしょう」

「ダ?」

 不思議がる青と赤の魔法使いに、白の魔法使いは言いました。

「休戦だ。飛竜は長時間飛び続けることはできないし、ワルラ将軍たちと戦った場所からここまで長距離を飛んできている。おそらく竜が疲れたのだろう」

 飛竜部隊を探し出してこちらから攻撃をしかけるチャンスでしたが、それは彼ら魔法軍団ではなく、城の周辺を守る軍隊の役目でした。白の魔法使いは城中の魔法軍団に向かって呼びかけました。

「敵は休戦に入った。我々は持ち場についたままで、半数ずつ交代で食事と休息を取る。だが、夜だからと言って油断はするな。敵が明日の朝まで休戦していてくれる保証はないんだ。見張りを怠るな」

 了解を告げる声がまた次々と聞こえてきました。窓から見える空は真っ暗ですが、守りの光が明るいので、近づいてくる敵はすぐにわかります――。

 

「さて、我々も交代で食事にしますか」

 と青の魔法使いが自分の塔へ戻っていこうとすると、赤の魔法使いが急にその衣をつかんで呼び止めました。

「テ。シガ、ル」

「話? なんですかな?」

 と振り向いた青の魔法使いに、猫の瞳の魔法使いが話し続けます。彼は異国のことばしか話せませんが、仲間の魔法使いたちには言っていることがわかります。青の魔法使いの目が次第に丸くなっていきます。

「白が私を名前で呼んだ……? はて、そうだったでしょうか?」

 さっき白はおまえをフーガンと呼んで助けを求めたぞ。俺のことは呼びもしなかったのに。この差はいったいなんだ――? と赤の魔法使いは問い詰めてきたのです。

 白の魔法使いは思わずうろたえました。そういえば、さっきユリスナイを呼ぼうとして、青の魔法使いを名前で呼んでしまったのです。二人の男たちに振り向かれて、ついどなるように言い返します。

「そ、それがなんだと言うのだ!? とっさのことだ、いちいち考えてなどいられるか!」

 その顔が真っ赤に染まっているのを見て、赤の魔法使いは、じろりとまた青の魔法使いを見上げました。

「シイナ」

 と疑わしげに言います。宗教都市ミコンから帰ってきて以来、この二人の雰囲気が、なんとなく今までと違っていることに、異国の魔法使いは気がついていたのです。

 青の魔法使いは首を振ってみせました。

「いやいや、私たちは別に何も――。気のせいですぞ、赤」

「ナ、ズ、ルカ! イ! チリ、ハジョウ、セテ、ル」

 赤の魔法使いが捕まえてさらに問い詰めようとしたので、青の魔法使いは苦笑いで姿を消していきました。逃げたのです。それを追って赤い衣の魔法使いも消えていきます。

 まったく……! と白の魔法使いは赤い顔のまま頭を振りました。なんだか、敵に闇の首輪をつけられそうになったときより、もっと動揺していました。

 

 すると、その目の前にいきなりまた青の魔法使いが現れました。驚く白の魔法使いに閉口したように言います。

「いやぁ、いつになく赤がしつこい。やっとかわしてきましたぞ」

 白の魔法使いは思わず肩をすくめました。

「本気のはずはないだろう。私は赤より年上だぞ?」

「それを言うなら、私だってあなたより年下ですぞ、マリガ。たった二歳ですが。誰かに惚れるのに、年齢差は関係ありませんからな」

 まともにそんなことを言われて、白の魔法使いがまた顔を赤らめます。

「ひとりで無理はせんでください」

 と青の魔法使いは言い続けました。ひどく真面目な声です。

「結界の向こうで追い詰められているあなたを見て、生きた心地がしませんでした。何度も言いますが、あなただけの命ではないんですからな。勝手に死んでいくような真似は許しませんぞ」

 白の魔法使いが闇の首輪につながれる屈辱より死を選ぼうとしたことを、青の魔法使いは見抜いていました。白の魔法使いはいっそう赤くなり、やがて素直にうなずきました。

「それもわかっている。だから、あの時、おまえの名前を呼んでいた」

 青の魔法使いは微笑しました。その日初めての、本物の笑顔でした。

「本当に困った方だ……いつも危なっかしくて」

 と言いながら白の魔法使いを引き寄せて抱きしめます。女神官の細い体も、照れて真っ赤になった顔も、太い腕と大きな胸の中にすっぽりと包み込まれてしまいます――。

 夜の中へ守りの光を放ち続ける王都ディーラ。敵は今は闇に身を潜めて、次の攻撃の準備を整えています。

 束の間の静寂の中、守りの要の二人は黙ったまま抱き合っていました。

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