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第11巻「赤いドワーフの戦い」

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第18章 攻防戦・1

64.開戦

 時間を戻して、フルートたちが連合軍からジタン山脈を奪回した前日――。

 ロムド城は、トウガリが知らせてきたサータマン軍襲撃の情報に動き出していました。

 真っ先に城から馬で飛び出していったのは、ワルラ将軍が率いる部隊です。銀の鎧兜で身を包んだ何千という軍勢が、蹄の音をとどろかせながら大通りを駆け抜け、あっという間に都の外へ出て行きます。

 すると、今度はロムド城から角笛の音が響き渡りました。百人近い兵士が城壁の上からいっせいに吹き鳴らしたのです。都中に緊急事態を知らせます。

 驚いて家を飛び出した人々の前を、城の伝令が馬で駆け抜けていきました。

「サータマンの軍隊がディーラへ攻めてくる! 全員家に入れ! 決して外に出てはならない!」

 伝令は何十人もいました。口々にそう触れ回りながら、都の至るところへ走っていきます。

 ディーラの住人は仰天しました。今のロムド王の治世になってから五十年あまりになりますが、その間、ロムドが他国から攻め込まれるような戦争は一度も起きていなかったからです。国境付近で隣国とのいざこざはあっても、王都が攻撃を受けたことはありません。家に入れ、と言われても、なかなかそれに従えなくて、町中を右往左往します。

 すると、そこにまた角笛が響いて、城から新たな軍勢が飛び出してきました。今度は馬に乗った騎兵だけでなく、歩兵も大勢います。騎兵は都の外へ出て行きますが、歩兵は都の通りのあちこちへ散って、あわてふためく人々に言いました。

「家に入れ! サータマン軍には飛竜部隊がいる! 空から攻撃を受けるぞ! 屋内に避難しろ!」

 空は青く晴れ渡っていました。白い雲が浮かんでいるだけで、敵の姿は見当たりません。けれども、ロムドの軍隊は厳しい顔と声で住人を次々家に押し込めていきました。貴族も市民も下町の物乞いも関係なく、とにかく手近な建物に避難させていきます。驚きと恐怖の声が町中に響きます。

 

 すると、間もなく都の門という門が大きく開かれました。そこから次々流れ込んできたのは、都の周辺に住む人々でした。馬に乗ったロムド兵の誘導で、着の身着のままで王都に逃げ込んできます――。

 城の角笛がやみました。少しの間、沈黙が都の上空を充たした後、バチッと小さな雷のような音が響き、城の上を鮮やかな光が走ります。

 思わずそちらを振り向いた人々の目に、空へ駆け上っていく色鮮やかな光が飛び込んできました。白、青、赤の三色の光の柱が、まるで三匹の光の竜のように、城から空の高み目ざして駆け上っていくのです。はるか上空にたどりつくと、そこで三方に別れ、それぞれに光の膜を広げて、都の上空をおおっていきます。

 それはロムド城を守る四大魔法使いの象徴の色でした。深緑だけは欠けていますが、三つの色の光が王都を包みます。

 魔法使いたちが都を守りの光で包んだんだ、と人々は気がつきました。サータマン軍が現実に襲撃してくるのです。

 歩兵たちに半ば強制的に避難させられながら、人々は空を見上げ、城を振り返り、そして神に祈りました。どうか都が無事でありますように、我々が無事でありますように――と。

 

「四大魔法使いたちが護具の力で王都を守り始めました。他の魔法軍団は城を重点的に守っています。周辺の町や村の住人は避難を始めましたが、北の城門だけは避難には使用しておりません。先ほど、そちらから第九師団と第十五師団が出動していきました。第八師団長からも、間もなく出動すると連絡がありました」

 王の執務室で、リーンズ宰相が次々に入ってくる報告を国王に伝えていました。城に駐屯していた軍隊は続々と出動していきます。城を飛び出していく騎兵の蹄の音と歩兵の足音、防具や武器がぶつかり合う金属音が、やまない雷鳴のようにとどろいて、執務室まで聞こえてきます。

 同じ部屋には長い銀の髪の占い師もいました。片隅に置かれた机に向かって、じっと黒い占盤を見つめ続けています。

 ロムド王がそれへ声をかけました。

「情勢はどうだ、ユギル?」

「ワルラ将軍の軍勢は南の街道から外れて南南東の丘陵地帯に入りました。そちらで敵を迎え撃つつもりのようでございます。ですが、サータマン軍のほうがどこまで進んできているのかは、読み取ることができません――」

 と占者の青年は答え、唇をかみました。占盤は象徴で味方の動きを知らせますが、相変わらず侵攻してくる敵の姿はまったく映しません。これでは、先読みどころか、今現在の状況さえ正確に把握することができないのです。

 

 すると、ロムド王が言いました。

「戦いで敵の様子を掌握しきれないのは当然のことだ。また、どれほど事前に敵の情報を得ていたとしても、実際に戦闘が始まってしまえば、そんなものはすぐに役に立たなくなってしまう。そなたの責任ではない」

 ユギルは何も言いませんでした。その色違いの目は占盤を見つめ続けています。せめてロムド城に迫る敵だけでも読み取って防ぎたいと思うのですが、やはり影さえ現れてきません。自分自身が情けなくて、怒りが込み上げてきます――。

 そんなユギルに、ロムド王は続けました。

「焦るな。確かに敵は姿を隠しながら攻めてきたが、我々は決して出遅れてはいない。いつどこから襲撃を受けても対応できるように城の守りを固めろ、とそなたが皆に言い続けた成果だ。自分の力を信じよ、ユギル。そなたの占いはいつも正しくて強い。それはわしたちが一番よく知っていることだ」

 ユギルは王を見ました。その浅黒い肌は、異大陸の血が混じっていることを意味しています。素性も知れない卑しい少年を、占者として貧民街から拾い上げてきたのはロムド王でした。何ものにもとらわれることなく、ただ実力だけでユギルを信じてくれたのです。今も揺らぐことなく信じ続けてくれています。

 ユギルは王へ深く頭を下げました。なんとかして王の信頼に応えたいと強く想います……。

 守る者たちの象徴が占盤の上を駆け続けていました。ワルラ将軍の率いる軍勢は南南東へ、魔法使いたちは城の屋上と城壁の四隅の守りの塔へ、市民たちを避難させる役目の兵士たちは城下町や都の周辺へ。

 それを見つめるうちに、そうか、とユギルはつぶやきました。敵の動きを占盤で知る方法に気がついたのです。

「陛下、わたくしもロムドを守る方々を信じたいと存じます。皆様方に敵と戦っていただきましょう。そこから敵の目的やこの先の展開を読み取ってまいります――」

 ユギルはこれまで戦闘を回避する方法ばかりを探していました。可能な限り味方の損失を防ぎたいと考えたからです。けれども、あえて味方を敵にぶつければ、戦う味方の動きは占盤に現れます。そこから敵の動きを占うことができるに違いありませんでした。

 ロムド王は微笑すると、大きくうなずき返しました。

「頼むぞ、ユギル」

 

 そこへ、新たな知らせが入ってきました。

「メンデオ伯爵から伝言でございます。サータマン軍がディーラに向かって侵攻中とのこと、当方にできることがあれば何なりと申しつけられよ、当方は協力を惜しまない――という内容です」

 メンデオ伯爵とは、ロムド王の先の王妃の兄に当たる人物でした。願い石の戦いの時に、金の石の勇者が王座を狙っているのではないかと心配して、フルート暗殺に荷担したいきさつがあり、事件解決後は公爵から伯爵に格下げされていました。そのメンデオ伯爵が、いちはやく王に全面協力を申し出てきたのです。この機会に失態の埋め合わせをしようとしているのに違いありませんでした。

 ふむ、と王が考え込むと、ユギルが占盤を見つめながら言いました。

「お受けくださいませ、陛下。周辺の町や村から、この後も住人がどんどんディーラに流れ込んできて、城や教会だけでは対応しきれなくなります。メンデオ伯爵の屋敷の中に彼らを収容させるのです。そうすれば、あの時、勇者殿に敵対していた大貴族たちも、こぞって伯爵にならいます」

「なるほど、それはよい方法だ」

 と王がうなずくと、すぐにリーンズ宰相が言いました。

「では、そちらへの対応は私が――。陛下の信頼を取り戻す好機だから、と大貴族たちに持ちかけて、できるだけ大勢の住人を受け入れさせましょう」

 と足早に執務室を出ていきます。王の決定を実行に移していくことにかけて、宰相の右に出る者はないのでした。

 城の外から大勢の声が聞こえ続けていました。近づいてくる戦火におびえる人々の声です。出動する軍隊の音はいつの間にか聞こえなくなっていました。

 ユギルは改めて占盤に向き直りました。黒い大理石の円盤は、闇の石に隠された敵を捕らえることはできませんが、味方の象徴ははっきりと映し出します。ワルラ将軍の軍勢の行く手には、リーリス湖とデセラール山があります。将軍たちは、湖と山に挟まれた狭い場所を目ざして駆けているのです。

「敵は湖とデセラール山の間を通過してこちらへ向かってくるようです……。その道筋は王都への最短ルートになります。速さが信条の疾風部隊がそこを通ってくるのは、まず間違いないと思われます」

「ワルラ将軍に食い止められるか?」

 とロムド王が尋ねたので、ユギルはさらに占盤へ目を凝らしました。敵を直接占おうとするのではなく、守備につく者たちの未来へと目を向けます。

「魔法使いたちの象徴が戦う様子が見えます……。ワルラ将軍だけでは敵を止められなくて王都が襲われる、ということでございましょう。陛下、さらなる守りを願います」

「わかった」

 王が控える家臣を振り向き、王都の守備を強化するよう命令を下します。

 

 その時、ユギルはふと、自分の師匠の声を聞いたような気がしました。少年だった彼に占盤の使い方を教えてくれた女占い師です。

「ほぉらね、ユギル。あんたのことばには一国の王さえ従うようになっただろう?」

 あっはっはっ、と男のように豪快な笑い声も聞こえた気がします。

 ユギルは、そっと微笑しました。たとえ占うことができなくなってもあきらめるな、と教えてくれたのも彼女です。

 占盤の上ではワルラ将軍の軍勢が立ち止まり、隊形を変えつつありました。山と湖の間の道の出口で、壁を作るように横に広がっていきます。

「将軍たちがデセラール山と湖の手前で敵を迎え討つ準備を始めました。間もなくサータマン軍と激突します」

 とユギルは言いました。

 王都ディーラを賭けた攻防戦の火ぶたが、いよいよ切られようとしていました――。

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